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54・VSリヒト王子(シドウ視点)

「ハーハッハッハッハッハッ!!!! どうだエルキュール!!! 早く本気を出せ!! 本気のお前を今度こそ倒させろ!!!」





アンテウス――いや、ただのクソミドリは迷惑なほどに光り輝く瞳をギラつかせて、獲物を前にした肉食獣みたいなガンギマった顔をしながら、二刀流のサーベルで襲いかかって来る。


俺はそんなクソミドリに応戦するため、傍に置いてあった小道具の槍を手に取った。



そんな中、音楽隊はさっきまでヴァイオリンとかチェロだとかのお上品な音楽を奏でていたのに、最近この国で流行っている派手な音が鳴るエレキギターをギュインギュイン鳴かせるロックな曲を演奏しているではないか!


ロックスターだけにってか!! アハハハ! ……って笑えるかボケッ!!!


ほんとなんなんだよコイツ!!!





「仲間になったと思って油断したか? 甘い!! 甘いぞ!! 俺はあれだ、そう! この国ですごく流行っている漫画に出てくる赤い帽子の配管工のライバルである亀の大魔王が如く!!!! 何でも吸い込む桃色の丸い旅人のライバルである激安量販店のマスコットキャラみたいなライバルの大王が如く!!! 例えパーティインしても隙あらば戦いを挑んで来る迷惑なライバルキャラなのだぞアハハハ!!」


「迷惑ってわかってんなら最初からすなや!!!! テメェはほんといつもいつもいつもいつもいつもいつも!!!!!」





リヒト先輩のサーベルを槍で受け止めた瞬間、暴風が巻き起こり押し負けそうになる。


幸い、舞台と観客席は離れており、水守りの魔法による透明な膜のお蔭で観客達に被害は無い。


……ロマン先輩、巻き込まれたんだな……。




俺はロマン先輩が『嫌ごたぁ……ロマン嫌ごたぁ……』と訛りながら散歩拒否する犬みたいにリヒト先輩に引きずられている光景を想像した。





「俺と戦いながらなぁに他のこと考えてんだエルキュール!!!」


「!?」





リヒト先輩は身を翻してもう片方のサーベルで下から斬り上げてくる。


二刀流はこれだから厄介だ。


攻守共々嫌なタイミングで殺しにかかってくる刃に気が休まらない。





「アハハハ!! 防戦一方かエルキュール!! 八つ裂きにされたくなければかかってこい!!!」





リヒト先輩はダンスでも踊るみたいに軸足でターンを決めながら二対のサーベルを勢い良く振り下ろして来る。


暴風の圧と二対のサーベルの力を受け止めつつ、相手の力を力で押し返すのではなく、リヒト先輩のバランスを崩すために軸足の逆側に槍を倒して、俺を叩き切ろうとする彼の力を受け流した。



……要は、取っ組み合いをしている最中、突然相手に力を抜かれると、相手を倒そうとしていた力に引っ張られてバランスを崩すアレである。



案の定、リヒト先輩は一瞬体勢を崩してグラついてしまう。

しかし、すぐに背後へ飛び退き俺との距離を取った。





「今あんたが飛び退いた距離は、俺の槍があんたの喉元に届く距離だ! だからこれで終わり! もう良いだろ!」


「……だったら何故槍で突いてこない? 俺を倒せる絶好の機会だぞ?」


「だから怪我させるわけにはいかねェだろ!!」


「……エルキュール……お前はなんて優しいんだ! ……とでも言うと思ったかこの傲慢悪人面がぁあ!!!」





リヒト先輩は二対のサーベルを交差するように両手で構え、暴風の勢いに乗って一気にこちらへ攻めてきた!



交差するよう構えられた二対のサーベルは、前側の刃で俺の槍を弾き、後ろの刃で俺を攻撃してくるだろう。



それならば、前側の肘を槍ですくい上げ、無理矢理腕を伸ばさせれば無力化できるはず。



そう判断し、槍を下段に構えてリヒト先輩が襲いかかって来る瞬間を狙った。



……だが。





「お前は……どれだけ俺を舐め腐れば気が済むんだ!!!!」





リヒト先輩は俺に襲いかかって来ると見せかけながら、軸足でターンを決めくるりと回転すると、なんと天井から舞台へスモークを出す機械に向かって右腕に構えていたサーベルをぶん投げやがった!!!





