28・ついに来ました捜査三日目
ついに来てしまいました……。捜査三日目です。
泣いても笑ってもブチギレても今日が最後です。
明日の朝には、クソルイスによる裁判が始まるのですから。
今日で『私が冤罪である証拠』か『放火の真犯人』を見つけなければ、私はルイスとパンドラを消して隣国の聖ペルセフォネ王国に飛ぶ羽目になります。
……シドウさんと二度と会えなくなるのは辛過ぎますが、冤罪で豚箱に入るなんて死んでも御免ですから。
「シドウさん。なんとしてでも『私が冤罪である証拠』か『放火の真犯人』を見つけましょう。……まずは金をばら撒いて、何でも良いからルイスかパンドラが真犯人である証拠か証言を捏造」
「プロメ落ち着け。んなことしたらこっちが法律上ヤバくなるだけだ。……にしても……今日はなんか騒がしいな」
シドウさんの言う通りです。
私達がいるフォティオン学園の入口には、『入学パーティー開催中』という看板が立てかけられています。
つまり、フォティオン学園では入学パーティー絶賛開催中で、生徒も先生も職員さんも来賓の方もみんなワイワイガヤガヤとパーティー会場に向かっておりました。
「入学パーティーって、新入生を部活に誘いたい先輩方とか、将来性のある生徒にツバをつけたい企業の偉い人とか、子供の婚約者候補を探したい親御さんとかがたくさん来られるので、正直人が多過ぎて何がなんだかわからなくなるんですよね」
「まあ、パーティーってそんなもんだよな。……俺も要人警護のために変装してパーティーとか行ったことあるけど……人が多くて目まぐるしいよな」
「え!? シドウさんが変装!? まさか……貴族の殿方が着るかっこいい礼服とか着ちゃったりしたんですか!? 後で見せてください!! 金なら払いますから!」
「いや、俺が変装したのは『お嬢様に気に入られて路地裏のチンピラから護衛に成り上がったけど、実は自分の身分を気にしてお嬢様への恋心を一切表に出さない忠義者な二番手の男』っていう設定の側近だった」
「……随分と凝ったキャラ設定ですねえ。人気投票したら三位くらいには食い込みそうですけど……でも、なんでそんな設定になったんです?」
「……公安部隊の先輩が『その悪人面で貴公子は無理だろ。良くて裏社会の女好き噛ませ犬だな』って笑いながら決めた設定だったから……」
「女好き噛ませ犬だなんて! シドウさんはそんな程度の低い男じゃありません! シドウさんは……シドウさんは新進気鋭の二枚目な若頭です!!! 裏社会系の恋愛物語に出てくるダークヒーロー的なアレです!!」
「……裏社会からは逃れられねェのか俺は」
そんな会話をしたあと、私とシドウさんは学園内を見回りました。
皆さん入学パーティーで浮足立っていて、自分の部に勧誘しようと準備をしています。
吹奏楽部の演奏がどこからともなく聞こえてきて、昨日の学園とは全く違う明るく楽しい雰囲気でした。
私とシドウさんは、そんな学園内を雑談しながら歩き回ります。
「そう言えば、プロメはなんか部活とか入ってなかったのか?」
「私は何も入ってないですよ? 花嫁修業科は大金持ちで美男の貴公子と結婚するための婚活に全ツッパなので、部活をする余裕が無いんです。毎晩貴族のパーティーに参加しては旦那様候補の貴公子にアプローチしまくってましたね」
結果は見事惨敗でしたが。
まあ、今思うとシドウさんという愛すべきお人に出会えたのですから、これで良かったですけどね。
「……そっか。……お前は元々大金持ちで美男の貴公子と結婚するのが目的でこの学園に入ったんだよな。…………そうだよな」
「はい! でも今はシドうおっ! なんやねん!? びっくりしたあっ!」
『でも今はシドウさんしか見えてませんから……♡』と言おうとしたとき、大きなゴミ箱を台車に乗せて廊下を爆走する生徒とぶつかりそうになりました。
私はとっさに飛び避けて、ドサクサに紛れてシドウさんに抱きつきます。これは私にとってラッキーなスケベという奴でした。これの恩恵は女にも降り注ぐもんなんですね。
それに、シドウさんも私をぎゅうっと抱き寄せてくれました! お優しいですねえ…!
