04.王女と鐘の騎士団
薄暗い地下通路を、ルシウム達は心許ないランタンの光を頼りに進んでいく。
あれから結構歩いたのだが、一体どこまで進んでいくのか。
最初に牢にぶち込まれた時は、こんなに歩かなかったような気がするが。
「なあ、どこまで行くんだ」
「もう少しだ」
なぜこの女はこんなにも危機感が無いのかと感じてしまう。
仮にも囚人の身で得体の知れない謎の男であるルシウムに対して、こんなに気を抜いてしまっていてよいのだろうか。
言ってしまえば、敵に背中を見せているようなものなのだ。
それにいくら武器や手荷物を取り上げられているとはいえ、ルシウムは特に拘束などをされていない。
この女を殺そうと思えば殺せてしまうのだ。
「あんた、仮にも囚人の身である俺に対して、そんなに気を抜いていていいのか?」
「構わない。貴方は私を殺さない」
女は、歩きながら淡々と言った。
「なんでそう思うんだ?」
「殺気を感じないからな」
――まあ、面倒事は起こしたくないからな。
確かにルシウムはこの女に対してなんとも思っていない。
面倒だし早くここから脱出し外へ出たいとは思っている。しかし脱獄したいとは思っていない。
ここで何か問題を起こせば後々面倒になることは目に見えている。それに無益な争いはあまり好まない。
「ここだ」
またしばらく歩いていくと、目の前に厳重に閉じられた扉が現れた。
気が付けば辺り一面も、松明の光が灯っており大分明るくなっていた。
「なんだ、ここ」
「お嬢様、連れて参りました」
ルシウムを連れてきた女は厳重に閉じられた扉を三回ノックした。
そして扉の向こうにいると思われる人物に向けて、丁寧な口調でそう言った。
――お嬢様?誰だ?
「......どうぞ」
扉の奥から可愛らしい声が聞こえてきた。
女は、その声を合図に厳重な扉の鍵を開け、ゆっくりと開く。
辺りが薄暗いため、扉の隙間から差し込んでくる光がやけに眩しく感じる。
扉が開き切ると、牢獄の雰囲気とは打って変わり、そこそこ広い部屋にポツリと置かれた机と四脚の椅子、周りには本棚と思しき棚や高級そうな壺や骨董品などが数個置かれていた。
そして先ほどの声の主と思われる人物が、椅子に座りながら体だけこちらに向けていた。
「お嬢様、こちらがルシウム・ミルファード殿です」
「......ども」
肩に掛からないくらいの長さをした銀色の髪に明らかに高級そうな白と紫のドレスを身にまとった美少女が、宝石のような碧色の瞳でこちらを見つめていた。
「初めまして、わ、わたくしはリトナ・ベル・クレイヴァルと申します。」
少したどたどしい挨拶をしたその銀髪の少女は、椅子から立ち上がり、スカートの両端を軽くつまみながら会釈した。
身長はルシウムの肩よりほんの少し高いくらいだろうか。
透き通るような白い肌に、全てを飲み込んでしまうようなぱっちりした瞳と長い睫毛、熟した果実のように潤った唇。
手のひらくらいしかない小さくて整った顔立ちの銀髪の少女は、まるで人形のように美しくそして整いすぎていると言っていいほどに綺麗な美少女だった。
そんな彼女の事を、ルシウムは呼吸を忘れるくらい見惚れていた。
「そんなに見られると、恥ずかしいのですが」
「あ、ああ、ごめんなさい......」
リトナと名乗った少女は少し頬を赤らめて言った。
そんな彼女の姿に、ルシウムも赤面してしまう。
「んで、そちらの金髪の方は?」
ルシウムはそんな自分を誤魔化すように、リトナの隣で姿勢よく立っているこれまた美しい女性に話を振った。
「うむ。私は、ベル王国・鐘の騎士団所属、クレア・グラヴィガーという。こちらのリトナ第二王女様専属の守護騎士だ」
金髪の凛々しいその女性が続けて名乗った。
この女性の身長はルシウムと同じくらいだろうか。
腹部が開いている白をベースとした動きやすそうな鎧を身にまとい、長い金髪を後ろで綺麗に束ねている。
小顔ではあるものの女性にしてはキリッとした目つきだが、よく見ると左目の下に泣きぼくろが見える。
「私の顔に何か?」
「あ、いやなにも......」
クレアと名乗る女性は不思議な顔でルシウムに問いかけた。
銀髪の女性がこの国の王女で金髪の女性がその専属騎士。
鐘の騎士団はこのベル王国直属の警備隊だ。その役割は国の治安維持や役人の用心棒など多岐にわたる。しかも王族の守護騎士ともなれば、それなりに偉い立場の人間なはずだ。
王女とその側近、そんなお偉いさん方が、囚人ルシウムに一体何の用なのか。
「あの......そんなお偉いさん方が、俺に何の用でしょうか。いや、まあ牢から出してもらったのはありがたいんだが、いまいち状況が掴めなくて」
ルシウムの頭の中は疑問だらけである。この状況は一体何なのか。
地下牢にぶち込まれたと思ったら急に牢から出され、そして王族と騎士団のお偉いさんが今目の前にいる。
――俺の旅、初っ端から波乱すぎないか。
だがそれこそが旅の醍醐味とも言えるのかもしれない。
しかし、旅の始まりとしてはだいぶ急展開過ぎる。もう少し緩くても良いのではとも思う。
「とりあえず、話を聞いてもらいたいのだ」
金髪の騎士クレアは、硬い表情を崩さずルシウムに着席を促した。
――何が何だかさっぱりだ。
よく分からない状況、急すぎる展開に少々困惑しているルシウムは、軽く後頭部をかきむしりながら用意された椅子に腰掛けたのだった。