「テメッ!!! クソミドリがァッ!!! いっちょ前に知恵使いやがってこの野郎!!!」





スモーク機が舞台に落下した瞬間、目の前が煙で何も見えなくなった。





「ハーハッハッハッハッハッ!!! 上だ!!!上!!!!」


「っ!?」





リヒト先輩は暴風の力で跳躍し、スモークの機械を舞台に叩き落とし壁に突き刺さったブレードを引き抜くと、舞台の上から役者が降りてくるときに使う宙吊りロープを片手に持ち、滑車台を足場にして俺を見下ろしていた。


そして、もう片方の手に持ったサーベルをブーメランのようにぶん投げると、次から次へとスモーク機やら照明やら色んな物が俺めがけて落ちて来る。



落下物を槍で弾いていると、背後から気配がしたので瞬時に振り向きリヒト先輩のサーベルを槍で防いだ。



――だが。



ヒュンヒュンヒュンと背後から嫌な音がして、


まさか、さっきリヒト先輩がブーメランみたいにぶん投げたサーベルが戻って来たんじゃと察知した。



構えた槍に込めた力を抜いて、リヒト先輩が振り下ろして来るサーベルを横へ受け流し、すぐに体勢を低くして地面に転がって受け身を取る。





「あっぶねぇなクソミドリ!!!! しかもオメー舞台をこんなにめちゃくちゃにぶっ壊しやがって!!! 始末書もんだろこんなん!!」


「始末書ならお前も道連れにしてやるさエルキュール!!! 一緒に舞台を壊した罪を償おう!!!」


「俺は被害者じゃボケカス!!!!!」





何でお前ェの始末書に付き合わなきゃいけねえんだよと思った次の瞬間には、リヒト先輩は両手で持ったサーベルを俺めがけて振り下ろして来た。



低い体勢を取ったままリヒト先輩のサーベルを槍で受けて止めているので、力を抜いて受け流すのは無理だ。


それなら、純粋な力比べってことか。



俺とリヒト先輩は腕力に物を言わせた槍とサーベルの押し合いをした。





「なんで、なんであんたはいつもいつもいつもいつも俺に戦いを挑んでくるんだ!? あんたはこの国で最強の風の加護人じゃねえか!! 加護無しの俺に勝ってもしょうがねえだろ!!!」


「入隊試験のとき……ッ! お前は俺にステゴロのワンパンで勝った!!! 俺は木刀を二刀流していたのに負けたんだ!!! 俺は今まで最強だったんだぞ!! お前が現れるまでは!!!」


「それは……!」





警察騎士入隊試験のとき、筆記試験は壊滅的だった。


もう何を聞かれてるのかもわからず、俺はひたすら数字を書いた鉛筆を振りまくっていた。

特に、算術の文章題にて出かける途中で馬車から降りて忘れ物を取りに帰るたかしの奇行には本気で腹が立ったものだ。



筆記試験の後、俺は確信した。



このままでは確実に落ちる。

それなら、戦闘技術科目で挽回するしかない。


確か、戦闘技術科目は警察騎士内で最強の戦闘力を持つ試験官をステゴロのワンパンで倒せたら、どれだけ筆記試験の結果がカッッスいものだとしても問答無用で合格になると聞いていた。



もうこれしかない。本気でそう思った。



そして始まった戦闘技術科目で、初めてリヒト先輩を見た。

女にモテててそうなイケメンが女達からキャーキャー言われてて、なんか地味にムカついたもんだ。



だが、その時はまさかこの人がこの国の第二王子だとは知らず、




『お前は……ヴェスヴィオから来た桐生・ルグドウ・リデンプションズ一馬か! 噂に違わぬ悪人面だな!』




と光り輝く瞳で大規模に名前を間違えやがったこの失礼なクソミドリに全力でムカついたのだ。


こいつも、加護無しを差別して馬鹿にしているのだろうか。

だから、加護無しの名前など知るかと言いたげに高笑いしているのだろうか。



舐めんじゃねえよ。


そう思った。





『さあ! かかってこい! 二刀流の圧に負けず、冷静な戦いを見せブギャァァアアッ!!』





試験が開始された瞬間、俺は突き出した拳でクソミドリが構えた二刀流の木刀を叩き折り、その勢いで奴の鳩尾を思いっきりぶん殴った。



相手は試験官だ。プロテクターぐらい付けてるだろう。


そう思って本気でぶん殴ったのだ。



だが、吹っ飛んだクソミドリは背後にある試験の様子を記録する試験官達の机に激突し、『ふげぇ』と目を回してしまう。


しかも、頭から血を流してとんでもなく重症と言った様子だ。


これはもう、ざまぁとかもうそう言うレベルでなく、本気で心配になった。



あたふたする俺に、他の受験生達が



『おいおいおい……失礼な意味で言うわけじゃないけど、あいつ精霊様の加護も無いのに文字通りのワンパンでリヒト様を倒しちゃったよ……』



と青ざめているではないか。





『え……俺、なんかしちゃいましたか……? 試験官を素手で倒しただけなんだが……?』





まるでこの国で流行っている『小説家になりたい』という雑誌によくいる主人公の台詞を口にした俺に、傍にいた受験生が、俺の肩をぽんと優しく叩いて教えてくれた。




『……この人、この国の第二王子だよ』




瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。



その後、救護班という腕章を付けた水色のおさげ髪をした美人さんが『だからプロテクターば付けろって言ったとに……。助骨にヒビが入っとらすごた……。こりゃ、全治二か月ってとこかね……』とすげえ訛りでブツブツ話していた。



