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20・不屈の令嬢は貴方を諦めない

昨日の夜、十二年間もヘンリエッタ様へ片想いをされているシドウさんへの恋を自覚した瞬間、私はあまりの辛さで脳が破壊されました。



どうしても眠れず部屋を抜け出してこっそりベランダの前で景色を見ながらボケーっとしていたのです。



そんな中、シドウさんが会いに来てくれないかな〜……とか、シドウさんのジャージを着させてもらってる私を見て『プロメ……俺の女になったみたいで可愛いな』みたいなこと言ってくれないかな〜……とか、そんなアホなことを考えていました。



『俺の女』という言葉は色々と物議を醸す言い方ですが、シドウさんに言われるならその場で昇天しまうでしょう。




……そんなときです。


私の妄想ではなく、シドウさんが本当に来てくれました!



あまりの喜びに、私は『貴方が大好き』と口を滑らせてしまいました。


そして、やっべえやっちまったいっけねしくじったと焦る私へ、シドウさんは『俺のことなんか、きっと嫌いになるよ』『俺は、プロメに相応しくない』『ごめんな』と返事をしてくれたのです。



私の脳は壊れました。



だって、思わず『貴方が大好き』だと口を滑らせた私への返事がこれですよ!?


そんなセリフ、『俺のことは諦めてくれ』をシドウさんなりの優しさで包んでるだけじゃないですか……!!



その後の事はよく覚えていません。


なんやかんやでお開きになり、シドウさんは居間へと戻られ、私はシドウさんが使っていた子ども部屋のベッドでまた泣きました。



こうなったのも……元を正せばルイスの野郎が私に婚約破棄を宣言したあと放火魔と騒いだからです。

そのせいで私は豚箱にぶち込まれ、シドウさんに惚れて失恋したわけです。



…………こうなったら、ルイスの野郎をなんとしてでも叩き潰すしかありません。

これは戦争です。殺るか殺られるかの真剣勝負です。

何としてでもあの野郎に勝たなくては!!!!


あのクソアホンダラがこの国にいられなくなるまで徹底的に叩きのめしてやる!!!!


やられたら殺す!!! 返り討ちです!!!




ルイスへの殺意を固めた一方、私はシドウさんへの恋心について大いに悩みました。




……私はシドウさんが大好きだ……!


いや、恩人の恋路は応援せなあかんやろ。


嫌や、諦めたくない!


でも、今更どのツラ下げて『シドウさんが大好きになっちゃいましたエヘヘ』と言えばええのや。



初対面であれだけ酷いことをしたのに。

しかも私は仲間の仇の娘なのに。



それに、そもそも、シドウさんはヘンリエッタ様を愛しておられるのに。




私はグスングスンズビズビと鼻を垂らして泣いたあと、スンッ……と落ち着き、とある決意しました。





「シドウさんの恋路を応援しよう………………そして……」




私は、最低過ぎるきったねえ作戦を思い付いたのです。





◇◇◇





「お母様。……ドレスを直して頂き、ありがとうございました」





色々あった翌朝です。


玄関口で私とシドウさんを見送ってくれるルネ様に、心から頭を下げました。


ちなみに、ルネ様によるとゼンジ様はまだどこかで寝ているようです。





「良いんだよ、そんくらい。……でも、大丈夫だったかい? ……ブランド品のドレスにあたしなんざが手ぇ加えちまって」


「いえいえ! とんでもない! どんなブランド品だって、ルネ様に直してもらえるなら大喜びですよ! それに、このドレスは私の母が縫ってくれたものなので……。綺麗に直して頂いて、本当に嬉しいです」





正直、このドレスはもう着られないだろうと諦めていましたから。


だから、昨日ルネ様から『良かったらあたしが直そうか? あたしは一応彫金師で裁縫も得意なんだ』と言われ、見事な金細工や刺繍作品を拝見したとき『え、この人何者? 国宝?』とすら思いました。





