32・火災事件の真犯人
昨日、フォティオン学園の入学パーティーで起こった火災現場を見た私とシドウさんは、こんな会話をしました。
『シドウさん……。この焦げたゴミ箱……これ、揚げカスを入れてたゴミ箱ですよね。すれ違った時見ましたし……。私達が三日間かけて探した真相が……まさかこんなカスいものだったなんて……』
『だな……。まさか火事の原因が、『冷まさなかった大量の揚げカスによる自然発火』なんて……これがミステリ小説とかだったら非難轟々だぞ』
◇◇◇
「今回の事件の真相は、実にバカバカしくカッスいものでした」
円形闘技場の裁判所にて、私は拡声器を片手に裁判所と外にいる人々に向けて演説しました。
「私が放火魔としてルイスの命令でパクられた日は、フォティオン学園の卒業パーティーがあったのです。……そのパーティーでは、肉料理と大量の揚げもんと、なんか見映えするやつと、なんか草料理がありました」
円形闘技場の傍聴席にいるとんでもない数の人が私をじっと見ています。
これで良い。もっと熱心に聞いてくれ。
私は外にいる人にも届くように声を張ります。
そんな私へ、ヘンリエッタ様は余裕たっぷりの氷の微笑を顔に浮かべていました。
片やルイスは、こちらを馬鹿にしたような冷たい表情で、裁判官席から私を見下ろしています。
「その一方、調理場は大量の料理を作って会場に届けなければならない多忙極まる戦場です。その忙しさは常軌を逸しておりました。……調理科の教諭であるジル先生を駆り出さなきゃいけないほどにね」
私の脳裏に小麦粉を頭から被って天井を見ながら壊れたように笑うジル先生のお姿が浮かびました。
そして、昨夜お電話で『火災の真相をお伝えした』ジル先生ともう一人、シドウさんから紹介された最強の証人を呼ぶことにしました!
「ルイス裁判官! 証人の出廷許可をお願いします! ……当然の権利ですから、許可してくださいますよね?」
「……呼びたければ呼ぶが良い。せいぜい無駄に足掻きなさい」
ルイスは一切態度を崩さず、冷静なまま証人の出廷を許可しました。
まるで、自身の勝ちを確信しているかのような面構えです。
私も負けてられません。
拡声器を手に取り、証人の出廷を告げました。
「それでは! 警察騎士鑑識部隊隊長のロマン・イーリッシュさんと、フォティオン学園料理科教諭ジル・アーケンさん! 順にお話しくださいませ!」
◇◇◇
シドウさんと最終打ち合わせの際、ジル先生以外にも彼の先輩方を証人として呼ぼうと決めておりました。
そして、交換外交官制度で聖ペルセフォネ王国へご渡航されていた先輩方のお二人のうち、最初にお越し頂くこととなったのが、只今法定の証人席に立って、名前と職業を名乗っておられるロマンさんです。
「ど、どうも……ロマン・イーリッシュです。……警察騎士の鑑識部隊隊長ばしとります……」
ロマンさんはメッッッッッチャ美人さんでした。二十三歳の女性とは聞いてましたが、お人形のような可憐なお姿は美少女と言っても全く差し支えがないくらいです。
しかもロマンさん、あんなに可愛いのに頭もエエそうです。しかも二十三歳で警察騎士鑑識部隊隊長になられたという優秀なお方なのです。あんなに可愛いのに? おまけに失礼な話やけど乳もでかいのに?……世の中不公平過ぎひんか? なあ。
なんて、そんな事言うてる場合ちゃうわ!!!
