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12・加護人の騎士

「シドウさん……ッ! 大丈夫ですか!? ……すみません……さっきは酷いこと言って……」


「……大丈夫、気にすんな。わかってるよ。……それなら、さっき俺も連れ込み宿で相手させようとしたが……とか抜かしたろ? ……それであいこだ」


「……ぅう……シドウさん……。そんなの気にしないでください……! 私の方こそ、最低なことばかりを言ってしまい、もうこの舌を切りたいくらいです! シドウさん……私を貴方の舎弟にしてください兄貴! 兄貴の為なら私は身代わりのムショでも喜んで入ります!」


「お前なあ……こんな時にんな冗談言うなよ……っあだだだだ、笑ったら背中が」





血まみれでボロボロのシドウさんは、笑うと同時に苦しげに呻きます。


こんなとき、もし私がヒーラーだったら、ばしっと怪我を治してシドウさんを助けられますが、私はただの炎の加護人で、炎の魔法を使う事すらできません。


つまり、ただのガチ一般人です。





「シドウさん……すみません……。私、何もできなくて」


「いいんだよ。そもそもお前は狙われた立場なんだ……。俺こそ、上手いこと切り抜けられずにこんな目に遭わせて、悪かった。……そのドレスもボロボロにしちまったしな」


「え……あ、ああ。……そうですね……」





このドレスはこの世に一つしかありません。

ブランドの特注品……ではなく、お母ちゃんが生きてた頃、私が大きくなったときのために……と作ってくれた作品なのです。

私が大好きな絵本に出てくる王子様の衣装をモチーフにして作ったドレスで、丈が短く袖が無いところが新しくて気に入っていました。


そして、なぜお姫様ではなく王子様なのかといいますと、王子様の衣装が格好良くて可愛かったらです。



……ですが、ドレスはもうボロッボロになりました。

修復は不可能でしょう。



ですが、ドレスに構っている場合ではありません。



私には、シドウさんに謝ることがたくさんあるのですから。





「シドウさん……。コーカサス炭鉱爆破事故は……父のせいで……っ! 公安部隊の皆様を」


「……すまんプロメ。……それに関しては、話題を変えてくれると助かる」





シドウさんは私の目をじっと見て「怒ってるとか、そういうことじゃないんだ」と眉を下げて優しく笑ってくれます。





「公安部隊に関することは、一切口外出来ないから」


「……そうですか……」





確かに、警察騎士公安部隊は秘密が多いと聞いています。

公安部隊の隊員は自分の所属を親にすら打ち明けられない……と風の噂で知ったときは、何それ怖と思いました。



ですから、シドウさんのお言葉に甘えて、この事実には触れないようにします。そのお蔭で、私も父のことから目を背けられますから。



……今思うと、シドウさんがムショにぶち込まれた私に会いに来たとき、爆発を引き起こして仲間を大勢死なせた犯人の娘をぶん殴りたいとは思わなかったのでしょうか。



しかも、そんな女に勝手に怯えられただけじゃなく、罵詈雑言を浴びせられ刃物を向けられてしまうなんて、人によっては本気でブチギレてしまうと思います。



それなのに、シドウさんは私を落ち着けようと気遣ってくれました。


刃物を手放せない私に『俺といるときは持ってて良いよ』とすら言ってくれたのです。



私は、シドウさんにどう報いたら良いのでしょうか。



ヘンリエッタ様という愛しい人がいるのに、私の冤罪を晴らすため失礼過ぎる結婚を承諾してくれて、今度はボロボロになるまで私を守ってくれたシドウさんに、私は何回土下座をしたらいいのでしょうか。



