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49・うどんは俺達で美味しく頂きました(シドウ視点)

トントントン、とまな板で何かを切る音が心地良い。

そのうち甘くて塩っぱい良い匂いがして来て、そういや俺もプロメもクソミドリに食料食い尽くされて何も食ってなかったなあと思い出す。



そんなクソミドリはソファーの上でうつ伏せにぐったりして「また異世界転生か……だが、ここはどこだ? ……なに? とう、きょう? 随分と背が高い建物が多いな……」とか理由のわからんことを言っている。

高熱のときに見る夢に魘されているのだろう。





「シドウさん……。さっきは欲望に負けてシドウさんを色々とペロペロしようとしてすみませんでした。……私、恥ずかしながら風邪引くとタガが外れちゃうんですよ。……子供の頃も風邪引いたとき欲望のままチョコレート食い尽くしてポンプみたいに吐いた事があるんです」


「……そうなのか? 俺は風邪引くといつもよりもっとアホになるからなあ……。だから俺こそなんかやらかしてたらごめんな」





そう言って俺にしがみついているプロメの頭を撫でる。

するとプロメは俺の胸に顔をすりすりしながら



「寧ろなんかやらかしてくださいほんとお願いします金なら払うんで」



と答えた。



何言ってるのかはボーッとした頭だとわからないが、多分『非常事態ですからお気になさらず』的なことだろう。プロメは優しいヤツだから、風邪で心細いにも関わらず俺を気遣ってくれたのだと思う。



そんなプロメは俺の胸にすりすりして深く深呼吸しながら



「今だけポメラニアンになりたい……ポメラニアンならペロペロしても罪にならんよなあ。いや、私ポメラニアンやったわ。プロメやなくてポメやったわギャハハハハハ」



とかなんとか言っていたが、頭が働かなくてよくわからなかった。



そんな時である。



ロマン先輩が「やべ、薬味買ってくんの忘れた」と言ったではないか。





「ごめんシドウちゃん、ロマン今からネギば買ってくっけんちょっと待っとって。……うどん煮込んでるからヤバくなったら消して」


「わかりましたけど……別にネギくらい無くても」


「いいや、風邪引いたときはネギば沢山入れたうどんが一番やけん。パパもよく作ってくれたから」





ロマン先輩のお父上はユーエン・イーリュッシュ侯爵という医学界の重鎮だ。


前任の警察騎士鑑識部隊隊長としてもとても優秀だった彼の頭脳を完璧に受け継いだロマン先輩を見ていると、年下のくせに先が楽しみなお方だなあと思ってしまう。





「それじゃ、すぐ帰ってくっけん。……あの、もしヒャッハーなことになったらペロペロする前にまずはうどんの鍋の火ばちゃんと消してね。そしてドアに立て札かけといてね」


「? わかりました……?」





よくわからないことを言ってロマン先輩は部屋から出ていった。


取り敢えずうどんの鍋だけには気を付けておかねばと、ふらつく頭を集中させる……が、俺の胸に顔を埋めていたプロメがこちらを見上げた瞬間目が合ってしまい、その瞬間に鍋のこととかその他諸々全部忘れた。





「今日は色々あったな。……疲れたろ? お前も体が弱ってんのに、俺とずっと一緒だなんて怖い思いさせちまったよな。……ごめん」


「シドウさん、疲れるけど楽しくてイイことを私としませんか? 私、気付いたんです。私ってポメラニアンなのでシドウさんをペロペロしても罪にはならないって」


「そっかそっか。……早く元気になってクローバー家に潜入しないとな。パンドラから真実を聞き出して、全てにケリをつけないと。……お前は欲にまみれた俺と違って、強くて気高いナルテックス家の令嬢だもんな。……大丈夫。お前のことは絶対に護るから。……だから……少しでいいから、俺のこと……好きに、いや、なんでもねえ」


