57・役不足
「プロメさん。そんな悲しい顔しないで。……せっかくのパーティなんだからさ」
「そうですね……エンジュリオス様……。あの、なんかすんません……気ぃつかわせて、エスコートしてもらって……ほんと……」
パーティ前、シドウさん――書類上の夫にフラれた私を憐れんで、エンジュリオス殿下は
『僕で良かったらエスコートしようか? だって大企業の令嬢が一人でパーティに出たら色々とアレでしょ?』
と優しいことを言ってくれました。
「僕じゃ役不足? ……って、ごめん。これ誤用だったね。……かっこ悪いとこ見せたくなかったんだけど」
エンジュリオス様は困ったように笑っておられます。
パーティ用の白と青が眩しい礼服に見を包まれ、長い金髪を上品に結われたお姿に、パーティの参加者達は女も男も見惚れてしまっているようでした。
まるで、恋愛物語に出てくる王子様みたい。
……そりゃそうか。王子様だもんな、この人。
そういや、うちンとこのクソミドリ王子とロマンさんはどこにいるんだろう。
視線だけで探してみると、パーティ会場の舞台の付近に人集りが出来ていました。
その人集りからは元気な『ハーハッハッハッハッ!!! 王子様モードのロックスターを舐めるように見るが良い!!』という高笑いと、悲しげな『嫌ごたぁ……嫌ごたぁ……』という声が聞こえてきます。
……今の気落ちしたテンションだとロマンさんには会いたいけどクソミドリには会いたくない私は、知らん人の顔をして気配を殺しました。
そして、私を元気付けるために色々と声をかけてくださるエンジュリオス様に、
「いや、お気になさらず……。それに、誤用の方が市民権持ち始めて、逆に正しい言葉になったりするじゃないですか。『足元をすくわれる』みたいな。……だから、気にしないでくださいよ」
とお答えしました。
「確かにそうだね。ありがとうプロメさん。……それと、ちょっとごめん。僕に付き合ってくれる?」
エンジュリオス様はそう言って、私をパーティ会場のバルコニーへとエスコートしてくれました。
……正直、バルコニーへ連れ出してくれたのは非常に助かります。
今の死んだテンションで、貴族や資産家達にナルテックス鉄工の令嬢として挨拶回りするなんて、そんなん無理でした。流行りの言葉だと無理なゲーム――無理ゲーでした。
「ちょっと外の空気が吸いたかったから。……僕、あんまりこういったパーティは得意じゃなくて」
「え、あの、それじゃ……ほんと、申し訳ございません……。私に付き合わせてしまって」
「ああ、ごめんね。そういう意味で言ったんじゃないんだ。……ただ、社交辞令とか言うのが得意じゃないんだ」
「そうなんですね……。まあ、王子様ですから……色々と大変ですもんね」
社交辞令どころか人の名前すら覚えない迷惑なうちンとこの王子とエンジュリオス様を交換してくんねえかなとか思いました。
そして、ぼけーっとバルコニーの柵にもたれかかり、月夜に照らされた暗い森を眺めます。
今夜の月は眩しいけれど、『あ〜よう光ってはるわ』くらいにしか思いません。
「プロメさん、月が綺麗だね」
「そうですねえ。景気良く光ってますねえ」
今頃シドウさんは何してんねやろ。
ヘンリエッタ様とどこへ行かはったんやろ。
煌びやかなパーティ会場からは、いつの間にかお上品なワルツが流れてきました。
そして、
「俺と踊りたい者は列に並べ!!! ロマン! 列整理は任せたぞ!! さっき段ボールで作った最後尾札を持っていけ!」
「同人イベントかいな……」
と明るい声と疲れたような声が聞こえます。
「……ねえ、プロメさん。ここで一曲踊ってくれませんか?」
「へ?」
エンジュリオス様は私に跪くと、優しく微笑んで手を差し伸べてくれます。
……ああ、王子様に気を使わせたんだなと申し訳無くなりました。
エンジュリオス様からしたら、書類上とは言え夫に振られてテンションだだ下がりのポメラニアンを哀れに思い、おやつをあげたみたいなもんなのですから。
いかんいかん。自分の機嫌は自分でとらんと。
王子様に気を使わせて不機嫌全開なんて、そんな腐った真似出来るかいな!