申し訳なさ過ぎて、言葉も無い。



もう贈賄罪で逮捕されも構わないから、警察騎士の偉い人たちに大金を払ってシドウさんを警察騎士長官に推薦したいです。



……というか、こんな素晴らしい人が、なんで左遷されて資料室に送られたのでしょう。



質問したいですが、左遷された理由を聞くなんて失礼なこと出来ません。



しかも、シドウさんは元公安部隊にいたのです。

だから、左遷理由も一般市民の私には決して言えないでしょう。



肩を落として項垂れていると、シドウさんは「話を変えて悪いが」と一言置いて、何かを提案してきました。





「プロメ……一つ、提案がある。今から俺がおと」


「シドウさん。………………まさか、自分が囮になるから私だけ逃げろとか言いませんよね? 絶対に嫌です」


「……やっぱ駄目か……。んじゃ……もう二つ目だ」





シドウさんは躊躇いがちに目を伏せますが、意を決したように私の目を見て言葉を続けます。


シドウさんの真っ赤な目と真っ赤なまつげがとても綺麗でした。





「お前、『加護人の騎士』って知ってるか?」


「加護人の……騎士。シドウさん、貴方まさか」





加護人の騎士。


それは、この国から人に非ずの棄民と理不尽な烙印を押されし加護無しが、精霊の加護を持つ人々の護り手――つまり騎士となる仕組みです。


そして、加護人の騎士となった加護無しは、加護人を媒介に精霊の力を共有することができるのです。


流行りの言葉だとデザリングとでも言いますでしょうか。





「でも、加護人の騎士になんかなったらシドウさん……。…………私が死んだら、貴方も最悪死ぬんですよ!?」





加護人の騎士には、恐ろしい代償がある。



それは、加護人が死ねば、道連れに加護人の騎士も死ぬと言うことだ。



精霊の加護を加護人を媒介に共有するというのは、加護人という媒介が死ねば、精霊の加護の供給も無くなるということ。

そうなると、加護無しの体もおかしくなってしまうからだ。



こんなおぞましい仕組みを持つ加護人の騎士が、この国には存在する。

金に困った加護無しが、加護人に命を売ってしまうからだ。


この国では、加護無しの命すら、金で買えてしまう。



そんなの、あまりにも酷い話じゃないか。





「私と結婚したシドウさんは法律上、私の財産という酷い立場になってます。……その上、加護人の騎士なんかになったら……その命すらも汚すことになるんです。……私は二度も、貴方を踏みにじってしまうんです。……そんなのは」


「……お前さっきから考え過ぎなんだよ。……誰が汚されるって? 二度も踏みにじられたって? ……俺は、自分の意志で、喜んでプロメと結婚したんだ。……お前はどう思ってんのか知らねェけど、俺にとっちゃ悪くねえことだったよ」


「……なんで、なんでそこまで優しくしてくれるんですか……。私は貴方になにかしたんですか?」





シドウさんは金も物も受け取ってくれない。

そりゃ警察騎士的に罪になるから、というのはわかりますが、慰謝料すらいらないと言われると、そこまでのことを私はなにかしたのかとすら思います。





「いや……困らせるつもりはなかったんだ……。でも、今の俺に、プロメを守りながら風の魔法を使ってくる連中の相手をするのは無理だ。……でも、お前から炎の精霊の加護を共有できれば、生きてここを切り抜けられる。…………だから、どうする?」





生きてここを切り抜けられる。


それはつまり、このままだと死ぬと言うこと。



生きるか死ぬかなら、生きる方を選びたい。


シドウさんが生き残れる方を選びたい。


例えそれが、シドウさんを加護人の騎士にしてしまうという、彼の尊厳を踏みにじるような卑劣な行為であっても、だ。





「わかりました。……まあ、こんな場所で長話もあれですからね。さあ! シドウさん! ……私の……加護人の騎士になってください。……炎の精霊の加護を受けた貴方なら、あのようなワケわからん連中に負けるはずなどありません!」





私は手袋を外した左手をシドウさんに差し出し、目を閉じて念じました。

すると、左手の甲には、炎の加護人の印が浮かびます。


シドウさんは私の炎の加護人の印を見て



「……これ、本当に炎の加護人の印なのか……?」



と首を傾げておられます。

確かに、私の印は他の炎の加護人の印と模様が異なっておりました。



ですが、まあ、今のフォティオン王国は多様性の時代ですし、人それぞれじゃないですかね? それをシドウさんにお伝えすると、「確かに……」と首を傾げながら納得してくれました。





