妹からの連絡
朝からずっと、私のスマホが鳴っている。相手は小雪と母だ。
京都に来てから楽しい気持ちで過ごしてきたのにつらい気持ちが一気に戻ってくる。
「なんか元気がないように感じるのだけど」
理緒が心配そうに聞く。
「心配かけてごめんね、理緒。実は朝からずっと母と妹から電話がかかってきてて」
「それで、出たの?」
私は首を振る。
「私が出ようか?」
「ありがとう、でもそこまで理緒を巻き込めないし。ごめんね、理緒も忙しいのに」
理緒はまっすぐに私の方を見る。
「美冬、つらいときはつらいでいいのよ。こんな時まで気を遣わないで。自分を1番に考えていいのよ」
理緒の言葉はいつも私の心を軽くしてくれる。
「ありがとう。理緒、LINEも来ていたから、一緒に見てくれる?」
「えぇ、もちろんよ」
おそるおそるスマホを開く。
“お姉ちゃん、私妊娠したの。”
“とってもうれしい。”
“産まれたらお姉ちゃんにも抱っこしてほしい”
私は頭を抱えてしまう。知りたくなかった、こんなこと。
「大丈夫?美冬」
「どうしても、思ってしまう。本当なら、この報告をするのは私だったのにって」
理緒は私の背中をやさしくなでてくれる。
涙があふれ出る。京都に来て、やっと日常を取り戻せたと思ったのに。
「美冬、部外者がこんなこと言うものじゃないと思うのだけど、妹さん、純粋な天然だとしてもこのテンションで報告するのはおかしいと思うの。ブロックしたらどうかしら。関わるとどんどん美冬の心が削られる気がして心配なの」
「怖いの。つらいけれど、私の家族はあの人たちしかいないから。本当の一人ぼっちになってしまう気がして」
「美冬…」
理緒はその晩ずっと、私に寄り添ってくれた。
「美冬、私はあなたの家族ではないけれど、何があっても味方でいるわ」
その言葉がその時の私の救いだった。
小雪の妊娠は想像以上に私にダメージを与えた。
心のどこかで、世間知らずで一人では何もできない小雪を健吾は嫌になると思っていた。そして自分のところに帰ってきてくれるのではないか、そんなことを期待していた気がする。
私はこんなに時間がたっても、あんなことがあってもまだ健吾に未練があるのだろうか。
健吾は会社の同期だった。新入社員研修で二人一組になって待ちゆく人々に声をかけてアンケートを取る、というものがあり、その時ペアになったのが健吾だった。なかなか声をかけられない私とは逆に、健吾はどんどん声をかけていった。
「仕事だと思えば平気だよ。それに、俺がもし声かけられたら絶対無視するからさ、だから無視されてもそりゃそうだよねって思える」
そういって怖気づくことなく話しかけていく健吾をかっこいいと思ったし、頼りになると思った。声をかけた男性にうるさいと怒鳴られたときは、矢面に立って守ってくれた。私が転んだ時も、仕事でミスをして落ち込んだ時も、いつだって真っ先に手を差し伸べてくれた。守ってもらっているようで心強かった。
でも今、彼が大切に守っているものは私ではない、小雪だ。
距離を置いたことで悲しみに飲み込まれることはなくなったが、私はまだ、現実を受け入れられていない。そのことを突き付けられた気がした。