「プロメ、大丈夫か?」
「はい! 平気っす! けど…………あ! ……で、でも……そのぉ……私ぃ、怖い思いをしたのでぇ……。落ち着くまでぇ〜シドウさんにぃ〜ぎゅうっと抱き締めて背中を撫で撫でして欲しいなぁ……な〜んて。……シドウさんも女慣れの練習になりますでしょ……? あ、お嫌でしたら遠慮な「わかった。俺で良ければ」
さすがシドウさん、お優しいです。
食い気味にお返事をしてくれました。
「そ、それじゃあ……触るぞ」
シドウさんは真っ赤なお顔で私をぎゅうっと抱き締めてくれました。……ああ、なんとお優しい。
本当は、その腕に抱きたいのはヘンリエッタ様なのでしょう。
でも、ちょっとくらい『もうこいつでええかな〜』とか思ってくれないかなーとか、私は考えました。
一方のシドウさんは、私の背後に腕を回してぎゅうっと抱き締めてくれながら、
「! ……髪で見えなかったがこのドレス……背中……空いてたんだな……。ま、まあ、怖い思いをしたお前を落ち着かせる大義名分があるからなあ。あ、グローブは外すぞ。痛いかもしれねえから。……いや、別に素手でお前の背中に触りたいとかそう言うんじゃなくて、俺は親父とは違うしハーキュリーズ家の野郎共とは違って大義名分」
と呟きながら背中を撫でてくれます。
シドウさんに素手で背中を撫で撫でされて、興奮とくすぐったさで落ち着けませんでした。
「……にしても、さっきの大きなゴミ箱……あれ何が入ってたんだ? あまりの速さで見えなかったが」
「そうですねえ。……確か、台車を押してた方が走ってきた方向には、調理室がありましたよ? ……そう言えば、今は入学パーティー中ですし……。調理室もお忙しいでしょうね。……ちょっと行ってみましょうか」
私はそう提案し、調理室へと向かいました。
シドウさんは離れてしまい残念ですが、そもそも私達は捜査中です。
目的は『私が冤罪である証拠を見つける』ことと、『放火の真犯人を見つけること』なのですから。
◇◇◇
調理室は地獄絵図でした。
いや、地獄の番人がいないだけの地獄そのものでした。
大量のなんか知らんでかい肉を出刃包丁でぶった切っている料理人さんの周りは血飛沫にまみれてますし、床には割れた皿となんか知らん調味料で埋め尽くされていました。
部屋の隅ではぐったりしている料理人さん達が折り重なって気絶されています。
そして何より、クソ暑い!!!!!!
とんでもなくクソ暑いです!!!!!!
熱気が!!! 熱気がすごい!!!
シドウさんは大丈夫かなとご様子を伺うと、真っ赤なお顔を苦しげに歪めて、はあ……はあ……と息を荒くしておられます。
制服のネクタイを緩めシャツのボタンを外され、開かれた胸元に汗が伝う色っぽい様を私は目にしっかりと焼き付けました。最高ですね!
「……やべえなこりゃ……クソ暑くて敵わねえ……。だいたい俺、暑いの苦手なんだよ……体温高けえから……」
「暑いのが苦手でしたら……警察騎士の制服って地獄なんじゃありませんか……?」
「まあな……だから、腕まくってシャツ緩めて外套も暑くねえよう背中に流してんだよ。……そもそも邪魔くせえから」
「なるほど……着崩しの理由にそんなご事情があったのですね」
警察騎士の制服は全体的に黒色で統一されており、長袖に長ズボンに体をすっぽり覆う外套がありますからね。
暑いのが苦手なシドウさんからしたらふざけんな案件でしょう。
ただでさえこの国は地熱が盛んで暖かいのですから。
「そもそも、なんでこんなに暑いんですか……? もしかして……フライヤーの……熱?」
調理室にはずらりとバカでかい業務用のフライヤーが並んでおり、それらは全部バリバリに稼働しています。
ジュワジュワ〜という音があちこちから聞こえてきました。
そんな時です。
頭から小麦粉を被ったのか真っ白になったジル先生が、壊れたように笑いながらこちらに来てくれました。
「おやあプロメさんとシドウさん! この世の地獄にようこそアハハハ! あ、唐揚げでもお一つどうです? イカフライでもエビフライでもジルフライでもなんでも揚げ揚げですよアハハハ」
「ジル先生……失礼を承知で申し上げますが、……お仕事辞められたらいかがです……?」
