43・シドウさんに恋した彼女
「それにしても、シドウさんは商店街の方々からめちゃくちゃ愛されてますね! そりゃお店の名前が入った半袖シャツを貰いまくるわけです!」
私が使う日用品を買うたび、お店の方々は『え!? シドウちゃん結婚したの!? あらぁ〜おめでとう!! これはご祝儀ってことでおまけに持ってきな!!』とか『ついにシドウも女房持ちか〜! いや〜感慨深いねえ!!』とか嬉しそうにお話されておりました。
その度シドウさんは「いや、これはあくまで警護と任務のための書類上の結婚でな、別にそう言うんじゃ」と脳が破壊されるようなことを申されていましたが、商店街の方々は「照れちゃってるよシドウちゃん」と笑って流されました。なので私も笑って流しました。
私の脳も破壊を繰り返して強くなったようです。
それに、どんとん外堀が埋まっていくこの状況、もうこの世の大いなる存在が私の味方をしている気がしませんか!?
……ですが、商店街の皆様のお言葉の中で、気になる物がありました。
『シドウが女房持ちかあ……。こりゃ、バニラちゃんが悲しむだろうな』
この言葉を聞いた瞬間、私は『いや、私シドウさんの正妻なんで全く気にしてませんけど』という顔をしながら『バニラちゃん』についてお聞きしました。
そうしたら、その方は『超絶美人で商店街の姫。商店街のアイドル』と仰ったではありませんか……!
商店街の姫だとぉ!? ただでさえヘンリエッタ様というこの国一番の美女で大貴族のお姫様が私の恋敵であるのに、これ以上姫が増えてたまるかいなッ!!!
と私は顔を引きつらせました。
そんな不穏な会話をしながら、最後に回ったのは服飾屋さんです。
シドウさんは『部屋着の一着や二着ぐらいあったほうが良いんじゃねえのか? ドレス汚すわけにはいかねェだろ』と仰いましたが、私はシドウさんのシャツを普段着に出来たらなあと不埒な事を考えました。
ですが、そこまでご迷惑をおかけするわけにもいかず、私の部屋着と寝巻きなどを探しに来たわけですが……!
服飾屋さんはちょっと留守にされてて、私とシドウさんは店先で店主様がお帰りになるのを待っていたわけです。
すると、
「シドウちゃん? ……ごめんなさいねえ、すぐお店開けますから」
と甘くお優しい声が聞こえて来ました。
ふと見ると、まるでバニラアイスのような長くふわふわした優しい乳白色の髪をした、まつ毛の長いとんでもねえ美女が立っておられます。
この方が……バニラさん。
商店街のアイドルで、姫で、シドウさんをお慕いされている……。
私は秒でこの方が嫌いにな―――――ッッ!?
「うわっ! バニラ! 急に飛び付くなよ!! 危ねェだろ!?」
バニラさんはシドウさんに飛び付かれました。
でも、『バニラアイスのような美しい乳白色の髪をした美女は私の目の前でニコニコしています』。
「ちょ、バニラ待て! くすぐってえから!! あははははっ! ほんっとポメラニアンって人懐っこいよなあ〜!」
シドウさんに飛び付きそのお顔をペロペロ舐めるバニラ色の白いポメラニアンは、尻尾をブンブン振っています。
そんなポメラニアンとシドウさんを見ながら、バニラアイス色の髪をした美女は
「バニラちゃんってほんとシドウちゃんが大好きでねえ。他のハンサムな雄犬にアプローチされても見向きもしないのよ〜。だけどシドウちゃんと会うと必ず発情期が来るみたいですごい腰振っちゃうからごめんなさいねえ」
とニコニコ笑っています。
そんなバニラアイス色の髪をした美女へ、シドウさんは
「ミントさんも相変わらずお元気そうですね。どうですか、最近。……あ、確か一番下のお子さんがこの前士官学校に入られたんでしたっけ?」
と世間話をされました。
と言うかこの美女――ミントさん、『一番下の子』が『士官学校』ってどう言うことなんでしょうか??? 初めて見た時はヘンリエッタ様のちょい下くらいのご年齢かと思いましたが……!?
そんなとんでもねえ美女のミントさんは、
「そうよ〜。『シドウちゃんみたいな警察騎士になる〜!』って士官学校入ったのよこの前。だから、もし警察騎士になったらビシビシ鍛えてやってね」
とにっこりされました。そして、
「こらこらバニラちゃん。シドウちゃんはもうこのお嬢さんとご結婚なさったの。だからそんな甘えた声で略奪しようとしないの」
とバニラさんを引き剥がそうとしましたが、バニラさんは言うことを聞きませんでした。
……確かに、ポメラニアンのバニラさんは『くぅ〜ん♡』と甘えた声を出しながらシドウさんの顔をペロペロしつつめっちゃ腰を振ってます。
そんなバニラさんにペロペロされるシドウさんは、くすぐったそうにしながらもいつもより無防備な笑顔を浮かべていました。
……さすがにポメラニアン――犬に嫉妬という情けない真似はしませんよ?
