17・とある警察騎士の心情意見陳述(シドウ視点)
最初は気絶するように眠れたはずの寝付けの薬を飲んでも、今ではもう眠れなくなった。
特定の薬は、長い事接種すると体が慣れてしまうのだという。
医師によると、これ以上の強い薬は体に害が出てしまうからどうにもならないのだそうだ。
「……」
母がプロメのドレスを修復して寝室に行ったあと、暗闇で寝れなくなった俺は居間をやや明るくしたまま眠ろうとした。
でも、どうにも眠れなかった。
敷いた布団はきちんと洗濯されていて、寝心地はいいはずなのだが。
「……はあ」
眠れない夜ほど苦しいものはない。
体は睡眠を求めているのに、肝心の頭と心が眠るのを拒否している。
眠りたい。だが眠りたくない。
何故なら、眠るとコーカサス炭鉱爆破事故の悪夢を見るからだ。
目の前で、仲間たちが炎に
「ぅ……」
吐き気がして口を手で抑えた。
しばらく呼吸を整えたあと、二階のベランダにでも出て、夜の景色を見ながら外の空気でも吸うかと考えた。
ただの気晴らしである。
◇◇◇
一階で眠っている母や、ガキの頃使っていた二階の部屋で寝ているだろうプロメを起こさないよう、静かに静かに階段を上がる。
……親父は……まあ、どっかそこら辺で寝てるか。
廊下を静かに歩き、二階ベランダに続く部屋のドアを静かに開いた。
……すると。
「! ……シドウさん……!」
「……プロメ」
寝間着として貸した俺のジャージを着たプロメが、ベランダに通じるガラス戸の前で、膝を抱えて座っていたのだ。
俺のジャージは小柄なプロメにはでか過ぎたのだろう、かなりぶかぶかになっているところが……。
「俺の運動着、でかかったみたいだな」俺の女になったみたいで可愛いな。
口から出た当たり障りのない言葉の影に、心の中で呟いた本音を隠した。
……俺の女……なんて、人を物みたいに扱う失礼な言い方だと思うが、内心で呟く分には許して欲しい。
というか、今のプロメの髪型はいつもの子犬の耳みたいな可愛いのを解いている状態だった。
……これって、やっぱり風呂上がりの寝る前にしか見られない姿なんじゃ……と思うと、変に興奮してしまって挙動不審になってしまいそうだ。
公安部隊にいた頃に覚えた気を落ち着かせる呼吸をして、平常心を取り戻す。
しかし、プロメは俺がやっと取り戻した平常心をぶち壊すようなことを言うのだった。
「そうですねえ。シドウさんの大きいから……私困っちゃいました」
「すまん、その言い方はアレだから遠慮してもらえると助かる。ちなみに悪いのは全部俺だからプロメは気にしなくていい」
「え!? すみません……。あの、私なんかしちゃいましたか」
「いや、マジで俺の都合だ」
プロメは心臓に悪く脳が焼けるようなことを無邪気に口にする。
シドウさんの大きいから私困っちゃいました、なんて、そんなこと言われたら頭の中では俺はプロメを抱
「……ベランダ、出たいのか?」
呼吸を整えて無理矢理平静を装った。
この悪人面のお蔭で、母と父以外には本心がバレにくいのだ。
俺が警察騎士公安部隊に配属された数ある理由の一つに、本心が分かりづらい悪人面をしているから、というのがある。
「外は少し寒いから、戻りたくなったら言えよ」
「……はい。ありがとうございます」
ガラス戸を開き、ベランダへと出る。
部屋に放ったらかされていた座布団をはたき埃を落としてベランダの床に置くと、遠慮するプロメを無理矢理座らせた。
俺はその隣に腰を下ろし、拳二個分ほど距離を取った。
そもそも、俺はプロメと初対面のときに、死ぬほど怖がらせて泣かせてしまったのだ。
あんな思いは、もう二度とさせたくない。
「外、……そんな寒くもねえな」
「ええ。……この国って基本暖かいですもんね」
ヴェスヴィオの町の夜は、意外と静かである。
ガス燈の明かりと深夜営業の屋台の明かりが綺麗で、遠くには海まで見えるからだ。
ガキの頃から見慣れた景色だが、久しぶりに見るとその綺麗さに驚いた。
こんなに綺麗だったっけ、この町の夜。
「優しくて綺麗な景色ですね。……この町は、良いところです、ほんと」
「住んでる連中は口うるさくて貧乏くさい奴ばっかだけどな。やかましい赤毛だらけの」
