02.王都ベルホルン
「ここから先はベル王国領だ。入国するためには通行証を見せてもらおう」
堅そうな甲冑をきっちり着こなした門番が、厳かにそう言った。
入国するためには、通行証なるものが必要らしい。
行商人が門番に通行証を見せると、門番が馬車の中身を入念に確認し始めた。
その為、ルシウムは一旦、馬車の荷台から降ろされてしまった。
「お前はここで止まれ」
「え?」
荷物の確認が終わると、行商人は別の門番に案内され街の中へと入っていった。
しかしルシウムだけ、門番に引き留められてしまった。
行商人のおっちゃんが、申し訳なさそうにルシウムの方を振り返ったが、ルシウムは心配するなという意味を込めて、軽く手を振った。
「なんで俺だけ止められたの?」
「お前、なんだか怪しいな」
基本的に、国と国の行き来には1集団につき1枚通行証があれば入国出来ると、さっき行商人から教えてもらったのだが、なぜかルシウムだけ止められてしまった。
まあ、確かにこんな黒装束で珍しい緋色の髪をした男がいたら、誰だって不審に思うのは当然なのだが。
だとしても行商人が通行証を持っていたので止められる筋合いもないはずだ。
「別に怪しい者じゃないんだけどなあ」
「怪しい奴はみなそう言う」
「だよねえ......」
ルシウムは見た目は怪しい恰好なのかもしれないが、別に悪事を働くような大罪人ではない。本当に正真正銘ただの旅人で、ただしばらくこの国に滞在したいだけなのだ。
まあ、色々と表立って言えない事もたくさんあるにはあるのだが。
「貴様、名を名乗れ」
「あー、ルシウム・ミルファードです」
「ミルファード?どこかで聞いたことあるような......」
――やべ。でもサーペント姓を名乗るよりかはまだマシだろ......。
ルシウムには二通りの名がある。ルシウム・ミルファードとルシウム・サーペントだ。
ミルファードというのは亡き母の姓でルシウムの本当の姓である。しかし、母の死後、魔界に引き取られてからは、サーペント姓を名乗っていた。
サーペントという姓は天界では悪名として知れ渡っている可能性があるらしいので、育ての親からは、旅の道中はミルファード姓を名乗った方がいいと言われている。
しかし、ミルファードという姓もかつての英雄の名前であり、ある意味有名すぎる姓の為、場合によっては、その名前も危険になる恐れがある。
「まあいい。出身は?」
「えーと......西の方かなあ」
門番は、ルシウムの姓に関してあまり深く気にしなかったようだ。
――よかった......。いや、よくないけど。
「通行証は?」
「俺は持っていないんだけど......」
「そうか」
そんな大切なものを持たずに旅に出たルシウムも大概なのだが、そもそも魔界からやってきたルシウムには通行証の取得方法なんて分からなかったし、そんなものが必要だなんて知らなかった。
――いやあ、でも我ながら怪しすぎるなあ。本当にただの旅人なんだけどな。
「ん?腰に装備しているその得物はなんだ」
「あ......これは......触らない方が――」
門番はルシウムの腰に据えた剣に手を触れた。
「な......なんだ......これは――ぐっあああああああああ」
瞬く間に門番の腕に禍々しい黒色の瘴気が纏う。
腕に纏った瘴気が体全体に侵食し激しい痛みに襲われた門番は、そのまま気絶してしまった。
「だから触らない方がいいって......」
「何事だ!?」
門の奥から兵士達が次々と現れ、ルシウムは取り囲まれてしまった。
――どう言い訳しようか......。いや、無理か。
「これは一体......」
「どういうことだ」
「何があった!?」
後から現れた兵士達が驚きながら、この場の状況を確認していく。
「あ、えっと......不慮の事故です」
ルシウムなりの必死の言い訳だった。でもそんな言い訳が通用する訳もなく――
「こいつを連れていけ」
兵士の一人がそう声を掛けると、ルシウムは、自身を取り囲んでいた兵士達に拘束されてしまい、そしてそのまま王国の地下牢へとぶち込まれてしまった。