ジル先生は「プロメさん、あそこに浮かぶ星座が見えますか? あれは激務で一ヶ月は家に帰ってない教師の星座ですよアハハハ」と天井のシミを見上げて言いました。
もうどうにもならない感じでした。
「……ジル先生……今まで悪かった……ほんと、すみませんでした……」
「アハハハシドウさん! 僕はもう貴方なんか怖くないんですよお!! だって僕は星座になるんですから!! アハハハ」
「……これ、金の力で助けてやれねえのか」
シドウさんは悲しそうな顔をします。
私もただ悲しくなるばかりです。
それほど、調理室は激務で満ち溢れておりました。
そして、また荷台を押して爆走する生徒が「ジル先生! ゴミ出してきます!!」と調理室へ飛び込んで来て、フライヤーから大量の揚げカスを取り出すと、それをゴミ箱にぶち込んで去って行きました。
「……さっき私がぶつかりそうになった荷台に詰んであったゴミ箱には……揚げカスが入っていたんですね」
「……考えてみりゃ、こんだけ大量に飯を作ってんだ。……そりゃあ、それに伴うゴミも出るわな」
シドウさんの言う通り、調理室では大量の料理が作られ、料理人さんに入学パーティー会場へと運ばれて行きます。
それはきっと卒業パーティーでも同じたったでしょう。
……私は、パーティーで振る舞われる料理しか意識してませんでした。
その裏で、様々な方々の頑張りがあったのだと身に沁みます。
「ジル先生、改めて私の入学パーティーと卒業パーティーのときはありがとうございました。……料理人様へもお礼申し上げたいですが……今はお忙しそうですね」
「プロメさん、どういたしまして。……落ち着いたら料理人さん達にもお礼して差し上げてくださいねえ。……そして、僕の生徒達にも言ってあげてください。……きっと喜んでくれますよお」
「え……じゃあ、ゴミ捨てを手伝ってくれてるのは……ジル先生が担任をされてるクラスの子達なのですか!? ……でも! さっきゴミを捨てに行ったあの子、随分と身なりが良いようでしたが」
「はい。あの子は貴族の子なんですよ。……あの子だけじゃない。他の貴族の子達もみんな、ゴミ捨てなんてしたことないだろうに、僕を進んで手伝ってくれて……」
伯爵家だの侯爵家だのという貴族の子息令嬢達が、調理室から出たゴミを捨ててくれていたのですね。
シドウさんも驚いた顔で、「それって今までもそうだったのか?」とお聞きになりました。
ジル先生は「いいえ。実はプロメさん達の卒業パーティーのときが初めてなんです。……それまでは、平民出の子がゴミ捨てを手伝うのが暗黙の了解だったので」とお答えします。
貴族の生徒達から『自分達が手伝います』と提案されたとき、ジル先生はきっとすごく嬉しかったと思います。
先生はご自分を力不足だと言いますが、私からしたらとんでもなく良い先生だと思いました。
私とシドウさんはジル先生から唐揚げ串を頂くと、それを片手に休憩中の料理人の方々にお話を聞いて回りました。
「すみません。卒業パーティーのとき、何か変わったことはありませんでしたか? ……例えば……見慣れない人が入り込んでた……とか、変な人が皆様のような料理人の制服を着て変装してた……とか」
「いや、それはないね……。というか、ごめんね。みんな料理に追われて右も左も前も後ろも明日も未来もわけわかんなかったと思うよ……」
「……ですよねえ……。ありがとうございます。休憩中に失礼いたしました。……そして、私の入学パーティーと卒業パーティーのときも、ありがとうございました! 卒業パーティーはなんやかんやでご飯が食べれず悔しい思いをしましたが、入学パーティーのときはきっちりと頂きましたから……! 最高に美味しかったです!」
私は頭を下げてそうお伝えすると、料理人の皆様は「こちらこそ。喜んでもらえて嬉しいよ」と笑ってくださいました。
私はまた、この学園のことが少し好きになりました。
在学中はクソみたいな日々を送ってましたが、卒業生という立場から学園で働く人々と交流してみると、皆さんご自分の立場で必死に生徒のために頑張ってくれていたのたのだなと知ることが出来ました。
嫌がらせをされていた荒んだ思い出が塗り替えられていく気がして、心が軽くなった気がします。
それもこれも、シドウさんと一緒に学園を捜査したからでしょうね。




