プロローグ
緋色の髪をした少年は森の中を必死に逃げる。
薄暗い景色の中、自身が出せる全力の速度で駆け抜ける。追手はまだ見えてこない。
時折、草木や小石が少年にぶつかる。
服が破け生身に切り傷を作る。それでも少年は足を止めることなくただひたすら走る。
――痛い。肺が苦しい。口の中が鉄の味がする。もう止まりたい、休みたい。でも立ち止まってはいけない。
村から相当走ったはずなのに、未だに硝煙の匂いが消えていかない。
「ルシウム、貴方は生きなさい」
そう言って、村の中に残った母の言葉を胸に、少年はただ真っすぐ森の中を走る。
――足に力が入らなくなってきた。膝が笑っている。視界がぼやけてきた。もう限界だ。
自分が何をしたというのだ。何もしていない。ただ、辺境の村で穏やかに過ごしていただけだ。
それなのに、家を焼かれ、友達を殺され、あの強くて優しい母親までもが犠牲になった。
そんな残酷な光景を目の当たりにした
少年の頭にはどうして?という疑問ばかり浮かんでくる。
――勇者がなんなの?そんなの知らない。緋の勇者?何それ僕はそんなのじゃない。
「――いたぞ」
後ろの方から、叫び声が聞こえた。
居場所がバレてしまったようだ。
少年は、止まりかけていた足をまた必死に動かす。けれどもう動かない。もう限界なのだ。
幼い少年では、大の大人には到底敵わない。
走る速度も、腕っぷしも、体力も。
甲高く響いた銃声が、少年の耳に聞こえたのとほぼ同時に、銃弾が少年の肩を貫いた。
少年は一瞬宙を舞い、そして勢いよく前方へ転がり落ちていく。
――痛い。熱い。重い。苦しい。
無地の白いシャツは泥まみれでズボンは破け、全身傷だらけの少年はもう動けない。
血が止まらない。このままでは少年の命はそう長くない。
そんな満身創痍の少年の元に、無慈悲にも数人の男たちが近づいてくる。
「ようやく追い詰めた。これで依頼達成だ」
「緋の勇者も殺した。あとはこいつを始末すれば――」
そんな会話が聞こえてきた。
もう少年には思考を巡らせる体力も残っていない。
少年に近づいてきた男の一人が、銃口を少年へ向ける。
体の半分以上もある銃を、片手で軽々しく持つその男は言った。
「悪く思うなよ。これもあの方の指示なんだ」
そう言って男はニヤリと笑う。
男が引き金を引こうとした瞬間、またどこからか颯爽と現れた一人の青年が、倒れている少年と男の間に割って入ってきた。
それと同時に、男が持っていた銃が粉々に崩れ落ちてく。
「な、なんだお前、なにもの――」
敵なのか味方なのか分からないその青年は、特徴的な長い白髪で黒をベースとした小奇麗なコートを身にまとい、右手には禍々しい見た目をした大剣を持っていた。
そして手に持っていた大剣を瞬時に振りかざすと、そのまま男の胴体を綺麗に真っ二つにした。
男の体は鈍い音を立てながらその場に落下する。
「ヒィィィ」
そんな情けない悲鳴が聞こえたのも束の間、青年が大剣をまた横に一振りすると、辺り一面の木々諸共、一刀両断し、そして一瞬のうちにして少年を取り囲んでいた集団は壊滅していった。
「......すまない。お前の母は助けられなかった」
いよいよ限界を迎えた少年は、薄れゆく意識の中でそんな言葉を耳にして、そしてそのまま意識を失った。