「ルネ様。本当にありがとうございました。……ゼンジ様にもよろしくお伝え頂けましたら幸いです」


「んもぅ〜! 良いんだよあんなバカ亭主! …………プロメさん、シドウ、またいつでもおいで」





笑顔のルネ様に、私は「お世話になりました」と伝え、シドウさんは「じゃあな。……体には気ィつけろよ」とだけ言いました。





◇◇◇





ハーキュリーズ家を出た私とシドウさんは、汽車に乗って火災現場のフォティオン学園に向かいました。



汽車での移動中、王都に近付くにつれ人々の身なりは豪華になっていきましたが、それに伴いシドウさんの赤毛をチラチラと見ては嫌そうな顔をするクソ共も増えていきました。


法律が無けりゃ全員ぶっ殺したいですが、残念ながらここは法治国家なので我慢です。メンチを切るだけにしました。





「……悪いな、俺のせいで。……もし辛くなったら、席離れていいから」





向かい合って座るシドウさんは、頬杖をついて窓の外を見ながら言いました。

こんな酷いことを日常の出来事みたいに話すシドウさんを見ていると辛くて、やっぱアイツら殺っちゃって良いっすか? となります。





「わかりました。じゃあ」





私は席を立つと、シドウさんの隣にピッタリと座りました。



シドウさんは「ひゃぇえッ!?」と気の抜けた声を出して顔を真っ赤にしています。





「プロメ? お前なにを」


「シドウさん、お話があるんです」





私は、顔を赤くしながらこちらをじっと見てくるシドウさんに、意を決して言いました。





「私、シドウさんのヘンリエッタ様への恋を応援します」


「…………応援、か」





シドウさんは寂しそうなお顔で諦めたように笑っています。

そりゃ、相手は大貴族のお姫様で国一番の美女なのですから『お前みたいなカスに応援されてもなあ』と思われていることでしょう。





「はい! 応援します! だから、私と一緒に女について色々と勉強しませんか!?」


「…………はぁ!? お、お前ェ!? ……女について……の、勉、強!? そ、そんなんお前、そんなんって」


「だってシドウさん仰ってたじゃありませんか! 『俺は女の扱いがわからねえから、失礼なことをしたら言ってくれ』って」





私がシドウさんの真似をしながら話す一方、シドウさんは赤面しながら焦っておられます。

そんな姿もエエなと思いました。





「シドウさん、相手はヘンリエッタ様なのですよ? この国一番の美女で大貴族のお姫様なのですよ? 当然!! 様々な貴族の美男子に口説かれているはずです! だから! 残念ながら、ヘンリエッタ様は男性に慣れておられるんです!」


「だろうな。そもそも警察騎士ってほぼ男所帯だし」


「でしょう!? だから、当然恋愛対象となる男性の基準は高いわけです! ですから、女の攻略法をキチンと勉強して挑まないと、かなり難しいことになるでしょう」


「それはわかった、けど。……その、女についての勉強ってのは……具体的に何をしてくれるんだ……? ……あ、いや、別に、変な意味で聞いたんじゃなくてこれは学業的な知的な興味で」


「はい! 女についての勉強!! それは……私と恋人みたいなことをたくさんして、女に慣れるための練習をしましょう! ということです!」





◇◇◇





『女について一緒に勉強して、女慣れの練習をしましょう!』とシドウさんを巻き込むこと。



これこそ、私の『最低過ぎるきったねえ作戦』です。



シドウさんのヘンリエッタ様への恋を応援するから、まずは私で女の勉強をしましょう! という立て前で、シドウさんと恋人のようにベッタベタするのです。


それに、女に慣れるための練習……という理由なら、シドウさんも私がベタついてくるのを許してくれるでしょうし。



そして、女に慣れるための練習中、私は全身全霊でシドウさんに尽くして尽くして尽くしまくるのです。もう溺愛です。


そんなふうに尽くされてしまえば、高嶺の花であるヘンリエッタ様を追い求めてお疲れになったとき、私に溺愛されるシドウさんは『もう高嶺の花に疲れたし、そこら辺の草でいっかな』と妥協してくれるのでは!? という狙いがありました。



恩人の恋路の成就を狙うどころか、それを邪魔する作戦を思いつく私は、恋愛物語に出てくる悪役令嬢そのものですね。





◇◇◇

 




「シドウさん、私と一緒に女に慣れましょう! 女を知りましょう! たくさんお勉強をしましょう!」


「!? い、良いのか……? ほんとに?」


「ええ! ……まあ、シドウさん的には愛している女性がいるのに他の奴とベタつくなんて嫌かもしれませんが、もしかしたらヘンリエッタ様も『最近部下が知らんメスガキと仲良くしてて、なんだかモヤモヤする! あれ? もしかしたら私は彼のことを!?』みたいな展開になるかもですし!」


