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53・やっぱりお前はクソミドリ


「アイグレー!? 駄目だ! 来てはいけない! 奴の狙いは君なんだ!!」





アンテウス様はボロボロになりながらも私を護ろうとしますが、激闘の果にふらついてしまい地面に崩れ落ちてしまいます。





「アイグレーさんよ……相変わらずの上玉っぷりだな。……早くその柔肌の味を教えてくれよ」


「相変わらず? 私、貴方と何処かでお会いしましたか?」





エルキュールのいやらしい物言いに嫌悪を剥き出しにする私は毅然と言い返します。



何処かでお会いしましたか? そう言った一瞬、エルキュールの赤い目は悲しげな色を見せました。



……シドウさん、さすがです。

エルキュールの解像度がとても高くいらっしゃいます。



そう。実はエルキュールは一年前にヒロインのアイグレーと出会っていたのです。



婚約破棄され祖国を追い出され放浪していたアイグレーは、癒しの力を買われてとある治療所で一時期働いていたのですが、その時に瀕死のエルキュールを治癒魔法で助けていたのです!



……しかし、アイグレーに救われた時のエルキュールの顔面は返り血で汚れていたため、アイグレーはエルキュールの顔を知らなかったんですね。



ですから、アイグレーに『お前など知らん!』と言われて悲しげな目をするのはエルキュールを演じるうえで大正解なわけです!



さすがですシドウさん!!! 



……と内心では光る棒――流行りの言葉だとサイリウムを振り回してヲタ芸なる不思議な求愛ダンスを踊りまくる私ですが、今の私はアイグレーなので嫌悪剥き出しのままでいかせて頂きます。





「……ははっ、そうかよ。……そりゃ、そうか。…………それなら……二度と忘れられねェよう体に覚えさせてやる。……お前さえ手に入れちまえば、あとは好きにして良いって上から言われてるからな。……今のうちに、戦利品として俺を喜ばせる練習でもしとけよ」


「……随分と感じの良い話され方をしますのね。さぞ素晴らしい乳児院をご卒業なさったのかしら?」





この言葉の真意は『お前ェなんか孤児院すら出てねえだろドブネズミがよぉ』ということです。


アイグレーは結構皮肉屋で勝ち気な性格をしており、そういう気の強さも読者から人気があるんですね。





「言うじゃねえかお姫様。……そんなら女の扱いについて勉強しなきゃな。……毎晩付き合ってもらうぜ?」


「なら、講師料として……民の命とアンテウス様の命を頂こうかしら。…………彼らを傷付けるのは許さない。……この身で全てが解決するなら、どうぞお好きになさいな」





エルキュールの赤い目をじっと見ながら瞬きせず、私は一歩一歩近付きます。





「駄目だアイグレー!!! 君が犠牲になるなんて許さない!!!」


「……最初からこうすれば良かったのです。アンテウス様。……私のせいで、大勢の人々が傷付いてしまいましたもの。……落とし前を付けなくてはね」


「行くなアイグレー!!! 駄目だ!! アイグレーェエエッ!!」





アイグレーはアンテウス様の言葉に後ろ髪を引かれながらも、エルキュールの元へ近付きました。



するとエルキュールは私を舐めるように上から下まで眺めたあと、私の腕を引いて強く抱き込みます。



こうして、私はエルキュールに拐われてしまったのでした。





◇◇◇





私が連れて来られたエルキュールの部屋は、意外と豪華でした。


彼の帝国騎士隊長という地位に相応しい綺麗さです。



そんな部屋に連れて来られた私は、抵抗しながらもエルキュールの力に敵わずベッドへ押し倒されました。





「やっと俺のモノになったなアイグレー……。一年前からずっと、お前のことを思ってた。その髪、その瞳……。お前のことが忘れられなかったんだよ」


「一年前? そんな昔から? 随分と気色悪い記憶力ですのね。これだから女性に飢えた獣は嫌なのよ。……気持ち悪い」





私は自分に覆い被さるエルキュールにそう吐き捨てて睨みました。



アイグレーがブチギレている一方、私――プロメレーは『よっしゃよっしゃよっしゃよっしゃよっしゃほな行こか!! ペロペロしよか!! ムーンライトとノクターンの先に行こうやないのギャハハハ!』というエルキュールもドン引きするようなことを思っていました。



ところどころボロボロな黒衣と黒い口布をした色っぽ過ぎるエルキュール――シドキュールさんに押し倒され迫られるなんて、私が死ぬ前に見る夢みたいなシチュエーションです。


正直、もしこのアイグレー役をロマンさんがやっていたら、私は脳が爆発して死んでたかもしれません。



ですが、私はアイグレーとして精一杯シドウさんの怪演にお応えしなければなりませんので、内心で暴れるプロメレーのことは関節技をキメて押さえつけておきました。





「……貴方はそれで満足なの? 嫌がる女を力尽くでモノにして、それで幸せになるの?」





私の問に答えないエルキュールは、黒い口布を外しその布で私の両腕を縛りました。



そして、私の頬を撫でながら舌舐めずりをして




「最高に幸せだよ」




と答えました。




ひゃい私も幸せですシドキュール様ぁ♡ じゃない暴れるなプロメレー!!! 出て来んなアホボケ!!!