私は自分の頬を叩いて気合を入れ直します。
片やロマンさんは、小さな手で証人席の拡声器を持ち、証言を初められました。
「……熱した揚げカスの自然発火現象。……こいは立派な火災理由になります。……放置された油が酸化反応を起こし空気中の酸素によってより高熱となりその熱が逃げ場を無くして自然発火ば引き起こすっちゅうのはロマ……いや私が徹夜で立証しました」
ロマンさんは拡声器でギリ円形闘技場中に届く声で、何やら難しいことを話してくれました。
……ロマンさんは何やら訛りが強いようですね。そんなところも可愛くて狡ィなあ。
そんなロマンさんのお話を簡単に言うと、揚げカスの自然発火現象は『起こり得る』ということでしょう。
私はロマンさんに弁護側の尋問を開始しました。
「ありがとうございますロマンさんッ!!!! では、私からの質も「ヒィッ!!」
私が証人席に身を乗り出してロマンさんにグイッと迫ると、ロマンさんはビクッと怯えて後退ってしまわれました。
……驚かせてしまうなんて、申し訳無いことをしてしまいましたね……。
私が反省してるとき、傍聴席にいる警察騎士の男性達が
「おいメスガキ!!! 我々のロマン姫を怯えさせないで頂きたく存じますな!!!」
とヤジを入れてきやがりました。
……フォティオン王国の円形闘技場による公開裁判はこんな感じでヤジが飛ぶのですから仕方ありません。
そんなヤジを入れ腐りやがった警察騎士の大人しそうな男性達――流行りの言葉で言うとオタクっぽい野郎共は、
「我々のロマン姫は我々と同じで人見知りで陽キャと男が苦手な恋愛経験ゼロの陰キャなのだぞ!! お前みたいな我の強そうなブスが圧をかけて良いお方じゃないからな!」
と言いやがったので、私は
「そんなら私のブスとおどれのデブと勝負したろかワレコラァ!! つーかこんなに可愛い子が恋愛経験ゼロなわけないやろ!! 現実見ろデブコラァ殺すぞ!!!」
と怒鳴り返しました。
……ですが、一方のロマンさんは青ざめた顔で冷や汗を垂らしながら「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいロマンの部下がごめんなさい死んで詫びますごめんなさい死んで詫びますごめんなさい」とガクガクブルブルされています。
……これは、マジで人見知りで陽キャと男性が苦手な陰キャさんなのかもしれません。オタク達の姫にされてしまうのも仕方ないでしょう。
私はロマンさんを怯えさせないよう再び尋問を開始しました。
「ロマンさん、お聞きします。……私が放火魔として逮捕されたときの火災は、冷まされていない大量の揚げカスによる自然発火という可能性はありますか?」
「……はい。……ロマン、いや間違えた私は昨日の夜、プロメさんが参加されていた卒業パーティーの際にでた量の揚げカスば使って、五回ほど実験しました」
ロマンさんは黒ウサギのポシェットから紙を取り出し、係員に「これ、提出します」と差し出したあと、証言を続けてくださいました。
「そんで、ジル先生に大量の揚げもんを作ってもらって、そん揚げカスば使って、事件当時を完全に再現した実験ば五回ほどして、……五回とも、見事にがばぁ燃えました」
「が、がばぁ?」
「あ、すみません……がばぁ……つまりがばいってのは、すごいって意味です……。すみません、ほんと、すみません……」
ロマンさんは私と目を合わせずに「すみません……すみません……」と呟いています。
そうするとまたロマンさんのにガチ恋してる厄介なファンと思われるオタク警察騎士がヤジを飛ばしてきやがったので、私は怒鳴り返しました。
「一つ、いいかな?」
ヘンリエッタ様が氷の微笑みを浮かべたまま、拡声器を片手に発言されました。
その甘く涼し気なお声によって、私とオタク警察騎士の怒鳴り合いはピタッと止まったのです。
……さすが、ラネモネ家のご当主様ですね……。迫力がすごい。
「検察側の反対尋問……と言うことで、良いかな? ルイス裁判官」
「ああ、許可しよう」
「それじゃ、鑑識部隊隊長のロマン・イーリッシュくん。事件当時は真っ昼間だけど、君が実験を行ったのは夜で、しかも室内だよね? ……事件当時の空気の乾燥具合や湿度なんかは再現しているのかな?」
「はい。事件当時の空気の状態は気象研究所に聞いて、実験室の空気は完璧に再現しています。……イーリッシュ家の名にかけて、父ユーエンの名にかけて、そして鑑識部隊隊長として、命をかけて宣誓します。…………ロマンが用意した証拠は、本物であると」
「……ユーエンもあのとき同じことを言っていたな。……やっぱり親子だね」
ロマンさんの宣誓にオタク警察騎士達が雄叫びをあげて奮い立つ一方、ヘンリエッタ様は「検事騎士側の質問は以上だよ」とルイスに言いました。
『ユーエンもあのとき同じことを言っていたな』というヘンリエッタ様の台詞は気になりますが、今はそんな場合ではないので速攻忘れることにします。
◇◇◇
そして次に、私はジル先生をお呼びしました。
ジル先生はピシッとした白衣姿で登場され、そのお顔立ちもキリッとしています。
「ジル・アーケン先生。本日はお越しいただきありがとうございます。……そして、ロマンさんと夜通しの火災実験、お疲れ様でした」
ロマンさんと夜通しの火災実験と言った瞬間、私にヤジを飛ばしまくっていたオタク警察騎士共が血反吐を吐いてその場で倒れました。
きっと、ガチ恋している姫が男――しかも美男子と夜通しずっと一緒だったという事実で脳が破壊されて死んだのでしょう。
ざまぁクソオタク!!!!!! ギャハハハハハ! ですねえ!!!!
