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52・輝きの乙女は白銀王子に溺愛される……?

ついに来てしまいました舞台本番です!

リハーサルも無事に終わり、今は控室にて衣装合わせをしている最中でした。





「ヒヒッ……ヒッーッ!! 可愛かよプロメちゃん……ロマンがイメージした癒しの力を持つヒロインそのものやんね……。やっぱヒロインはプロメちゃんで正解……ヒヒッ」





ロマンさんは私にヒロインの衣装であるピンク色のドレスを着せながら、嬉しいお言葉を言ってくださいます。


いや〜超絶美女のロマンさんにそう言われると嬉しいですねえ〜ヒヒヒ! あ、ロマンさんの笑いが移ってしまいました。





「髪型は……この子犬の耳みたいなの込みでロマンがデザインしとるけん、髪型はこのままでところどころアレンジばさしてね」


「はい! よろしくお願いします〜!!」





ロマンさんの素早い手付きで結われる三つ編みのアレンジを鏡越しに眺めていると、ドアがノックされたので「入って良いですよ〜」とお声がけしました。



もしかして……衣装合わせを終えたシドウさんでしょうか……!?



私はロマンさんが描かれた衣装デザイン画を手に取り、シドウさんのお衣装のデザイン画を拝見しました。



一目惚れしたヒロインを拐う悪役の帝国騎士ですので、衣装は全体的に黒で統一されています。


顔の下半分を隠す黒い口布がスケベ、いや悪役っぽくて格好良く、早く姿を見せてくれ!! そして私を拐ってくれ!!! 金なら払うから!! と思います。



ドアが開き、シドウさん!!! と目を輝かせて振り向くと。





「…………シドウのやつ……舐めやがって……」





舞台の主役である白銀の王子の衣装を着たリヒトさんが、ぷんすこと不貞腐れた顔をしていました。



リヒトさんは喜怒哀楽を全面に出すタイプなので、当然不機嫌な顔も平気で出してきます。


でも、さすがは王子様育ちというのか、不機嫌な顔をしててもなんだか愛嬌があり、『こいつならしゃ〜ないな』と思わせる不思議な雰囲気がありました。





「どうしたんですかリヒトさん? シドウさんと小競り合いでもしたんですか?」


「……舞台のクライマックスで、俺とシドウの殺陣のシーンがあるだろ? ……あれで、俺は本気でかかってこいと言ったのに、シドウの奴……! 『無理です。王子に怪我させられません』……と言いやがった……!」





リヒトさんはシドウさんにムカついてる筈なのに、シドウさんの物真似をして言われた言葉を再現すると、不機嫌なくせにソファーには静かに座って、腕と足を組んでふくれっ面をしています。


機嫌の悪さを表に出されてもなんか許せてしまうのは、こういう王子様的な気品故なのでしょうか。


いや、でもあんた二十五歳でしょうがとも思いますがね。



そんなことを思っていると、ロマンさんが




「プロメちゃんのヘアアレンジ、完成!! かーっ!! やっぱ可愛かねえ!! プロメちゃんのお人形……いや美少女フィギュアが欲しか〜」


「うへへへへへ〜!! いや〜そんなに褒められたら私……! 私この場で回転しちゃいますよー!!!!」





私はロマンさんに褒められたのが嬉しくて嬉しくて、席を立ち広い場所でヒャッハーとくるくる回転しました。



回転する私を見ながらロマンさんは




「ドレスの腰の部分に尻尾みたいなリボンを付けて正解ばい……! ふわふわの髪を崩さず尻尾が見えるようなヘアアレンジにした自分のセンスが怖い……訛り全開で言うと『えすか』……」