「もうパンドラなんてどうでもいい! 目的なんか知らん!! そんなことよりシドウさんだ!! 目の前にとろんとした目で私を優しく見つめながら頭を撫でてくれるいつもよりスケベな感じのシドウさんがいるんだ!!! ペロペロしたい……。私はシドウさんを色々とペロペロしたい!!!!」


「あ〜もう何言ってるかわからんけど、取り敢えずロマン先輩が帰って来るまで少し寝ててもいいぞ。起こしてやるから。…………もしかしてさあ、明日になったらロマン先輩が俺達の風邪移されて寝込んだりしてな。んで、俺等に無茶苦茶な看病されそうになってロマン先輩が『ゃ、ゃめれくんさぃ〜〜』とか言うオチになるかもな。ほら、看病イベントのオチでよくあるだろ?」


「シドウさん!!! ペロペロさせてください!!!! ぁぁああ!! シドウさぁあああん!!」





看病イベントのオチでよくある展開を想像してクスクス笑ってしまった俺を見て、プロメはなんか知らんけど「きゃぅう〜〜ん♡」とポメラニアンの子犬鳴き声みたいな可愛い声を出して俺に迫って来た。



あれ? なんか知らんけど可愛いプロメが俺に迫って来てくれる。これは確か一昨日見た夢に似てる。


いや、これは夢だ。そっかそっか。夢か。


だから俺にこんな都合が良いのか。



夢なら……良いかな。



プロメに好きだよと伝えても、夢なら許されるかな。



そう思って口を開きかけた、その時だ。





「……ロマンと看病イベントで無茶苦茶にしてペロペロするだと……? お前、今そう言ったのかシドウ・ハーキュリーズ」





さっきまで『しんじゅくえき、というダンジョンは恐ろしいな!! 最奥のドラゴンを倒しても外に出られないではないか!! 俺はおだきゅうせんというのに乗りたいのだ! なのに今いる場所はしょうなんしんじゅくらいんだと!?』とうるせえ寝言を叫んでいたリヒト先輩が。