「フォティオン学園の教師として、生徒が放火魔扱いされているのは見過ごせませんから。……僕に出来るのは、このくらいです」
ジル先生は、悲しそうに微笑みました。
「それではジル先生、冷まされなかった揚げカスが自然発火した件について、事件当時の話をしてくださいますか?」
「はい。……事件当時の卒業パーティーのとき、僕は調理場にて馬車馬のように働かされていました。……揚げ物を揚げまくったり食材を切りまくったり、もうわけがわからない状態で。……だから、気が回らなかったんです……。今回手伝ってくれる生徒は、貴族出身だから『ゴミ捨ての知識が無い』ってことに」
ジル先生は
「今回の火災の原因は僕にあります。……だから、プロメさんや僕を手伝ってくれたあの子達は、何も悪くないんです」
と悲しげに目を伏せられました。
「今まで僕を手伝ってくれた子達は一般市民の出身で。だから、特に教えなくても『揚げカスは冷まさないと駄目』と知っていました。…………だから、僕もその常識のまま、貴族の生徒達に接してしまったんです。……『今回手伝ってくれる貴族の子達も、揚げカスの知識を知っているだろう』……そんなふうに勝手に思い込んで、疑問にすら思わず、彼らに伝え忘れてしまったんです」
「……仕方ありませんよ、先生。……だって、先生は生徒の卒業と入学の時期で激務に襲われてたんですから。……それに今まではずっと揚げカスの知識を持つ生徒達に手伝ってもらってたわけでしょ? そりゃ、今回の生徒も当然知ってるだろうって勘違いもしますよ。……だから、先生は罪はありません」
「いいえ、プロメさん。……これは僕の責任問題です。忙しかったからとか、前もそうだったからと油断した僕の問題なんです。……発火の原因をプロメさんから電話で教えられて、僕は自分がやらかしたことの重大さを知りました。……ルイス裁判官、事件の罪は僕にあります。……だから、罰するならプロメさんじゃなく僕にしてください……! お願いします!」
ジル先生はヘンリエッタ様とルイスに向かって頭を下げました。
涙声で「プロメさん、本当にごめんなさい。僕は先生失格です」
と謝るジル先生に、私はもういてもたってもいられずジル先生にガバっと抱き着きました。
「先生は何も悪くありません!! 先生に罪はないんです!! そもそも先生を追い詰めた学校側が悪いじゃないですか!! だからそんな悲しい事言わないでください!!」
頭を下げて自分を罰してくれと泣きながら話すジル先生を見ているのが辛くて、私はジル先生に抱き着きながら身を擦り寄せ
「私にとって……貴方はずっと大好きな先生なんですから!」
と涙声で言いました。
すると、ジル先生はガバっと頭をあげて
「すみませんルイス裁判官!! 今すぐ僕を有罪にしてムショにぶち込んでください!! 法の力で僕を匿ってください!! このままじゃ僕は裏社会の龍に殺されます!!! 殺気が!! 殺気が僕の背中に!!」
とめっちゃビビリ散らしています。
青ざめた顔に冷や汗をダラダラさせながら、そりゃもうビビリまくりです。
そんなとき、ヘンリエッタ様が
「シドウ。証人を威嚇しないように。ただでさえお前は顔が怖いんだから」
と冷たい微笑みを浮かべたまま言いました。
証人――ジル先生を威嚇って、なんでそんなことするんですか? と疑問に思いながらシドウさんを見ると、シドウさんは不貞腐れたようなお顔でそっぽ向いておられました。
きっとヘンリエッタ様に叱られたのがお嫌だったのでしょう。
そんな中、ジル先生は「プロメさん、どうか離れてくださいますか。……そして、厳しい事を申し上げますが、そろそろ学習してくださいねえ。両片思いのすれ違いによる発言も、度が過ぎたらうんざりしてくるだけですからねえ」と言われ、よくわからないけど先生が言うなら……と私は離れました。
すると、今度はヘンリエッタ様がジル先生に質問を投げかけます。
「ジル教諭。貴族の生徒達に『揚げカスは冷まさないと危険だ』と伝え忘れた……というのは、被告人を庇うための嘘、ではないだろうね? ……それを証明できるかい?」
「……ええ。今朝生徒達に連絡をとって、現在警察騎士の駐屯地に向かってもらってます。そこで事情を話すよう頼みましたから。……でも、相手は生徒達です。……取り調べという形だけは取らないでくださいね。……もし、不当な危害や恐怖を与えたら……僕は教師として出るとこ出ますよ」
ジル先生の覚悟を聞いたヘンリエッタ様は、相変わらずの氷の微笑みのまま
「生徒達を叩き割ったところで何の得にもならない。だから安心して欲しい。……検事騎士側、以上だ」
と肩をすくめました。
というか、叩き割るってどう言う意味なのでしょう?