と褒めてくださると、




「次はリヒト先輩の衣装の最終調整やね」




とリヒトさんの方へ向かわれました。





「ほら、あんたはロックスターやろ。……そのムカつきは舞台で発散せんねさ」


「舞台で……!? そうだ!!! ロマン、ちょっと耳を貸してくれ」


「え、なに………………え!? 嘘、いかんやろそれは」





リヒトさんに耳打ちされたロマンさんが驚かれました。


何をお話されているのかはわかりませんが、ロマンさんは溜め息をついて




「まあ……舞台と観客席は結構距離あるし、ロマンが水守りの膜ば貼るけん安全面は心配なかけど……。それに、うちの音楽隊はみんなリヒト先輩の熱心なガチ恋ファンやし即興演奏もめちゃ得意なガチプロ集団やけん、リヒト先輩がそうしたかってなら喜んで応えてくれると思うけど……」




と言いながら、何故か私を横目でちらりと見ました。





「プロメちゃん、ごめん。……リヒト先輩は一度言い出したら聞かんけん……。ロマンに先輩の我儘は止められん……ほんと、ごめん」


「はい?」





ロマンさんは警察騎士のベレー帽を脱いで、ペコリと頭を下げられました。



その後ろで、白銀の王子の衣装に身を包んだリヒトさんが、いつもの輝く笑顔をしながら私へビシッと指差します。





「舞台で俺と勝負だマスカルポーネ!!! ……いや、『アイグレー』!!!」


「……いや、私あんたに溺愛されなきゃいけないんすけど……『アンテウス様』」




私――『アイグレー』とリヒトさん――『アンテウス様』は役名で呼び合いました。



白銀の王子アンテウスに相応しい白と上品な黄金の装飾が美しい礼服に身を包んだリヒトさん――『アンテウス様』は、いつもの百倍は迷惑なほど光り輝いていました。





◇◇◇





私達が演じる舞台『輝きの乙女は白銀王子に溺愛される』は、実は古典の劇を現代風にアレンジした作品でした。


大本を書いた作者様は五十年前に亡くなられています。それに伴い著作権も切れているので



作者様は



『舞台業界が盛り上がるならアレンジオッケー! なんなら帝国騎士と白銀王子のボーイズなラブの舞台にしても良いっすよ! ちなみに攻め受けはどっちでもオッケー☆』



と遺言書に書いて下さいました。

そのため、この作者様が書かれた物語は様々なアレンジをされて今でもすごく愛されているのです。



勿論私も、この舞台の演目である『輝きの乙女は白銀王子に溺愛される』は大好きです。台詞を丸暗記するほど読み込んでいました。


お蔭様で、私がポメラニアンのように愛らしく可愛いからとヒロイン役に抜擢されても、台詞覚えには苦労しませんでした。



……でも、溺愛されるなら正直シドウさんが良いなあと思いますが、舞台は舞台なので真摯に向き合わせて頂きます。





「アイグレー。俺は明日、帝国との戦いに向かう。……お前の輝く瞳にかけて誓うよ。……必ず生きて戻り、この腕にお前を抱くことを」





アンテウス様を演じるリヒトさんの瞳には、いつものしいたけの切れ目みてえな瞳孔がありません。

言い方はアレですが普通の人みたいな目をしています。


ですので、リヒトさんの大きな特徴であるしいたけみたいな目が無い今、髪型もポニーテールになっているリヒトさんはまるで別人のようでした。





「アンテウス様、アイグレーは信じておりますわ。……必ず、生きて帰ってきてくださいませ」





『アイグレー』――私はアンテウス様の手を取り、頬に添えました。





「私の癒しの力を求め悪逆非道の限りを尽くす帝国を、どうか貴方の白銀の剣で討ち倒してくださいませ」





アンテウス様は私の肩を抱きよせ、腰に下げている白銀の剣をするりと鞘から抜かれました。



七色に輝く舞台の照明がアンテウス様の白銀の剣と純白のお衣装を輝かせます。



……ちなみに、この光の使い方はロマンさんの演出です。さすがですねえ。





光り輝くアンテウス様――――リヒトさんの主役っぷりに観客の皆様が大きな歓声をあげられました。


舞台というよりロックスターのライブのようです。



その後、舞台が暗転し、帝国との戦争のシーンへと変わりました。