ぬらりと起き上がって、暗い目で俺を見た。



いつもの迷惑なほど輝く瞳孔は消え失せ、光の無い暗い目をしている。



咄嗟にプロメを庇うように前に出て、



「ンなこと言ってねぇよ!!! 寝惚けるのもいい加減にしろ!!」



と弁明した。





「貴様、やはりハーレム展開を望むのか? 俺は許さないぞ。ロマン一人を選ぶならギリ許さないが、ハーレム展開であの子を雑に扱うなんて俺は絶対に許さない」


「だからンなこと言ってねえっての!!!」


「そうだ。ロマンをハーレム展開から護るなら、お前を俺のハーレムに入れてしまえばいいんだ。そうか。そうすれば良いか」


「はぁ!? おいクソミドリ!! 良い加減目ぇ覚ませやボケカスッ!!」


「――――だがその前に!!! 風邪を直せシドウ・ハーキュリーズ!!! ロマンと看病イベントで無茶苦茶にしてペロペロなんかさせるかぁあッ!!!!」





クソミドリはさっき買ってきた大量の座薬を掴んで俺に掴みかかってきた。





「座薬とうがい薬をちゃんぽんで飲めば風邪なんかすぐ治る!!!!! だから口を開けろシドウ!!!」


「そんなん死ぬわ!!!!」


「素直に言う事を聞けシドウ!!! 俺はあの子を護らねばならない!! もうあの子を傷付けるわけにはいかないんだ!!!!」


「何言ってんのかマジでわかんねえけど早く目ぇ覚ませやクソミドリが!!!!」





寝惚けたクソミドリが馬乗りになって俺にうがい薬と大量の座薬を飲まそうとしてくるが、うがい薬と座薬を持つ手を押し返そうと力を込める。


だが、風邪のせいで体から力が抜けてしまい、クソミドリに力負けしそうになる。


普段なら意外と華奢なクソミドリに力で負けることはまずないが、風邪で弱っている俺と寝惚けてリミッターが外れたクソミドリではどうなるかマジでわからない。



いきなり男二人の取っ組み合いの喧嘩になったんだ。

プロメは怖がって怯えてないだろうか? それが心配




「ウルガァァアアアアアア!!! グゥオァアアアアアアアアアア!!!!」




プロメはまるでブチギレたポメラニアンみたいな吠え声を出して、クソミドリを引き剥がそうと噛み付いていた。





「このクソミドリボケコラカス何しさらしとんどアホだらがぁああッ!!! 死ねゴラァッ!!! 私のシドウさんから離れろボケカラカスゥッ!!!!! 私は『プロメ×シドウさん』か『シドウさん×プロメ』のリバしか認めんぞゴラァッ!!!! もしくは『男体化したプロメ×シドウさん』だけじゃゴラァ!!! ちなみにリバ可じゃボケコラカスゥゥウ!!!」


「よ、よくわからんが元気そうでよかった!!!! お前は勇気があるからな!! 本当は怖いのに頑張ってくれてるんだよな!」


「殺すでクソミドリコラァ!!! 何が王子じゃこっちは大企業じゃボケカスッ!!!! 金の力でおどれなんざ消したるけぇ覚悟しぃやゴラァアアア!! ガルルゥアアアアアッ!!!」





プロメはブチギレたポメラニアンのように吠えながらクソミドリの背後を取り、俺から引き剥がそうとする。



クソミドリは焦ったような顔で



「俺はロックスターだ!! 王子様ではなくロックスターだ!!! だから国民皆を愛している!! ロマンを妬む気持ちなんか起こらないくらい、俺は皆を!!!! 全身全霊で愛してやるッ!!!!!」



と叫んだ。


クソミドリ――リヒト先輩が一瞬悲しそうな顔をしたのは気のせいか。





「というわけだシドウ!!!! お前も俺に愛されろ!!! そんなに嫌ならうがい薬も座薬も俺が口移しで飲ませてやる!! だからロマンを無茶苦茶にしてペロペロするなんて許さんぞシドウ!!!」


「ざけんなクソミドリゴラァ!!!! パワハラの次はセクハラかボケェッ!!!!!」





リヒト先輩が一瞬見せた悲しそうな顔に気を取られたのが馬鹿みたいに思えるくらい、リヒト先輩はクソミドリだった。



そんなクソミドリを押し返そうにも力が出ずにどうにもならない。


そんな時だ。





「死に腐れクソミドリがぁああああッ!!!!」





クソミドリの背中にしがみついて引き剥がそうとしていたプロメが、見事なバックドロップをかましたのだ!!!!



ひっくり返って床に頭を激突させたクソミドリはうがい薬と座薬を手放し、それらは部屋中――それ以外にも散らばってしまった。



床に頭を激突させそのまま倒れ込んだクソミドリと、見事なバックドロップを決めて床に仰向けに倒れたプロメと、あと一歩でえげつないものを飲まされそうになった俺は、暫くしたあと三人揃って声を上げて泣いた。



プロメは泣きながら



「なんでこんな目に遭わなきゃいかんのやぁあああ!!! 私はただ……っ!!! ムーンライトでノクターンなイチャラブでペロペロしたかっただけやのに!!!! 看病イベントでイチャラブ確定演出かと思えばアホにバックドロップをしかける羽目になるなんて……!! なんで、なんでやねぇぇえんんん!!! うわぁぁああああん!!!」



と叫んだ。



そんな時である。



ロマン先輩が「ただい…………」



とただいまと言おうとした瞬間、長ネキを手から落とした。





◇◇◇





「ロマン先輩、このうどんめっちゃ美味いっす! ネギの薬味が効いてて良いですね! ほんとありがとうございます!」





ロマン先輩ネギが沢山はいった薬味鍋焼きうどんはとても美味しかった。



隣でプロメが焦ったように


「こ、今度私も作って差し上げますから!!」


と言ったので、


「そんならお前は食材切るのを頼めるか? 味付けと煮込むのは俺がやる」


と言っておいた。





「ところでリヒト先輩、どこに異世界転生してたんですか?」


「それがなぁ……。なんかすごい複雑なダンジョンだったんだよ。しかもやたらと四角くて小さな板を向けられるし異世界のホストに『かぶきちょう』とか言う町で『億り人なる者』にならないかと誘われたり……。不思議な異世界だったなあ」