別に『なにシドウさんをペロペロしながら腰擦り付けとんねん! 私もシドウさんペロペロしたいけど同意の無い行為はあかんから我慢しとんねんぞ!!! 犬やからって調子のんなよ!!』とか思ってませんよ。
さすがにそんな、ワンちゃんにねえ。
……まあ、このポメちゃんもシドウさんの魅力がわかるなんてエエ趣味しはるやないの〜と、私は正妻面でニコニコしていました。
それじゃ、私もポメちゃんを撫でさせてもろて女性向け恋愛物語に出て来る『動物にめちゃめちゃ好かれる心優しいヒロインのシーン』をさしてもらいましょ! と考えたとき、シドウさんが
「あ! 悪いプロメ! 紹介が遅れた! ……こちら、服飾屋を営むミントさんと愛犬のバニラだ」
とご紹介くださいました。
それでは、私もご挨拶をしなければ! と気合を入れ直しました。
愛する旦那様の前です。
私は『正妻』なのでしっかりとご挨拶をいたしましょう。
私はミントさんとバニラさんに向き直り、ドレスの裾を持ち片足を下げる姿勢をとり、令嬢らしい華麗な挨拶をかまそうとしました。
「初めまして。私はナルテックス鉄工のプロ「ヴヴヴガァァアヴヴヴヴオォオオオオ」
私の華麗な挨拶を、バチギレしたポメ公が馬鹿吠えして邪魔し腐りました。
シドウさんにはぬいぐるみみたいな甘えた顔を向けてたくせに、私に対しては目玉を剥き出し歯茎と牙を見せ付けてきます。完全にオラついた顔で唸っています。
ま、まあ犬ですし。ワンちゃんですし。
私は正妻なんでそんな犬公如きにそんな。
ここで『ぁあ"何やねんおどれ喧嘩売っとんのけ? え?』と返すなんてそんなお下品な真似はいたしません。だって私シドウさんの正さ
「ヴヴヴヴヴヴガルァァァアアアアアッ!!」
「はあ!? 『何正妻ツラしとんねんボケカス! おどれはマジタレのお零れ狙う野良犬やんけ! おどれ如き貧相なブス、このバニラちゃまが擬人化したら手も足も出ぇへんさかい調子のんなゴラァ!』ですって!? おおええ度胸やんけワレコラヤッたろやないかァ!? ェエ!? 動物愛護がなんぼのもんじゃ表出ろコラァッ!!!」
ポメ公が吠えた内容なんかクソほど知りませんけど、多分こんなこと言うてんねやろと思いました。
バチギレしたポメ公とメンチを切り合うと、奴は「ガルルルゥゥアアアアアア」と吠えてきやがったので、私は「ヴルァァアアアアアアア」と吠え返しました。
そんな私にシドウさんが
「こらプロメ!! 人ン家のポメラニアンと喧嘩すんな!!! お前は人だろ! ……ほら、おやつ! さっき店でもらったカリカリのチョコバー! カリカリやるから大人しくしろ? な? ほら! おやつ! カリカリ!」
とカリカリをポケットから出されたので、私はそれを頂きつつポメ公とメンチを切り続けました。
「あらあらごめんなさいねえプロメさん。バニラちゃんってば本当にシドウちゃんが大好きでねえ……。こらバニラちゃん!!! シドウちゃんのお嫁さんに威嚇しちゃ駄目でしょ!」
ミントさんから叱られたポメ公は、「きゅう〜ん♡」と甘えた鳴き声を出してやり過ごそうとします。
ここここコイツ……! と私はイラッとしましたが、カリカリを食べて我慢しました。人なので。
そんな大人な私に、ミントさんは申し訳無さそうな顔で仰います。
「ごめんなさいねプロメさん。お詫びと言っちゃなんだけど、今日の『城下町ふれあい祭り』に着てくお衣装、着付けと髪型のセットも付けて無料でご提供させてくださいね」
「え? ありがとうございます……! でもあの、ところで、その『城下町ふれあい祭り』ってのは?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると、シドウさんがポメ公を抱っこしながら
「『城下町ふれあい祭り』ってのは、女王精霊プロメテウスに感謝を捧げる祭儀でな。……女王精霊に感謝を込めて、色々と食いもん屋とか遊べる屋台とかがズラーって出るんだよ」
と教えてくださいました。
……女王精霊プロメテウス、私も存じております。
百年前、風と大地と水の精霊が邪智暴虐の炎の精霊からこのフォティオン王国を救ったわけですが、実はその三大精霊を従えていた上位の存在がいたらしいのです。
それが、女王精霊プロメテウスということらしいのですが、正直こんなんが本当にいたのかどうかは、学者様の間でも物議と灰皿が飛び交うほどの大論争になるそうです。
「そういや、女王精霊プロメテウスとプロメって、なんか名前似てるよな。……もしかしたらお前、女王精霊のなんかアレな存在だったりしないのか?」
シドウさんは少しソワソワしながら聞いてこられました。いや〜こういう『実は伝説のアレ的な存在でした〜!』という展開はみんな大好きですからね!