このヴェスヴィオというフォティオン王国の下町には、赤毛と赤い目を持つ加護無しが多く住んでいる。
何故そうなったかはわからないが、そういう地域なのだ。
勿論、この町には炎の加護人の他に風や大地や水の加護人も住んでいる。
今日の宴会で勝手に集まってきた近所の家族や昔馴染の連中にも、炎や風や大地や水の加護人も結構いた。
みんな、口うるさくて貧乏くさい連中ばかりだ。
プロメの目に、この町は……俺達はどう見えたのだろう。
こいつは自分のことを無神経だと言うが、俺にはそう見えない。
常に相手のことを考え過ぎる、面白くて優しい奴だと思う。
「確かに、みなさん赤系統の髪や目をしていましたね。……王都や私が住んでる中央フォティオン区じゃ、加護無しの人々は帽子を被って赤毛と赤い目を隠してますから、ここはそうじゃないんだなって、ホッとしました」
「……そっか」
「ええ。だから、シドウさんがこの町で楽しく過ごされてたんだなって知れて、私は嬉しかったです」
プロメは安心したように笑った。
笑った顔は、普通の表情よりも何倍も可愛い。
それに、俺がこの町で楽しく過ごしていたと知って、プロメは喜んでくれるのだ。
プロメは俺を優しいと言うが、プロメの方が優しいと思う。
俺は、優しくなんかない。
優しいどころか、俺はプロメに『絶対言えない秘密』があるのだから。
それを言ったらきっと、お前は俺のことなんざ嫌いになるだろうな。
……それどころか、殺したいとすら思うだろう。
「ねえ、シドウさん」
「ん?」
名前を呼ばれ、弾む気持ちを押し殺してぶっきらぼうに答えた。
「本当に、ありがとうございます。……私なんぞのために、加護人の騎士にまでなってくれて。……色々ありすぎたから、お礼を言うのが遅くなってしまいました」
「良いってことよ。気にすんな。……俺もさ、ほれ、今流行りの……なんだ、チート……だっけ? アレみたいな気分を味わえて楽しかったし。……でも、お前こそ平気なのか? 半透明で宙に浮いて、体力尽きたらぶっ倒れて爆睡して……って、辛いだろ」
加護人の騎士を得た加護人は、通常なら加護人の騎士――つまり加護無しの近くにいて、精霊の力を共有するだけである。
だが、プロメは半透明で宙に浮いたのだ。
完全に意味不明である。
……そのことについて、頼りになる先輩に話を聞きたいが、先輩は今遠くに広がる海の向こうの国――聖ペルセフォネ王国に交換外交官として滞在しているのだ。
聖ペルセフォネ王国といえば、雑誌に載っていたエンジュリオス王子を追放した国である。
……嫌なもんを思い出してしまい、気持ちを切り替えた。
「……シドウさんは、本当に優しいですね。……貴方は出会ってからずっと、私のことを守ってくれました。……貴方の仲間を死なせた犯人の……娘を」
プロメは辛そうに目を閉じ暫く呼吸をおいたあと、ゆっくりと目を開いて言葉を続けた。
「機会を逃してて……ずっと言えなかったけど。……助けてくださって、本当にありがとうございます。……そして、申し訳……ございません……でしたっ……」
プロメは俺に土下座をするようにして床に伏せて、肩を震わせ静かに泣き出した。
すぐに二の腕を掴んで抱き起こし「お前には罪は無い!」と言い聞かせるが、プロメはただ泣くばかり。
泣かないで欲しい。頼む。泣いてる顔も可愛いけれど、やっぱり笑った顔が一番可愛いのだから。
頼む。頼むよプロメ。
「プロメ、コーカサス炭鉱爆破事故も、婚約破棄も、火事も、黒服に襲撃されたことも、何一つお前のせいじゃないんだ! お前に罪は無い。……無いんだよ」
抱き締めたい。
抱き締めて頭を撫でてやりたい。
だけど、それをしていいのはプロメの本物の夫になる奴だけだ。
たまたま道を共にした俺には、……しかも、プロメに最悪の『隠しごと』をしている俺には、越えてはならない一線である。
「プロメ……お前は、何も悪くない。……だから……俺に助けられるのを、当然だと思っていいんだよ」だから俺のこと好きになってくれよ。
俯くプロメの二の腕から手を離した。細く見えて意外と柔らかい腕だと思う。
この感触は、一生忘れられない。
腕を離されたプロメは、ズボンをぎゅっと握りながら、震える声で話し始めた。