「メ、メスガキってお前ェ……そんな、人のこと『ざぁこ♡ざぁこ♡』って煽ってくるアレみてえなそんな……」


「そうですよ! シドウさんはとてもお強くカッコいいですが、女に対しては『ざぁこ♡ざぁこ♡』でしょう!? だから! 女に対しても強くなりましょう!」


「……ありがとう。色々と助かった」





シドウさんは困惑されながらも「……さっきのもう一回……いや、何でもない」となんかブツブツ言っておられます。





「と、言うわけですシドウさん! さあ! 好きなだけ私に触って女に慣れてください! 撫で撫でして溺愛してください! 私とたくさん練習して女に慣れまくって、愛しのヘンリエッタ様を前にしても『フッ、女なんか飽きちまったぜ。……でも、お前はおもしれー女だな』と余裕をかます女性向け恋愛物語のカッコいいヒーローになりましょう!」


「触っても……良いのか……? だって俺、お前のことたくさん怖がらせて」





シドウさんは私の話の前半部分しか聞いておられないようで、恐る恐るといった雰囲気で聞いてこられました。


……さすがシドウさん、お優しいです。

私が初対面で死ぬほど怯えたのを気にしてくれているのでしょう。





「あの時は……『お前を褒美に寄越せと男が言った』と聞いてましたから……! でも! それも誤解ですし、そもそも私とシドウさんの仲じゃないですか! 私が触ってくれと言っているのです! さあ! 何を迷われる必要がありますか!」


「……ほんとに、良いのか? ……ほんとに?」


「ええ! さあどうぞ! 私を踏み台にして、ヘンリエッタ様への恋を叶えてください!!」





シドウさんは赤い顔に汗を垂らしながら「嫌になったら、言えよ……」と言い、私の頭をそっと撫でてくれました。

触れるか触れないかの接触ですが、私は『素直なシドウさん……。私の罠にかかったな……いやほんとすみません』と思いつつも、シドウさんに頭を撫でられ『こりゃええわ。我ながらエエこと思い付いたわ』と凄まじい役得に内心で狂喜乱舞しました。





「シドウさん、二人きりのときは……もっとたくさん触ってくださいね? 私をお膝の上に乗せて、たくさん練習してください……! そのまま向かい合うのも良いかも知れませんね……」


「ひ、膝に座って……、向き合うって……お前、お前それは」





シドウさんは硬直して「膝に座って向き合うってお前ソレは……お前、それは……いやなんでもない」とぶつぶつ言って顔を背けてしまいましたが、私が膝の上に座って向かい合うことが、何か引っかかるのでしょうか? 



不思議に思いつつ『この最低過ぎるきったねえ作戦、私にとっても最高すぎる……!』と下品なことを思う一方、シドウさんは深呼吸をしたあといつもの冷静な顔で「…………プロメ、お前、花嫁修業でなに学んできたんだ……?」と聞いてきました。





◇◇◇





「あー! 花嫁修業の料理の授業で全てを炭に変えてたプロメさんじゃないですか! シャバに出られて良かったですねえ! 先生とても心配してましたよお!」





フォティオン学園に着いたとき、料理科のジル先生が笑顔で迎えてくれました。





「ジル先生ぇええッ! ありがとうございます!! 先生……私の料理は食べてくれないのに、私の保釈を祝ってくれるんですね……!!」


「祝いますよお! 生徒がシャバに出たんですから! ……そして、ごめんなさい。プロメさんのお料理が食べられないのは、別に貴方が炎の加護人だからじゃなくて、先生さすがに炭は食べられないからなんですねえ〜」


「でも、何でも炭に変わってしまうのは私が炎の加護人だからです……! お気を使わなくて結構ですから……!」


「う〜ん、この会話が絶妙に噛み合わない感じ……! 先生、やっぱりプロメさんとお話するの楽しくて好きですねえ。実家にいるポメラニアンを思い出しますよお」





ジル先生はにっこりと笑ってくれました。中性的なお顔立ちに眼鏡を掛けているお姿は、優しくて柔和で見ているこっちも和みます。





「先生、プロメさんが放火魔としてパクられたって聞いて、すぐにプロメさんの叔父さん夫婦にお電話をしておきましたよ。お二人とも死ぬほど心配されてましたから、後でお電話してあげてくださいねえ」





気の抜けたニコニコ顔をしているのんびり屋さんなジル先生は、その優しく穏やかな笑顔が癒やされると生徒達から大人気でした。ガチで恋した生徒も男女問わずいましたし。



それに、叔父さんと叔母さんにもご迷惑をおかけしてしまったようですね。

シドウさんのご実家があるヴェスヴィオの町には電話線が無いので連絡出来ず、連絡するのが遅くなってしまいました。

きっと心配をかけただろうなと思います。


ただでさえお仕事が激務なのに、私のことで手間を取らせてしまい申し訳ないですね。





「おやおやあ? ところでプロメさんの後ろにいて僕をぶっ殺さんばかりに睨んでくる超怖い警察騎士のお兄さんはどの裏社会の龍ですかあ? 龍の如き迫力のあるカッコいいお兄さんですねえ」