とアイグレーである私は『きゃぅう〜〜〜ん♡』と発情した鳴き声をあげるプロメレーを力尽くで押さえつけました。





「貴方、最低ね……。……ッ、私は、貴方を許さない…………許さないわ……っ」





気丈なアイグレーは、恐怖の限界を超えてついに泣き出してしまいます。


ちなみに、この涙は瞬きを我慢したため零れたものでした。





「! …………」





エルキュールは怯んだ顔をしたあと、舌打ちをして私から離れました。





「興が削がれた」




エルキュールはそう言って私に背を向け、部屋から出て行ったのです。





◇◇◇





あれ以来、エルキュールは私に野蛮な物言いをしなくなくなりました。


ただ、毎晩部屋に来て私と一言二言会話をするだけで、指一本触れて来ようとはしません。



そして今夜も、アイグレーとエルキュールは広いベッドの上で互いに背を向けながら盛り上がらない会話をしました。






「貴方、いつもこんなことをしてるの? 女の人を戦利品みたいに扱うような真似を」


「…………さあな。……お前はどう思う?」


「知らないわ。……でも、帝国騎士達が言ってたもの。『あの誇り高いエルキュール隊長が女を戦利品扱いするなんて初めてだ』って」


「……誇り高い……ねェ」





エルキュールは小さく笑って言いました。





「誇りなんか、もう忘れた」


「忘れた? そんなもの知らないの間違いでしょ?」


「あはは、言うじゃねえか。……良いのかよ、そんな物言いをして。俺がブチギレたらどうすんだよ」


「その時は貴方の隙をついて殺してやるわよ」


「……その方が、良いのかもしれねェな」


「え?」





エルキュールは諦めたように笑って、ベッドから起き上がります。


でも、私に近付いて来る気配などは無く、片膝を立ててぼーっと窓の向こうに広がる夜空を眺めていたのでした。





「俺を殺して良いのは、お前だけだ」


「何を……言ってるの?」





私はベッドから起き上がり、エルキュールを見ました。


エルキュールは泣きそうな顔で笑っています。



この笑顔には、見覚えがありました。



シドウさんがたまに見せる、あの悲しい笑顔です。





「俺、お前に言ってないことがあるんだよ」





エルキュールは震える唇を開きます。





「五年前の戦争で、お前の親父をこの槍で殺したのは――――」





瞬間。





「アイグレー。助けに来たぞ……」





舞台の上手かみてからアンテウス様が白銀の剣――――じゃなくて風の精霊シルフと戦ったときに見せた、風の魔法による黄緑色をした二対の巨大なブレードを手に『しいたけみたいな光り輝く瞳孔を浮かべた瞳』をエルキュールに向けています。





「……ハーハッハッハッハッ!!!! エルキュール!!!! もう一度俺と戦え!!!! お前の本気を見せてみろ!!!! 怪我をさせるわけにはいかない……だと? ……あんまり、俺を舐めるなよ?」





アンテウス――――いやもうただのクソミドリのリヒトさんは、ガンギマった好戦的な顔で黄緑に輝く巨大ブレードを構えます。


巨大ブレードは動くたびに風を巻き上げますが、舞台の前に貼られた透明な水の膜みたいなのに打ち消されて観客席は無事でした。



ロックスターがもたらしたまさかの展開に、観客席は立ち上がって歓声を上げています!

凄まじい興奮の声が劇場を包みました!!


ロックスターのリヒトコールが鳴り止みません!





「……っ、この我儘クソ王子が……!」





エルキュール――シドウさんは一瞬『はあ?』みたいに固まられましたが、意外とアドリブが効くシドウさんはすぐにエルキュールに戻られ、私の左手を掴みます。



いつもなら『シャァッオラァッ!! アイツヤったりましょシドウさん!!!』とノリノリの私ですが、今の私はアイグレーなので




「何をするの!? まさか! 私の癒しの力を無理矢理その身に宿すおつもり!? やめなさい!! 離してッ!! 嫌ぁあッ!!!」




と抵抗しました。



すると、エルキュールは私の手袋を噛み、口で無理矢理脱がせたあと、手の甲に口付けて来たではありませんか! 



……私は、今日という日を死ぬまで忘れないでしょう……と一瞬気が遠くなり……そして。





「アンテウス様……お許しください……私の癒しの力を悪用したエルキュールになど、負けないで……!」





私は半透明で宙に浮きながら、ヒロインっぽく両手を組んで言いました。



本心では


『おいクソミドリ何してんねん! さっきロマンさんと話してたのはこれかいな! ホンマおどれはわけわからん我儘なやっちゃな! シドウさん! こいついてこまして差し上げましょ!』


と思っています。





一方、枕元に立てていた銀の槍を手に取ったエルキュール――――シドウさんは炎を纏い、




「こうなるだろうと思ってたよクソミドリ王子がァアッ!!!!」




とエルキュール感全開で叫びました。



こうして、溺愛系の胸キュンな舞台はまさかのリヒト戦へと色を変えたのでした――!




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