これが、俺とロマン先輩とリヒト先輩の最初の出会いである。



……そんなことをふと思い出した。



だが、感傷に浸っている場合ではない。



俺はリヒト先輩のサーベルを受け止める槍に力を込めつつ足にも力を込めた。





「戦闘技術科目では本当にすみませんでした!!!!!! あの時は後が無くて必死だったんです!!!! まさか王子とは知らず俺の名前を大規模に間違える加護無しを舐め腐った嫌なイケメンだと思ってつい本気でやっちまったんです!!! あの時のことは何度も謝りますからもう許していただけませんか!?」





リヒト先輩をワンパンして戦闘技術科目を満点突破した俺は晴れて警察騎士になったのだが、それと同時にリヒト先輩から『勝負だシドウ・ハーキュリーズ!!!』と付きまとわれる日々も始まったのだ。



そんな日々の中、俺は


『リヒト先輩は加護人とか加護無しとかそんなん関係無くて、単純に人の名前を覚えられない迷惑な人なだけである』


とわかったのだ。





「エルキュール!! 俺はお前を超えねばならない!!! 俺は!!! 最強のロックスターに戻らねばならないんだよ!!」


「あんたはもう最強の風の加護人だろうが!!」


「違う!!! 最強はお前だ……。お前だったんだよ。……それなら、やることは一つ!!! 俺はお前を倒して最強のロックスターの座を取り戻す!!!」





俺を叩き斬ろうとするリヒト先輩のカッ開かれた目に影が差す。


この目は、前に見たことがあった。



俺とプロメとリヒト先輩の三人が風邪を引いたとき、


『俺はロックスターだ!! 王子様ではなくロックスターだ!!! だから国民皆を愛している!! ロマンを妬む気持ちなんか起こらないくらい、俺は皆を!!!! 全身全霊で愛してやるッ!!!!!』


と悲しそうに叫んだときの目だ。





「俺は!! お前を倒して国一番の最強のロックスターになる!! 国一番の美女を妻にし、国一番の強い存在となる!! 手が届きそうなアイドルじゃない……! 誰も手が届かない究極の存在にならねばならない!!!!」


「究極の存在になるために国一番の美女を妻にする!? 人をトロフィーみたいに扱うんじゃねェよ!!! あんたそんな人じゃないだろ!? 何言ってんだよ!!!!」





国一番の美女、プロメかと思ったけどこの人の言う美女とは多分ヘンリエッタ殿ことだろう。


実際、リヒト先輩はヘンリエッタ殿を見かける度『国一番の美女であるお前は俺の女に相応しい!』とか抜かしてたし。



そんな迷惑な言動も、まあリヒト先輩だしなあ……と流せていたが、さすがにこんな失礼な物言いをするのは見過ごせなかった。





「究極の存在……最強のロックスターになる。……そして国一番の美女を妻にして、誰も手が届かない存在になる……! そうしたら、あの子を妬む気持ちも無くなるだろ!?」


「は? なに? あの子? 誰だよそれ!? ……うわっ……チッ……細っこい身体してるくせに、まだそんな力が……ッ!」





俺がそう言った瞬間、リヒト先輩は如何にも『カチンと来ました』と言うブチギレた顔をした。





「細っこいだと……? お前……どこまで人を舐めれば……ッ!!!」


「!!? うわッ!!!!」





槍が、へし折れた。


風の加護人であるリヒト先輩が魔法で作り出した二対のブレードの猛攻を、所詮舞台の小道具でしか無い槍は受け止めきれなかったんだろう。


間一髪で背後へ転がるように避けて距離を取った。



もう武器は無い。



半透明で宙に浮いてるプロメはアイグレーとして『アンテウス様……! どうか! どうかエルキュールを倒してください!』演技を続けているので話しかけることが出来ない。



どうしたら。どうしたら良いのか。





「……そうだ。エルキュール。……お前を斬り殺して、俺がアイグレーをもらってやろう」


「はあ? いやそれこっちの台詞」





リヒト先輩は俺――エルキュールの台詞を奪うと、二対のブレードをガチャンと合体させ、巨大なハサミを組み合わせた。



観客席がうおおおおと楽しそうに湧いているが俺からしたら『冗談じゃねえ』と言いたいところだ。





「俺は王子様だ。……女の子の大好きな王子様だからな。……人の女を盗るなんて簡単だぞ?」


「あんた、何言って」





ヒロインを溺愛するスーパーダーリン的な王道の王子様であるアンテウス役を演じるリヒト先輩は今、どす暗く濁った目を見開きニヤリと悪辣に笑っている。





「アイグレー、俺がお前を幸せにしてやろう。……たっぷり溺愛して可愛がってやる。お前もそれを望むだろう?」


「だから、それ俺の台詞だってば先ぱ」





俺がそう言いかけた瞬間。





「はい! アンテウス様!!! 私の愛しい王子様! どうか私をこの悪役から救い出してくださいませ!」





隣で宙に浮かぶ半透明のアイグレー――プロメがそう言った。

プロメの甘く優しい声が、アンテウス王子――リヒト先輩へそう言ったのだ。





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