「当然なんて……思えませんよ……! だって! 貴方は文字通り私に命をかけてしまったんです……! 私に出来ることは、貴方の命の対価に金を払うしかないんですよ……! お願いですシドウさん。私に何か要求してください……っ!」
何か欲求してください? じゃあ、プロメが良い。
お前のこと俺にくれよ。
なんて……そんな下劣な本音、死んでも言えない。
「俺は警察騎士だ。……困ってる奴助けんのが仕事なんだよ。だから、お前らの税金で飯食ってんだ。……金ならもう税金で貰ってるから、気にすんなよ」
「んなこと言われても……! それなら…………あ! 持参金ですよ持参金! これならどうです!?」
プロメはにこにこ笑いながら俺にぐいっと近寄って来た。
無意識に抱き締めようと伸ばした手を、慌てて引っ込めた。
「持参金なら、ご迷惑にならないのでは? お金以外でも、美術品とか鉱山とか、欲しいものがありましたら何でも言ってください!」
「じゃあお前がいい」じゃあ鉱山でももらおうか。
あ。……しまった……。本音が出てしまった。
プロメは真っ赤な顔で目を見開き固まっている。
終わった。これはもう終わった。
どうしよう。また気持ち悪いと思われた。
ヤバい。心臓が破裂する。どうしよう。やっちまった。どうしよう、顔が熱い。
しかも『じゃあお前がいい』ってプロメを物扱いするみてえなことを言ってしまった。
やっちまった。失敗した。どうしたら。
「冗談だよ。……お前、ノリで『何でもしますぅ』みたいなこと言うなよ。借金の連帯保証人とかにされたらどうすんだよ」
すぐに冗談だと嘘をついた。
深呼吸をしたらすぐに平静に戻れるのは、公安部隊の先輩から習った技である。
先輩は『シドウは悪人面だから本心がバレにくい。……だけど、顔はすぐに赤くなるからそこら辺の呼吸法は覚えておけ』と教えてくれたのだ。
先輩方……すみません。
俺は、貴方達を死なせたグスタフ氏の娘に、惚れてしまいました。
だけど、安心してください。
どうせ俺はプロメに嫌われます。
俺はプロメに言ってないことがあるんです。
プロメに最低最悪の『隠しごと』をしているんです。
だからいつか嫌われます。殺されるかもしれません。
この不相応な恋は、きちんと断罪されますから。
……だから、今だけは、許してください。
「というかお前、いい加減公務員に金や物渡すことから離れろよ。……贈賄罪で逮捕されてェのか?」
冗談っぽく笑いながら言うと、ノリが良いプロメは
「シドウさんになら逮捕されたいですよ」
と笑ってくれた。
笑ってくれて、とても嬉しい。
「……シドウさん」
「ん? どうした?」
プロメはいつもの元気な顔で、強く拳を握りながら俺の顔を見てくる。
「……ルイスとの戦いに、絶対に勝ちましょう。……私は、貴方の優しさを無駄にはしません」
「……プロメ、俺は……優しくなんかねえよ。……ただの、左遷されて暇な警察騎士なだけだ。……もしかしたら、お前に下心抱いて恩を売ってからエロいことさせようとか思ってるかもしれねえぞ?」
「……あのねえシドウさん! 初対面で貴方のことボロクソに言った私がどの口がって感じですけど……! 私はシドウさんのこと大好きなんで、貴方がご自分を雑に扱うのは悲しいからやめて頂けると嬉しいです! まあ、全部私の都合なんですけど!」
「……大好きって、お前……」
プロメに、大好きって……言われた。
まあ、その場のノリみたいな言葉だってわかってる。
でも、それでも、嬉しいものは嬉しい。
俺も好きだよ。大好きだよ。
一目惚れだったんだよ。しかも一年前からだぞ。笑うだろ? でも、好きなんだよ。
……なんて、そう言えたらどんなに良かったか。
「!! あ、いやこれはね、人としてね! 私、人としてシドウさんのこと大好きなんですよ! だって優しいじゃないっすか! シドウさんは私のヒーローなんです! 今流行りの推しってやつなんです! そう言う意味のね!! アレですよアハハハ」
シドウさんは私のヒーローなんです。
この言葉に、脳が焼かれた。
それと同時に、罪悪感で死にそうだった。
プロメ、違うよ。違うんだ。
俺は、優しくもヒーローでもなんでもない。
……俺は、ただの卑怯者なんだ。
なあ、プロメ。俺はお前に最低最悪の『秘密』があるんだよ。