「ありがとうございますエンジュリオス王子! 貴方と一曲踊れるなんて、私は幸せモンですね!」
「……無理しないで良いよ。……哀しいなら哀しいままで良いから」
「…………あ、はは。……敵いませんね……」
無理して笑った頬がピクリと動きました。
やっぱり、王子様には勝てません。
どうしても気落ちしてしまう私の手を取ったエンジュリオス王子は
「大丈夫。……お姫様を笑顔にするのは得意だから」
と私の手と腰を取り、ワルツに合わせて優しくステップを取り始めます。
私はエンジュリオス王子にリードをされながら、シドウさんは今どこで何をしているんだろうと思いました。
◇◇◇
「はぁ……っ、は、……まさか……お前ェが出て来るとは……」
カナリヤの炎の残党を全て蹴散らしたあと、とんでもねェ強い奴が出て来た。
残党共に切り付けられた怪我の痛みは、不思議と感じない。多分、麻痺しているのだろう。
だが、とんでもねェ強い奴に斧で切り付けられた左腕の痛みだけはどうにも厳しいものがある。
そのとんでもなく強い奴は、デケェ斧を軽々と振り回して俺の槍を叩き折ると、
「お前、すっっっごいなあ〜。……カナリヤの炎の首領――エトンが息子、このメテウスに怪我させるなんて」
と楽しそうに笑っていた。
「エトンの息子……メテウス。……エトンにガキがいるってのは聞いてたが……」
茶色が混ざった赤毛と赤い目をした男は、無骨な斧とは正反対の甘い顔立ちをしている。
写真で見たエトンの厳つい顔とは似ても似つかない。
まるで、プロメが好きな恋愛物語に出てくる王子様みたいな顔立ちだ。
……王子様か。
エンジュリオス王子の圧倒的美男子っぷりを思い出す。
プロメに跪いてガラスの靴を履かせていたエンジュリオス王子の絵面は、まるで一枚の絵画みたいに完璧に完成されていた。
そこに邪魔者なんか入れないくらい、完璧だった。
なんて、そんなことを考えている余裕は無い。
槍は叩き折られ、俺はメテウスや残党共に切り付けられた怪我まみれだ。
しかも、俺の背後には新人の公安隊員だろうヒーラーの少女――レナがいる。
可哀相に、杖を持つ手が震えていた。
他の公安隊員は、メテウスにぶっ飛ばされて気絶しているため、この子を護れるのは俺しかいない。
「ご、ごめんなさい……シドウ先輩……。あたし、もう回復魔法の力が……残って無くて……」
「良いから。大丈夫。……お前のことは俺が絶対に護る」
もう仲間を死なせるのは嫌だ。
コーカサス炭鉱爆破事故で全滅した先輩達を思う。
お願いします、先輩達。
俺にこの子を護り切る力を貸してください。
そう心の中で祈った。
「悪い……レナの杖、貸してくれ」
「え、え、あ、ああ……はい……!」
レナの杖を受け取り、叩き折れた槍をもう片手に持った。
リヒト先輩の真似事の二刀流だった。
「シドウ? そっかあ〜。お前シドウっていうのかあ。……俺、お前のこと気に入っちゃった。……連れて帰って洗脳して、カナリヤの炎の幹部にし〜ちゃお!」
「……ざけんじゃねえよ。……公務員はなぁ……副業禁止だコラァァアアアッ!!!!」
両手で持った巨大な斧を引きずりながらヘラヘラ笑って襲いかかって来るメテウスへ、俺は杖と折れた槍を手に持ち応戦した。
振り降ろされる斧の一撃一撃を避けつつ、相手が斧を振り上げた瞬間、懐に飛び込んだ!
そして、メテウスの片足の太腿に折れた槍を突き刺し、手にしていた杖で相手の喉元を勢い良く突き上げる!!
メテウスは宙に吹っ飛び斧は地面に落ちた……が。
「まぁ〜だだよぉ。シドウ」
宙に浮いたままのメテウスは、懐からナイフを取り出し俺――――ではなく背後のレナへとぶん投げやがった!!!!