白銀王子のアンテウス様のご活躍はあれど、悪逆非道の帝国騎士達の猛攻に押されてしまい、ついに私――『アイグレー』がいる城にまで攻め込まれてしまいます。



しかも殺陣のシーンはさすが警察騎士と言った具合で、もう本気の殺し合いのようです。これにはさすがの私も少しビビる心持ちでした。





「悪逆非道の帝国騎士共が! このアンテウスをそう簡単に崩せると思うなよ!! 俺がいる限り、城へは……アイグレーには指一本触れさせん!!!!」





防戦一方で追い詰められたアンテウス様は、疲労困憊ながらも負けじと気高くそう宣言します。


……ちなみに、戦いのさなかアンテウス様のポニーテールが解けてしまったのは、ロマンさんの強い強いこだわりによる演出でした。



確かに、衣装を破くわけにはいかないので、戦いの激しさを表す為には結った髪を解くのが一番ですが、アンテウス様――リヒトさんの髪がほどけた瞬間男女混合の凄まじい歓声が湧き上がったのは、演出の上手さに感動しただけなのでしょうか……?



ロマンさんは『ロマン身内萌えは無かけど、演者の魅力を最大限に引き出す演出は手を抜かんけん』とか言ってましたね。





「帝国騎士よ!! 来るなら来い!! 俺は命を懸けてアイグレーを――――愛しい彼女を護ってみせる!!!」





アンテウス様がそう叫んだ、その時――――――。





「へえ、あの上玉はアイグレーって言うのか。……舌触りの良い名前だな。……たっぷり可愛がりながら呼ばせてもらうよ。……お前ェの死体の隣でな」





低く艶っぽい鼻にかかったお声が、舞台の空気を制圧しました。



舞台の左側……下出しもての暗闇からガツンガツンと鋼鉄の靴底による足音を立てて、黒い口布とボロボロの黒衣を纏う赤毛の悪人面の男が、血糊が付いた鈍い色の槍を引きずりながら出てきました。





「貴様は……『死神』エルキュール……!」





『エルキュール』――シドウさんのご登場に、私は強く強く感動しました。



シドウさん、見事エルキュールの役を掴まれましたね……! 

最初は素人モノのポルノ作品かというほどの初々しい演技でしたが、今ではもう怪演と言っても差し支えないほどの見事なエルキュールっぷりです!



練習中ではエルキュールの台詞について『この台詞、警察騎士の風紀……流行りの言葉だとコンプラ的に大丈夫なのかよ』と困惑されておりましたが、その低めの色っぽいお声と迫力のある悪人面にはコンプラなんかクソ喰らえ的な野蛮な物言いがとても良くお似合いですよ……! 

勿論これは褒め言葉ですからね!!!





「俺のことご存知で? そりゃ光栄だ」


「ああ。……敵ならば女子供容赦無く皆殺しにする唾棄すべき帝国騎士……。貴様にアイグレーの名を語る資格は無い!!」


「お前ェ、何か勘違いしてねえか? ……戦争での敵兵に女も子供もあるか。……敵兵は皆殺しにする。……俺はそうして生き延びて来たんだよ」





エルキュールが突き出した槍が、アンテウス様の構える剣を弾き飛ばします。


剣を弾き飛ばされ驚いた隙をつかれ、アンテウス様はエルキュールに回し蹴りをされ床に転がりました。



そして、エルキュールはアンテウス様の翡翠色の長い髪を掴んで片手で持ち上げると、下卑ていながらもどこか色っぽい目つきで言いました。





「……アイグレーを出せ。あの女を連れて帰りゃ、この戦争は終わる。……女一人で大勢の命が助かるんだ。……簡単な計算式だろ? 王子様ならわかるよな」


「ふざけるな、貴様にアイグレーを渡してなるものか……! 彼女に指一本触れてみろ。……この世に生まれ落ちたことを後悔させてやる」


「……ふ、くくっ……ァハハッ! そんなの……とっくにしてるさ。……生まれてきたことなんか、とっくの昔に後悔してんだよッ!!!」





目を見開いたエルキュールは、アンテウス様の喉元を槍で貫こうとしました。



……その時です。





「お止めなさい!!!!!」





『アイグレー』――――私は輝きの魔法を放ち目眩ましをして、二人の間に割って入りました。




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