「ああ、この迫力のあるカッコいい方は裏社会の龍でもそのスジのモンでもジル先生を睨んでるわけでもなく、ただ顔が怖いだけの警察騎士のシドウさんです! 私の事件を捜査してくれて……そして……」





私は宣言しました。……正確には、ジル先生に発表することで外堀を埋めました。


そして、女に慣れるためですよ、とシドウさんにお伝えしてから、シドウさんにぎゅっと抱きつきます。





「私の愛しい旦那様です……! ……まあ、あくまで…………書類上で、三日間だけっすけど」




最後の一言は目をそらしながら言いました。



一方、私に抱きつかれたシドウさんはビクッと体を強張らせて「! ま、まあ練習だもんな……。何事も練習だもんな……うん」と顔を真っ赤にして戸惑っています。

ビクッとさせてしまったことは申し訳ないですが、振り払われはしないので、シドウさんの優しさに甘えたいと思いました。


……というか、シドウさんはどうやら吃驚すると顔が赤くなる体質みたいですね。……なんだかすけべだなと思いました。





「おやおやおや〜! それは良かったですねえ〜! 先生もプロメさんが心の底から愛せる人を見つけたみたいで嬉しいですよお。ご祝儀といっちゃあなんですが、火災現場を捜査できるように上と話をつけるのを手伝うので、お手数ですがお二人も一緒に来ていただけますかあ?」


「ジル先生!! ありがとうございます……! ジル先生は……私のクソみたいな学園生活の中で数少ない癒やしでした! ジル先生は憧れで大好きな先生でしたよ……!」


「嬉しいですねえ〜! 先生もプロメさんのぶっ飛んでるところが面白くて好きですよお。でもねプロメさん、いくら卒業生としてはしゃいでるからとは言え、旦那様の前で他の男に憧れとか大好きとか言うのは良くないですねえ〜。そして、シドウさ〜ん、僕をぶち殺さんばかりに睨まないでくださあい。先生怖くておしっこチビっちゃいそうですよお」


「あ……確かに……! 卒業生としてテンションが上がってしまい……つい。シドウさん、申し訳ありません! 書類上とは言え、失礼な真似をしました……」


「……そうだな……俺達は……書類上だもんな」





シドウさんは顔を背けて呟きます。

そして、「書類上、だし」と嫌そうな声で言い続けました。

そりゃ、シドウさんはヘンリエッタ様を愛しておられるのですから、書類上というのは譲れませんよね。



私が『また無神経なことをしてしまった』としょげていると、ジル先生は顎に手を当ててははーんと言いました。





「あ〜なるほど。先生プロメさん達の状況がだいたいわかりましたあ〜! はやくもっと仲良くなれると良いですねえ〜! 生徒夫婦が仲良くなるためなら、先生は当て馬にもなりますよお〜」


「ジル先生……! なんかよくわからないけどご配慮をありがとうございます……! やっぱり、先生は変わらずお優しいのですね!」


「プロメさ〜ん、もう一つ教えて差し上げますね。旦那様の前で他の男を褒めるのは絶対駄目ですよ〜! お蔭様で今の僕はシドウさんに激睨みされて腰が抜けそうなんですからあ」


「いや、シドウさんは睨んでいるわけじゃなく、お顔にすごい迫力があるだけですよ〜!」


「プロメさんごめんなさ〜い。先生やっぱ当て馬はやりたくないです〜。怖くて身が持ちませ〜ん」




そんな会話を終えたあと、ジル先生に連れられ私とシドウさんは学園長の元へ行き、無事に火災現場の捜査の許可をもらいました。


正直、私とシドウさんだけではどうなるかと思っていましたが、ジル先生のお蔭でなんとかなったと思います。



「やっぱジル先生は頼りになりますねえ!」



と私が言うと、ジル先生は



「プロメさんお願いです〜。先生さっきも言いました〜! シドウさんの前で僕を褒めないでください〜。僕はまだ死にたくないのです〜。シドウさんが怖くてマジで失禁しかねないので、これからはシドウさんのことだけをずっと褒めてくださいねえ。三十五歳の男に失禁させないでくださいねえ」


とゆる〜い笑顔を浮かべたまま冷や汗をかいておりました。





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