「!!!」
硬直しているレナへ飛び付くように抱き着き、ナイフから庇った。
肩に激痛が走り、立っているのが辛くなる。
「シドウ先輩ッ!!!!!」
レナは泣きながら謝ってくるが、この子が無事ならそれで良いと思った。
「シドウ〜〜。お前の弱点分かっちゃったあ。……最強のお前の弱点……それはねえ……『弱い人』だ」
地面にドサリと落ちたメテウスは、そう言ってゲラゲラ笑っている。
肩にナイフが刺さったままレナを背に庇うようにして立ち、杖を槍のように構えた。
……が、メテウスは片足を負傷して立てないのか、他の残党共に支えられて立ち上がると、
「ヘンリエッタが出て来る前に今日は解散〜じゃあねえ」
と懐から取り出した爆弾みたいなのを地面に叩き付けた。
瞬間、目の前で凄まじい閃光が爆裂し、俺は咄嗟に目を瞑る。
暫くして目を開くと、メテウスは姿を消しており、残ったのは気絶している残党共と警察騎士公安隊員達だけだった。
「ヘンリエッタ殿。……申し訳御座いません。……メテウスを取り逃がしました」
「……そうかい。まあ良いさ。カナリヤの炎の残党共は逮捕出来たし、隊員達に死人は出てないからね」
ヘンリエッタ殿は戦闘に参加しない。
それは、警察騎士の局長が残党戦に出てしまうと、カナリヤの炎に『自分達は警察騎士局長――ラネモネ公爵家の当主を引きずり出せた』という実績を与えてしまうからだ。
それに、ヘンリエッタ殿の戦闘能力を敵に悟られてはならない。
国家を護る最後の砦の情報を敵に渡してはならないのだ。
この方は、俺達の命よりも重い存在である。
◇◇◇
私とエンジュリオス様は、月明かりに照らされた暗い森ときらびやかなパーティ会場の間に位置するバルコニーにてワルツを踊っていました。
エンジュリオス様はさすが王子と言うだけあって、すごくダンスがお上手です。
なんだか私まで上手になったみたいで、少しだけ元気を取り戻しました。
「そうそう、上手だよプロメさん。天使と踊ってるみたい」
「貴方こそお上手ですねえ、エンジュリオス様」
「……それ、どっちの意味?」
「え? ……うわっ」
エンジュリオス様の手に重ねていた手を引かれ、抱き込まれました。
ダンスでは良くある動きなので特に気にすることもありませんが、王子様とここまで密着して不敬罪でパクられたりしませんかね……?
「それって、ダンスが上手ってこと? それとも……口が上手いってこと?」
「……すみません、私失礼なことを」
「ううん、こっちこそ怖がらせてごめん。そうじゃないんだ。……ただ、これだけは分かって欲しくて」
エンジュリオス様はピタリと止まられました。
月の光を背にして立つ逆光のエンジュリオス様の瞳には、パーティ会場の煌びやかな光が反射しています。
「プロメさんは、可愛いよ」
へえそりゃどうも、とお礼を申し上げようとしたその時。
「遅れてしまい、すまないね。……ラネモネ家が当主の私――――ヘンリエッタ・ラネモネも、今宵の宴に参加させてもらうよ」
青いドレス華麗に着こなした国一番の美女――――ヘンリエッタ様の登場で、会場が大きく盛り上がりました。
ヘンリエッタ様が戻られた……ということは!!!
シドウさんも!!
私はパーティ会場へ駆け出します。
ドレスと合うからとエンジュリオス様に勧められたガラスの靴は走り辛く、申し訳ないですが両足とも履き捨てました。
ヘンリエッタ様へ駆け寄り「シドウさんは!? シドウさんはどこですか!?」と聞くと、
「医務室にいるけど、今はやめた方が良いんじゃないかな?」
と微笑まれましたがそんなん知りません。
私は裸足のまま医務室へ走り出します。
背後で「マスカルポーネ!!! お前もパーク内をランニングするのか!?」とリヒトさんの声が聞こえましたが無視しました。
◇◇◇
医務室ってまさか、シドウさん、何かお怪我を……!?
それなら私が……と考えたとき、そういや私、別に癒しの魔法とか使えんやんけと気付きました。
でも、そんなん関係ありません。
お怪我をされたシドウさんが心配なのです。
そんな思いで医務室の近くに到着すると、半開きのドアから話し声が聞こえました。
良かった……。この声はシドウさんの声だ。
安心した、その時です。
「シドウ先輩、ヴィオ小なんですか!? あたしもですあたしも!!」
「え、嘘、お前も!? つーことは壊れた蓄音機まだいる?」
「いますいます〜!! マジで壊れた蓄音機ですよね! 話クッソ長ェの!」
「マジか〜! うわ〜懐かしい〜」
シドウさんの楽しそうなお声と共に弾んだ女性の声が聞こえ、足が止まりました。
医務室の様子を盗み見すると、上半身裸で包帯を巻かれたシドウさんに、ヒーラーと思われる女性の警察騎士が治癒魔法をかけています。
ヴィオ小? 壊れた蓄音機? 何それ。
私は、そんなの知らない。
「というかお前どこ住んでんの? 俺はヴィオ東の武器屋なんだけどさ」
「あたしはヴィオ西のちょっと外れた位置にある定食屋なんです。鉄板焼もやってるんですけど」
「え!? あ〜! あそこか!! 知ってる知ってる! 俺ガキの頃親と行ったよ。あそこの焼きそばオムライスめちゃ美味いよな」
「ありがとうございます〜!!」
なに? 何の話をしてるの?
