05.王女の頼み
「――護衛?」
「うむ。リトナお嬢様の護衛を頼みたいのだ」
後ろに手を組み、リトナ王女の隣に姿勢よく直立しているクレアは何やら真剣な面持ちそう言った。
この国の王族は皆、16歳になると試練というものを受けなければならないらしい。
本来は、その試練は一人で受けるものらしいのだが、今回はそうもいかないそうだ。
「てかそもそも、その試練とやらは一人で乗り越えなきゃいけないんじゃないの?」
「本来はそうなのだが、ただ今回は少し事情があって」
「なら、騎士団であるあんたがその護衛をしたらいいのでは?」
「我々はその試練に同行できない決まりなのだ」
――なんだそれ......。てか試練ってなんだよ。なんでそんなもの受けなきゃならないのか。
「じゃあ、その試練ってのをやめちまえばいいんじゃない?」
「それはできない」
正直、意味が分からない。
試練を受けなきゃいけないのは分かった。騎士団が同行できないのもまあ分かった。
でもなんでルシウムが護衛をしなければならないのか。てかなぜ護衛をつけなければならないのか。
「その事情って?」
「それは――」
事情とやらが何であれ、別に頼まれれば頼みは引き受ける。
だが、こんな得体の知れない旅人に頼まなければならないその事情とやらが何なのか気になる。
「ぼ......わたくしの命が狙われているからな......です」
――ぼ?
命が狙われている。
確かに王族ともあれば、その可能性はあるかもしれない。
どこぞの野盗や王族に恨みや反発する勢力がいてもなんら不思議ではない。
だが、この平和なご時世、そんなことがあり得るのだろうか。それこそ騎士団の出番なのではないだろうか。
「とにかく、引き受けてはもらえないだろうか」
クレアはリトナの言葉を覆い隠すように少し強引に言った。
「まあ、引き受けるのはいい。この牢から出してくれるんなら」
「それじゃあ――」
「でも、なんで俺なの?ほかに頼める奴いないの?」
まあ、どんな事情があるにせよ。この国で自由に動けるようになるのならば、引き受けない理由は無い。
だが、なぜルシウムなのか。
「貴方が魔界の者だから」
クレアはそう言うと少し表情を歪ませた。
彼女はどうしてルシウムが魔界から来たことを知っているのか。
「どうしてそれを?」
「貴方が持っていたあの武器だ。禍々しいあの剣」
禍々しいあの剣というのは、ここの牢にぶち込まれる要因となってしまったあの魔剣のことだろう。
なるほど。だが、クレアの言っていることは正確には少し違う。
「ああ、あれか」
「あれは、魔族の者にしか扱えない武器のはず。我々天族の者は安易に触れる事すらできない」
――なるほど、そういう事か。
「あんたらは、魔族を信じるのか?」
今のこの世界は、天族と魔族との争いはなく表面上は共存していることになっているが、それでもまだ魔族と天族との間には溝がある。
天族は魔族を信用しきっていないだろうし、魔族もまた天族を信用しきっていない。
あれから20年という時が経っているのにも関わらず2種族間の溝は深いままだ。
「......正直な所、私は少々複雑な気持ちなのだ。特に魔族に対しては」
「そんな奴に大切な王女様を任せていいのか?」
ルシウムは決して意地悪をしているわけではない。
この深い溝がありながらも、魔界の者に王女様を任せなくてはならないこの国の事情が理解ができないのだ。
ルシウム自身は、決して悪事を働くつもりはない。天族と魔族の確執についても正直なんとも思っていない。
だが、この得体の知れない魔族側の人間にどうしてそんな重要な任務を依頼しなければならないのか、そこだけが疑問なのである。
「ボクは正直、魔族とかそういうのは分からない。生まれた時にはもうこの国は平和だったから」
――ボク?
ふと王女様の方を見ると、やってしまったという顔でこちらを見ていた。
今のセリフは、この子が喋ったのか。
「お、お嬢様!?」
クレアは少し焦った様子でリトナの方を向いていた。
そうか、リトナの素の喋り方はこうなのか。
「別に王女様だからってかしこまる必要はないんじゃないの?俺はこの国の人間じゃない、そんな気にしなくてもいいのでは」
ルシウムがそう言うと、リトナは一瞬驚いた表情を見せたが、その後すぐにどこか気の緩んだ表情で微笑んだ。
「君は優しい人なんだね」
そう言って微笑むリトナの表情は宝石のように美しく輝いて見えた。
それを見たルシウムは思わず息を呑んでしまう。
「い、いや、さっきまではなんだか喋りづらそうだったから。喋りやすいほうで喋ってくれた方がこっちも接しやすいというか」
「そう?ならそうするよ」
リトナは枝毛一つない綺麗な銀髪を靡かせると、にししと笑った。
その様子を見たクレアは、「はあ」とため息をつき額に手を当てた。
「全く、お嬢様ったら......」
「やっぱボクにはこういう堅苦しいのは似合わないよ」
クレアもリトナのその姿に合わせて、少し苦笑いをした。
さっきまでの張り詰めていた空気が少し和やかになる。
ルシウムは代り映えしすぎる状況に頭の理解が追い付かない。
「すみません。実は私達、他所の方とお相手するのに慣れていないため、どう接したらよいのか分からないのだ」
ずっと表情を崩さなかったクレアもどこか気が緩んだ感じで微笑んだ。
「それもそうか。しかも魔族の人間ってなれば尚更ね」
「ルシウム殿、改めてになりますが依頼を引き受けていただけますか?事情はちゃんと話しますので」
クレアは一瞬咳払いをし、本題へ戻る。
――何がなんだかさっぱりだ。でもまあ断る理由は特にない。
「まあ、いいですよ。断る理由も特にないし」
「それはよかった」
「あ、でもちなみに俺、魔族じゃないよ。一応、天族の人間だ」
ルシウムがそう言うと、二人は驚いた顔をしてその場で固まっていた。