「シドウさん、私……長生きしますから。……絶対、絶対! シドウさんより長生きしますね」





私が死ねばシドウさんも死ぬ。


こんな理不尽な運命にシドウさんを巻き込むのだ。


それなら、私は長生きしよう。


シドウさんが幸せな人生を送って、その美しい赤い瞳を閉じるまで、私は絶対に死んではならない。



シドウさんは腹をくくった私の顔を見て、切なそうに笑います。

そして、私の左手をすくい上げるようにそっと握り、私に向き直りました。


こんなんまるで、恋愛小説のヒロインに白馬の王子様が跪くようなもんです。





「ああ。頼むよ。…………できれば、『最期』まで……傍にいて欲しい」


「はい! 『最後』までお願いします!!」





ルイスにかけられた冤罪を晴らしてざまぁする『最後』まで、私は決して戦うのを諦めない。


シドウさんの優しさに応えるためにも。





「プロメ……俺の言う『最期』って意味、わかってんのか?」


「え、ええ。はい。冤罪を晴らしてルイス達をぶっ殺……いや、半殺しにシバくまでって意味の『最後』ですよね?」


「……。あ、ああ。そう。……そうだよ。……その、『最後』だ」





シドウさんはそう言ったあと、悲しそうに笑いました。……きっと、私がルイスに受けた仕打ちに同情してくれたのでしょう。



一呼吸おいたあと、シドウさんは私の左手の甲にある、炎の精霊の印に口付けました。

柔らかく微かに濡れた感触がして、私は口から心臓が出るかと思いました。


だって! だってですよ!? 


シドウさんが!


私の手の甲に! く、唇を、その! あああ!



加護人の騎士となる加護無しは忠誠の証として、加護人の左手の甲に浮かぶ精霊の印に口付けなければなりません。

つまり、精霊の加護をその口から体内に接種する、という動作です。



こんな古の恋愛小説みたいな小っ恥ずかしい動作で加護人の騎士認定となる……とこの世界にルールを作ったヤツの面を見てみたいですが、今だけはそんなヤツを褒めてやりたいと思いました。





「は、はひ……? !! ぅ……胸が……ぐるじ……」





しかし、シドウさんに手の甲に口付けられるという緊張と興奮から来る心臓の鼓動が、今度は破裂しそうなほど強く熱くなりました。



手の甲が、焼けるように熱い。熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。熱した鉄を押し付けられているかのように熱い。



そして、手の甲の印は赤い光を放ちシドウさんの心臓を食らうようにその体に入り込みます。



瞬間、シドウさんも私の手から唇を離し、心臓を抑えて苦しみ出しました。そして、そのまま床に倒れ込んでしまいます。





「! ……シドウさんっ!!」





私も心臓の痛みに耐えつつ胸を抑えながら四つん這いで進み、シドウさんの様子を見ます。



シドウさんの心臓を食い尽くさんと体に入ってゆく赤い光は炎のようで、そんな炎はシドウさんの怪我をじわじわと治してゆきます。



しかし、シドウさんは怪我が治るたびに苦しそうに呻いており、『これほんまに大丈夫なヤツなんか!? あれ? なんか手順ミスったんか!?』と不安になりました。



そんな時です。



私は強烈な眠気に襲われ、ふっと意識を無くしてしまいました。





◇◇◇





「プロメ!! おい!! プロメどこだ!?」





はぇ……! あ! 私はどうやら一瞬眠っていたようです。きっとあまりの心臓の痛みで気絶したのでしょう。


シドウさんの私を探す慌てた声で目が覚めました。





「はいはい、プロメはここにおりますよ」


「え!? いや、ここにってどこだよ!!」


「いやだからここですって! ここ!!」





シドウさんの頭のつむじが見えました。いや〜ここまで綺麗な赤毛は見たことないな〜と見惚れてしまいます。


というか、あれ? 

シドウさんのつむじが見える……? 私より遥かに背の高いシドウさんの……頭が見える!?


というか、あれ?


さっきから、視線……高くね?





「お、お前……プロメ……!!! お前ェ……」





シドウさんが幽霊でも見ているような顔をして、完全にビビリちらした様子で私に指をさします。


あれれぇシドウさん? もしかして幽霊とか怖い系ですか?


大丈夫ですよ! 私は金と己の拳しか信じない女なので、幽霊とか、そんな半透明で宙に浮いてるような連中はへっちゃらです!





「お前プロメ……、半透明で……宙に浮いて……ッ!」


「は? 半透明で宙に浮くって、そんな女児向けの漫画とか絵本に出てくる精霊じゃないんですからアハハ」





私は炭鉱町のおカミさん達がするみたいに、手を下にぺしっとさげて「もぅ〜」と笑いま…………!?





「あれぇ!?」





目の前にある私の手は、半透明でした。


いや、半透明なのは手だけでありません!


着ている服も脚も靴も髪も、ここまで来たらもう全身が……!





「私半透明で宙に浮いてますよ!!!!???」





半透明で宙に浮き、シドウさんの肩付近をふわふわと飛ぶ私と、そんな私を見てビビリ倒しているシドウさんは顔を見合わせます。


そして、「せーの」と一緒に呼吸を合わせると。






「なんじゃこりゃァァあああああ!?」





と大声で叫びました。






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