「……でもほんと、すみません……シドウ先輩……。あたし、なんも出来なくて……情けない」
「良いんだよ。……初陣があれとか怖かったろ?」
「ぅう……ぐすっ……ごめんなさい……っ! ほんと、ほんと……っ」
「泣くなよ……ほら、これ使え。……って、悪い……これ、俺が舞台で着けてた口布だ……」
「いえ、とんでもない……! ありがとうございます……っ! ぅ、うう……ぅぇえええええんっ!!」
それ、あげちゃうんですか、シドウさん。
私もそれ、欲しかったのに。
「ぅぇぇええええん!!! シドウ先輩ぃぃいい〜〜!!! なんで結婚しちゃったんですかぁぁあああ〜〜〜!!! 既婚者は推せないぃいい〜〜〜!!!」
「も〜泣くなよ!!! 俺が泣かせたみたいじゃねえか」
シドウさんは困ったように笑って、泣きじゃくる女性隊員の頭を優しく撫でています。
やめて。撫でないで。
私以外に優しくしないで。
シドウさん。お願い。やめて。
「うぇぇええええん!!! シドウ先輩ご結婚おめでとうございますぅううう!!!! 私は推しの幸せを祝える女なのでえええ!!」
「……推しの……幸せか…………」
「……どうされました……?」
「いや、なんでもない。…………でもさ、この結婚、いつまで続くか分からねえんだ」
やめて、それ以上言わないで。
「あくまで書類上、だからさ……」
ああ、そうだったなあ。
今まで楽しいことだらけで忘れてた。
これは、書類上の結婚だった。
私はコーカサス炭鉱爆破事故の犯人の娘で。
シドウさんはその事故で辛い思いをしてて。
それに。
……ねえ、そこのヒーラーの貴女。
知ってる? シドウさんはね、ヘンリエッタ様のことをずっと慕っておられるのですよ。
……貴女の恋敵は私じゃない。
ヘンリエッタ様なんですよ。
私は当たり前のことを思い出し、医務室に入るのをやめ、トボトボとパーティ会場へ戻るために歩き出しました。
そう言えば、エンジュリオス様を放って走り出してしまったのです。
優しくしてくれたエンジュリオス様へ、恩を仇で返すような真似をしてしまった。
こりゃ本当に不敬罪だなあと思ったら。
「探したよ。プロメさん」
私が脱ぎ捨てたガラスの靴を持って、息を切らせて笑うエンジュリオス様が立っていました。
「パーティ会場に戻りたくないって顔、してるね」
「……わかります?」
「うん。……それなら、中庭にでも行こうか。……噴水が綺麗だからさ」
エンジュリオス様は跪いて、
「その前にガラスの靴、履こうか」
と気遣ってくださいました。
◇◇◇
「俺はもう大丈夫だって。心配すんなよ」
「いえいえ! 途中でぶっ倒れられたら溜まったもんじゃないですって! 別にカミさんがいる男を略奪なんかしませんから!」
治療を終えて、宮殿の中庭を通って用意されたホテルに帰ろうとしたら、レナが付いて来てくれた。
申し訳ねえなあと思いながら噴水広場を通ろうとしたら。
噴き上がる、水の向こうに。
「お姫様が、そんな顔しないで。……王子様が僕じゃ、役不足?」
「ふ、あははっ。……伏線回収で笑わせないでくださいよ」
王子様――――エンジュリオス王子が、手にした白いハンカチで、プロメの涙を拭っていた。
瞬間、噴水の水が派手に噴き上がって。
「うわっ! 危ないっ!」
「え、むぎゃっ!」
噴き上がった水からプロメを庇うように、エンジュリオス王子はプロメを抱きしめた。
「……王子様だから、お姫様は助けてあげなきゃ」
エンジュリオス王子はそう言って笑ったあと、
「悪役から、救ってあげなきゃね」
横目で俺を哀れむようにチラリと見てきたのだった。