後でシドウさんに聞いてみますかね。
そんなこんなでロマンさんとジル先生の証言が終わり、係官によって傍聴席へと移動させられました。
「どうですかルイス裁判官! 揚げカスは冷まさないと自然発火するわけです!」
私はルイスへ指を差しました。
きっと『バカなぁああっ!!』と取り乱してくれるでしょう!!!
……ですが。
「……それで?」
私に指を差されたルイスはこちらを見下すような目をしています。
その様子は全くのノーダメージと言ったところでしょうか。
……やはり、ルイスは本来の能力を隠していたというシドウさんの見立ては合っていたようです。
「……説明するのも馬鹿馬鹿しいが、被告人が呼んだロマン殿とジル殿が証明したのは、あくまで『卒業パーティで出た大量の揚げカスが自然発火する【可能性はあった】』ことに過ぎない。
でも、それは『出火原因を【完全】に立証出来たわけではない』
事件当日、揚げカスが自然発火した『決定的な証拠』はあるのか?」
ルイスはこちらを見下すような顔で言いました。
私は言葉を濁らせながら反論します。
「……それは……そもそも現場が丸焦げのヤケクソ状態で……証拠もクソも無くて……」
「…………はあ。……お前が私に勝ちたいのなら、『お前が火を付けてない証拠』か『他に火を付けた真犯人』を証明しなければならない。……それが出来ないのなら、大人しく有罪判決を受け入れ断罪されろ」
と言いやがります。
……認めましょう。ルイスは間違いなく強敵です。
でも、それなら何でアホの振りをしてきたのでしょうか。……なんて、そんな事を考えている余裕は私にありません。
それに、シドウさんは『ルイスは能力を隠していても、役者ではないのだから性格までは偽れてないはず』と仰いました。
「そうですよね。……この裁判は、私にとってとても厳しいものでした。……だから、ルイス裁判官は『何もせずともこの裁判に勝てちゃう』んでしょうね」
そうです。
元々、この裁判は私にとって負けが確定している理不尽なものでした。
それはつまり、ルイスにとっては『何もする必要が無い勝ち確裁判』なのです。
「それなのに、私に逮捕命令を出した後の貴方は、随分と卑怯な裏工作をしやがったじゃないですか。…………本当は不安だったのでは? 『私に勝てるかどうか』」
「勝手な憶測でものを言うのは控えて頂きたい。名誉毀損で余罪を増やしたいのなら別だが」
「余罪なら貴方の方にあるでしょう? ……だって貴方!!!」
私は拡声器を片手に叫びます!
「私が保釈された瞬間を狙って襲撃して護衛達と来たじゃないですか!!!」
◇◇◇
ルイスに襲撃されたと言った途端、円形闘技場がどよめきました。
私の爆弾発言で、また一人また一人と傍聴席に人が集まっています。最早立ち見の方もいるくらいです。
「被告人、そんな無茶な事を言い出すとは……まさか、精神衰弱を理由に有罪から逃れるつもりなのか?」
「いいえ。私は逃げません。……だって、これから貴方と護衛達による襲撃を、最強の証人で証明するのですから。…………まだ、こちらに到着はされてませんけどね」
ルイスの異様な落ち着き方には戸惑いますが、最後の証人を前にしても落ち着いていられるでしょうか?
私は、シドウさんが裁判前に話してくれたことを思い出しました。
『ルイスは能力を隠してはいたが、性格や気質まで隠せていたかはわからない。
それに、奴だって本気で戦うのはこれが初めての筈だ。
ただでさえ火事に怯えてお前に逮捕命令を出すような奴だ。きっと極度に緊張しているだろう。
だから、いつか必ずボロを出す。
その時まで、地道に耐えてくれ。
【そして、時間を稼ぐんだ】』
そうご助言くださったシドウさんは、ルイスをじっと観察しています。
そんなシドウさんに見向きもしないルイスは、
「では、証人が来るまで一時休廷を命じる。……被告人とっては最期の自由時間だ。……存分に楽しみなさい」
と木槌を叩きました。




