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59・いつもありがとう、ヒーロー

「シドウさん、くすぐったいですって、ぁははっ、……ひゃんっ」


「もっと」


「え? なに? ほんとどうしたんですシドウさ、ぁぅっ」


「もっと聞きたい」





耳たぶに唇が掠れるほどの距離で、鼻にかかった甘く艶っぽい低い声でそんなこと言われたら、もう私わけがわからなくなっちゃいますよ。





「……シドウさん……なにか、お嫌なことでもあったんですか?」





私に甘えるみたいに頬擦りしてくるシドウさんには、いつもの愛嬌のある気高さはありません。


なにか、あったのでしょうか。





「……なんで、こんなに好きなのに、俺のこと好きになってくれないんだ」


「え」


「なんで? 俺は、ずっと……」





シドウさんは悲しそうな声で『なんで?』と呟かれます。





「告白でもしたんですか?」





ヘンリエッタ様に告白でもしてフラれたのだろうか。


そんなことを思いました。



 



「毎日、してる。……言えないけど、でも、気付いて欲しくて」





好きだとは言えなくても、それとなく頑張って伝えようとしているんですね。


そりゃ、相手は大貴族のお姫様ですから。言えませんよね。



今のでやっと、シドウさんがお酒を飲まれた理由がわかりました。


高嶺の花を追うのに疲れて疲れて疲れちゃったんですね。きっと。





「なあ、俺じゃ駄目? こんなに好きなのに」


「……駄目じゃないですよ。いつも言ってるでしょ。シドウさんはヒーローだって」


「……王子様には、なれない?」


「寝付けの薬を服用してるのにお酒を飲んじゃう人は、王子様にはなれませんねえ」





でもね、今回のことは私本気で怒ってるんですよ。


いくらヘンリエッタ様を追うのに疲れたからといって、寝付けの薬を飲んでる体でお酒なんて体に毒じゃないですか。





「貴方のこと、どれだけ心配してると思ってるんですか」


「心配、だけ?」


「だから言ってるでしょう? 私の護衛どうすんだとかそう言うんじゃなくて、貴方の心と体が心配なんですって」


「そうじゃない」


「え」





私を抱き締める腕が緩んだ瞬間。


あまりのゆっくりした優しい動きでわからなかった。


目の前に、真っ赤な顔でボケーっとした表情のシドウさんがいる。いつもの澄んだ赤色の瞳はとろんと惚けていて、光がない。


そんないつもと違うシドウさんの背後には天井が見える。


それに、私の太腿にシドウさんが乗っている。


しかも、私の頭の隣に手を突かれて、もう片方の手はぎゅっと握り込まれてベッドに押した――――





!!??

わ、私、あの、まさかシドウさんに押し倒されあの、え!? ゑ!!??





「は?」


「そうじゃなくて」





シドウさんは泣きそうな顔で「心配だけじゃなくて……もっと」と仰います。



いや、心配以外の何もあらへんがな。





「心配、以外に何も無い?」


「そう言われると……う〜ん」





私の手を握り、指を絡めてくるシドウさんの手は震えておりました。


悲しそうな顔で私に何かを伝えようとしているのに、悪酔いしたせいで声が出ないのか吐息が切なげに漏れるだけ。




……もしかして。


シドウさんは――――――私に





お仕事の苦労を労って欲しいのでは!?





そう言えば今日、シドウさんは公安のお仕事で人知れず戦われていたのです。


後輩の女の子を護って怪我まみれになりボロボロになった一方、私はエンジュリオス様とパーティに出席してボケーっとしてたのです。



これはいくらヒーロー気質の優しいシドウさんも、さすがにキッツイですよねえ。



……ヘンリエッタ様も少しは『シドウ♡ 良い子だね♡ いつもありがとう♡』とか言ってあげれば良いのに。だいたいあんたら両片思いやろうが。


と思いましたが、まあ……あの方は公爵家のお姫様で警察騎士のカシラですからねえ。裏社会で言うとオジキ――いや姐さんですね。



そんな方がシドウさんだけを特別扱いするわけにはいかんよなあと思いました。





「シドウさん、きて」


「!」





私はシドウさんが指を絡めてきた手を握り返し、空いている片手を広げて言いました。





「良いのか……?」


「ええ」





シドウさんは驚かれたあと、我慢ならないみたいな切羽詰まった顔で私と距離を詰めて来ます。





「嫌になったら、言えよ。……止められるかどうか、わからねェけど」


「嫌なわけないでしょう? シドウさんなんだから」


「……煽りやがって。いつもお前は……ほんと」





そうして近付かれたシドウさんの後頭部に私は片手を回し、子供をあやすように抱き込みました。





「ふげっ」





シドウさんは私に抱き込まれたせいで姿勢を崩し倒れこんでしまい、私の焼け野原のような胸に顔を埋めて苦しげな声を出しました。





「いつもありがとう、シドウさん。……お仕事ご苦労様です」


「え? ゑ? あの、『きて♡』ってのは? え?」


「だから、『甘えてきて』って言ったじゃないですか。……シドウさんはずっと、大変なお仕事を頑張って頑張って頑張って、すっごく頑張っておられるのでしょう? ……なのに、誰にもそれを言えないんです。……嫌になっちゃう日も、ありますよね」