「ご期待に添えず申し訳無いのですが、実は私の名前の由来って花の名前なんです。だから女王精霊プロメテウスとは全く関係無いと思いますよ。実は女王精霊プロメテウスの生まれ変わりでチートに覚醒した〜みたいな王道展開があればこの先楽なんですけどねえ」
「そうだよなあ。……というか、花の名前……って、もしかして炭鉱付近や洞窟内で咲くプロメのことか?」
「はい! それですそれ〜!」
プロメとは、炭鉱や洞窟内で咲く不思議な花のことです。
群生して生える白い花で、その蜜には滋養強壮と血流促進など人を元気にする成分が濃密に含まれています。
だから、炭鉱内で閉じ込められた鉱夫がプロメの花の蜜を飲んで生き延びた……みたいな事例も沢山あり、炭鉱のシンボルみたいな存在なんですよね。
「小さい頃、よく友達と遊びながらプロメの花の蜜を吸ったもんですよ〜。いや〜懐かしい。特に優しい男の子が二人いて、よく私のお姫様ごっこに付き合ってくれたもんですよ!」
幼い頃、炭鉱町で特に仲良くしていた二人の男の子がいました。
一人は茶色が混ざった赤毛と赤い目をした男の子で、もう一人は彩度の強い紅色の髪と目をした男の子でした。
どちらもめちゃくちゃ美少年で、その姿はまさに王子様でしたね。
特に、紅色……いや、表現は乱暴ですが血のように赤い髪と目を持つ男の子は、もうすごい美少年でした。
スラリとした長身に、涼し気で鋭い顔をした美しい男の子で、成長したらきっととんでもねえ美男子になっただろうなと想像します。
正直言うと、私の初恋は彼でした。
そんな、血のような強い赤毛と赤い目を持つ、涼し気で鋭い顔をしたタッパのある美男子…………そう、まるで……。
「? 俺がどうかしたか?」
「!!!! え、え、ええ、あの、あ、え……」
シドウさんと初恋の男の子が重なり、顔が熱くなりました。
……でも、あの王子様のように優しいお心と、涼し気で鋭い美少年顔は、どう考えてもシドウさんだと思います。
…………しかも、彼にも泣きボクロがありました。
「……シドウさん、あの……。子供の頃、炭鉱街で遊んだりとかしませんでした?」
「え、炭鉱……街? う〜ん。覚えてねえけど……。だけど、ガキの頃は友達と山だの森だの海だの川だの色んな場所に行ってたから、もしかしたら炭鉱街も行ってたような……。でもなあ」
シドウさんはポメ公の背中を撫でながら悩まれています。
「お前みたいな……かわ、いや、あの……か、金持ち、一回会えば忘れねえと思うが」
「そうですよねえ。私小さい頃からスーパー金持ちでしたから、個性的だとは思いますし」
もしかしたら『お前みたいな可愛い女、忘れるわけねえだろ』とか言ってくれないかな〜〜〜〜〜と妄想しましたが、残念ながら違いましたね。
まあ、シドウさんのお好みはヘンリエッタ様ですし、可愛いと思う基準がきっとお高いのだと思います。
ですが、この程度で私の脳は壊れません。だって私はシドウさんの書類上のお嫁さん兼友達でしかもこれから同棲するのですから!!!
以前よりぐっと距離を詰められたのです!
これからもシドウさんに拒絶されるまで溺愛しまくって押して押してグイグイ押しまくりますよ!!
決意を新たにする私に、シドウさんは「話変わって悪ィけど、ところでよ」と仰いました。
「お前、どうする? ……『城下町ふれあい祭り』行ってみるか? もし疲れてるなら休んだ方が良いかと思うが、お前はどうしたい?」
「!! はい!! ぜひぜひ!! 一緒に行きましょうお祭りに!!! 城下町デートからお祭りデートだなんてもう最高ですよ!!! あ、勿論女慣れの勉強でね!!」
私がはしゃぐと、シドウさんは「で、デートか……そっか……うん」と顔を背けられ、ポメ公は私に向かって吠えまくりましたが、私はポメ公に吠え返してメンチを切りました。