「そっすか。大変でしたねえそりゃ」





リヒト先輩はいつもの迷惑なほど輝く瞳をしている。


さっき見せた悲しげで切羽詰まった顔は一体なんだったのか。


まあ、リヒト先輩のことを真面目に考えるのは時間の無駄なので適当に忘れることにした。





「それにしても、このうどんほんと美味しいですよ! 薬味が効いてて良いですね。薬味が」


「そう? ヒヒッ……ヒッ……そやん言われたら……ヒヒッ、ロマンも食ってみるかね……ヒヒッ」





褒められるのに慣れてないロマン先輩は、ヒヒッとおとぎ話の悪い老婆みたいな笑い方をしながらうどんを食べ始めた。





「ほんと! こやん美味しかうどんば作れたの初めて!! やっぱ薬味ば効かせたのが良かったみたいやね! 美味しか〜!」





そうして、俺達は薬味が効いてて美味しいうどんを上機嫌で食べた。

残った汁は雑炊にして食べたのだが、これがまた最高に美味しかった。



美味しかったからこそ、



『そう言えばプロメがリヒト先輩をバックドロップしたときに飛び散った大量の座薬と蓋が外れてぶっ飛んだうがい薬はどこに消えたのだろう?』



という疑問を忘れ、薬味が効いてて美味しいうどんと雑炊を残さず頂いた。





◇◇◇





その翌日だ。





「まさか……看病イベントのオチが……こうなるとは……」





俺は頭を抱えた。『視界に柔らかくてサラサラした金髪が見える』し、俺の手は『白い手袋をはめた小さな手』をしている。



しかも、俺が話した言葉は、聞き慣れた可愛らしい甘い声になっていた。





「……なんね、これ。……なんこい? ……なんできゃんなっとると……?」


「……すんませんロマン先輩。『俺の体』でガクブル怯えるのはなんか気色悪いんでやめてもらって良いっすか」





目の前で怯えたように縮こまり、ベッタベタの訛りを話す『俺』……いや『ロマン先輩』にお願いした。





「ガクブルして怯えてるシドウさんも……ぁあ、もう堪りませんよ!!!」


「いくら『中身がプロメ』とは言え、リヒト先輩の姿と声でそれ言われるとなんか頭バグるな」


「そうですねえ……! 私も下町っ子口調の男前な振る舞いをする『私』に戸惑いを隠せません……! でも! 『シドウさんは私の体に入れ替わった』のです! ……シドウさん、『私の体の具合はどうですか?』馴染むためにも沢山触ってお勉強してくださいね♡」





頬を染めて恥じらいつつも艶かしく笑うリヒト先輩プロメを見ていると、マジで頭がバグりそうになる。





「ハハハハハッ!!! シドウ!!!! モッツァレラが中に入った俺の色気と可愛さに興奮して、俺を見る目が変わっても気にするなよ! 俺はロックスターだからな! お前ら全員愛してやるさ! アハハハハハハハ!」





陽の気全開で高笑いするロマン先輩クソミドリは、




「でもまさか、マスカルポーネが俺にバックドロップを仕掛けたときに散らばった大量の座薬とうがい薬がうどんに混入し、それを美味しく完食したせいで俺達の人格が入れ替わるとはな!!! それもこれも大量に混入した『薬』のせいか! 薬味うどんだけに! ハーハッハッハッハッ!!!!」




と腰に両手を当てて高らかに笑った。



そんな陽キャのロマン先輩クソミドリへ、


プロメ(俺)とリヒト先輩プロメと俺(ロマン先輩)は声を揃えて




「死ね」




と言った。






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