これを知ったら、お前はきっと俺のことを嫌いになるよ。
殺したいと思うだろうよ。
グスタフ氏の娘のお前は、俺のことを許さないだろう。
◇◇◇
グスタフ氏の有罪判決にとどめを刺したのは、『彼の指紋がついた煙草の吸殻』でも『取り調べによる自白』でもなく、とある警察騎士の怒りと憎しみに満ちた、涙ながらの心情意見陳述だった。
『加護無しの俺が発見した証拠がお気に召さなかったんですか!? この吸い殻にはグスタフ氏の指紋が付いていると、鑑識部隊隊長のユーエン氏が……貴方達と同じ加護人が正当性を示したじゃないですか!! それに、死んだのも貴方達と同じ加護人ですよ!?』
裁判官は『証拠が不十分過ぎる。有罪の立証は不可能に近い』と言った。
大勢の貴族の支援者を持ち、自身も貴族出身の裁判官は、加護無しが発見した証拠で判決を下すのを躊躇っていのだ。
グスタフ氏の指紋が付いた吸い殻を、加護無しの警察騎士が見つけたのがそんなに気に食わないのか。
入廷すら許可されず、無理矢理乱入したせいで係員に引きずり出されそうなとき、恥も外聞も捨てて泣きながら裁判官に『証言させてくれ』と訴えた。
幸運なことに、加護無しには当たりが強いものの根は人情派だった裁判官は、被害者の心情意見陳述として許可をしてくれたのだ。
『俺は、コーカサス炭鉱爆破事故のあと、炎が怖くて仕方ないんです。怖くて恐ろしくて、悲鳴をあげてしまうんです』
今でも炎は怖い。見たくもない。料理の火ですら一人で見るのは怖い。
精神安定のための煙草に火を付けるだけでも、冷や汗が出てくる。
……でも、不思議と、炎の加護人であるプロメから共有された炎は平気だった。
『そして、暗闇で眠れなくなりました。眠っても悪夢を見て飛び起きてしまうようになりました。……今はもう、薬が無いと眠れません。だから、薬と飲み合わせが悪いので、死ぬまで酒は飲めません。……あの事故のせいで、俺はもう元の自分には戻れないんです』
やっとの思いで眠れても、悪夢で飛び起きて過呼吸が出る。酷い時には吐いてしまう。
酒の味は、もう忘れた。
だけど、さっき飲んだぶどうジュースの味なら覚えてる。
プロメの隣で飲んだからか、なんだかとても美味しかった気がした。
『先輩達はみな、正義感に満ちた優しい人達でした。俺を……加護無しの俺を……弟みたいに可愛がってくれて……。助けてくれて……守ってくれて……っ。今度の休みには…………みんなで……朝まで飲もうか……なんて、言って……ッ』
先輩達、ごめんなさい。
よりにもよって、プロメに恋をしてしまいました。
裏切り者だと、断罪するなら喜んで受け入れます。
『この裁判は、公安部隊が絡んだものですから……。一般市民に知られることはありません。…………市民の命を守るために戦っていた先輩達の死は……世間に知られる事は無いんです。…………でも、もし。……この国に正義があるのなら、………少しでも!!! この国を守るために戦った先輩達を想う気持ちがあるのなら!! ……十二人の命を奪った事実を……考えた判決をしてください』
公安部隊が絡んだ事件ゆえに極秘裏に行われた裁判にて、とある警察騎士が証言した心情意見陳述は、裁判官の心を揺さぶった。
法律は民意などで揺らいではならない。
……しかし、その法律も元は人――民の意思によって定められたものである。
だからこそ。
『この国の正義を、俺に見せてください。…………俺に、この国に生まれたことを後悔させないでください……っ!』
とある警察騎士の感情を剥き出しにした涙ながらの心情意見陳述が、人の心などで判決を決めてはならないという法の絶対的原則を破壊したのだ。
加護無しには当たりが強いものの、根は人情派だった裁判官は、なんとこの心情意見陳述で『加護無しを差別した自分が間違っていた』と改心してしまったのである。
その結果、グスタフ氏の指紋が付いた煙草の吸い殻は決定的な証拠となり、彼は有罪になったのだ。
その立て役者でもある、加護無しへの差別心を改心させるほどの心情意見陳述を述べた――――その、とある警察騎士の名は。
「俺のことなんか、きっと嫌いになるよ」
なんで、その四年後に、自分が有罪に導いたグスタフ氏の娘であるお前に、一目惚れしてしまったんだろう。