「ちが、あの……そう言うことじゃ」


「もう〜照れなくても良いんですから」





シドウさんは「え、そっち……?」とか照れておられますが、そんな照れも受け入れて差し上げます。



だって、私は書類上とは言え妻なのですから。



愛しの女上司や後輩の女の子相手には、お仕事の愚痴をこぼすようなかっこ悪い姿、見せられませんもんね。





「シドウさん、いつもありがとう。……貴方のおかげで、私達は平和に暮らせるんです」


「……」


「やっぱり貴方はヒーローなんですよ……。みんなの」





この人を独占するのは無理だろう。


だって、シドウさんは目の前で困っている人がいたら例え自分が傷付いていようがお構い無しに手を差し伸べて護ろうとしてくれる方なのだから。



私以外に優しくしないで、なんて言えません。



ほんとはね、貴方のこと独り占めにしたいの。


でも、それは貴方の一番素敵なところを潰しちゃうから。





「シドウさん、大好き。……人として」


「……ひと、と、して……かい…………すぅ……」





あらあら。いつの間にかシドウさんは寝落ちされたご様子です。



お疲れ様、シドウさん。



私、やっぱり貴方が大好きだから。


人としては勿論だし。


そして。





「ねえ知ってます? シドウさん。……女性向け恋愛物語だと、ヒーローと王子様ってね。……ほとんど、同じ意味なんですよ」





私は寝落ちされたシドウさんの赤い髪を撫でたあと、




「心配かけた罰ですよ」




とそっと口付けさせて頂いたわけです。



そして、私は誓いました。



愛する女上司にも可愛い後輩の美少女には絶対見せたくない弱った顔を、無遠慮に見せられる身近だけどどーでも良い相手という立場を利用してシドウさんに近づくと。



流行りの表現だと、『どしたん? 話聞こか?』と性欲を剥き出しにしながらワンチャンを狙って来るあのクソ男ポジションに、私はなります!!!!



さすがに酔っ払い相手をペロペロするのは同意が無いので出来ませんが、シドウさんがシラフで弱った隙をついて私はペロペロすることを新たに決意しました!!!




私はプロメ・ナルテックス!!!


不屈の令嬢です!!! 諦めんぞ!!! ペロペロを諦めん!! 諦めんからな!!



巨乳がなんぼのもんじゃいボケカス!! ナルテックス家の女は代々嫁さんに至るまで焼け野原やけどなあ!! こっちには



『それなら、私のおっぱいをたくさん揉んで育ててください……♡』



っていう決め台詞があんねんぞボケコラカス!!!



あ、そうや……次にシドウさんへ『どしたん? 話聞こか?』と言い寄るとき…………、女慣れの練習ってパチこいて…………これ、……言うたろ……。



シドウさんの重みを感じながら、いつの間にか私は寝落ちしていたのでした。





◇◇◇





頬に滑らかなでふにっとした柔らかい感触を感じながら目が覚めた。


窓から差す朝日はまだ早朝といった感じで、二度寝しても問題なさそうな時間帯である。





「頭いってぇ……。何年ぶりの二日酔いだこれ……」





昨夜、エンジュリオス王子に庇われた形で抱き締められたプロメを見てからあまり記憶が無く、後輩と別れてから部屋に帰って風呂入って歯ァ磨いて薬飲んで寝ようとしても、どうしてもエンジュリオス王子に抱き締められたプロメの絵面が頭から離れず、ヤケクソになったときに立ち寄ったバーで『あ〜も〜知らん!!!』と不貞腐れて酒を飲むという最高に馬鹿な真似をした。




案の定、嫌な種類の泥酔をして部屋に帰るという王子様からかけ離れたバカ男の行動をとってしまった俺に、プロメはまるでアホ亭主に怒る健気で可愛いカミさんみたいに怒ってくれた。



最初は俺を心配してカミさんみたいに怒ってくれるプロメを見て、なんだか本当の夫婦になったみたいでとても嬉しかったが、それだけじゃ満足出来なくなった。





「……人としてかよ、ばか」





拗ねた気分でそう呟き、プロメを見――!!!???





「わ……ァ、あ」





目の前でプロメが寝ていた。


すやすやと寝息を立てる寝顔はもう最高に可愛い。


それに、俺と手を握りあったままである。



しかも、寝巻きの、ボタンが……俺がずっと上に乗ってたせいで外れたんだろう。……胸元が、開けてて、素肌が。



しかも、俺が寝てる間に胸元で頬擦りでもしたせいで、可愛い下着がずれて、健気で可愛いちっぱいが丸み……





「〜〜〜〜〜!!!!!!!」





咄嗟に寝巻きの開けた部分を閉じてやり、握りあった手を離して掛け布団でプロメを覆った。





「…………冷水被って、今日も頑張ろう」





二日酔いで痛む頭を擦りながら、風呂場に向かった。




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