元婚約者との再会
エントランスの前で立っている。背が高くて筋肉質の、スーツがよく似合う健吾。
私を待っているのだろうか。今、現実を見るのが怖い。私はその場を立ち去ろうとする。
「美冬!」
健吾が私の手を引く。体が震える。現実からは逃げられないのか。
「痩せたな…。」
つかんだ私の腕を見つめて健吾が悲しそうに言う。
この人は優しいのだ。ただ、それだけだ。
「話がしたいんだ」
ここで言い合いをするわけにもいかず、とりあえず近くのカフェに入る。
「俺のこと、会社に話さないでいてくれたんだな。ありがとう。」
私は健吾を直視できずに下を向く。
「ご両親が、連絡が取れないからとすごく心配していて。あと、小雪も…。俺に会うのはつらいというのは分かっていたんだが、様子を見てきてほしいと頼まれた。俺も…気になっていたから」
健吾から小雪の名前が出るとたまらなく泣きたくなる。
「大丈夫だから心配しないでって伝えて」
私は下を向いたまま言う。しばらくの沈黙が流れる。
「こんなことを、俺の口から言うのはどうかとも思ったんだが…」
健吾はなかなか言い出さない。
「なに?」
私はこの沈黙の場に耐えられず聞く。
「結婚式をしようと思っている。」
小さな声で健吾が言う。
私は絶望する。
その言葉を、私はあなたから聞きたくなかった。
お腹の中がどうしようもなく熱く、いま口を開いたら、自分が壊れてしまいそうだ。
「小雪は、美冬に来てほしいと言っている。大好きな美冬に見守ってほしいと」
大好きという割に、どうしてこんな仕打ちができるのか、と思ってしまう。
私の気持ちは無視なのか。どんな思いでいるのか、小雪はきっと分かっていない。
いつものように、私がなんでも許すと思っている。
「ごめんなさい。私、出席できない。健吾と小雪の結婚式なんて、冷静に見ることなんてできないわ。」
涙が出そうなのを必死でこらえて絞り出すように私は言う。
体の震えを止めるために私は全身に力を入れ、右手で左腕を強く握る。
「だって、私は、まだ、あなたのことが好きだから」
もう健吾が戻ってこないことは分かっているが、それでも伝えずにはいられなかった。
せめて、私の気持ちを伝えておきたかった。
健吾はとても悲しそうな顔をしている。
再び沈黙が流れる。
「私、帰るね」
これ以上、何も聞きたくなかった。
謝罪されれば惨めな気持ちになるし、小雪への愛を語られてもつらい。
おそらくどんな話になってもつらい。
健吾は一瞬何かを言おうとしたが、「分かった」とだけ言ってうつむいた。
「美冬とずっと一緒にいたい。だから結婚しよう」
プロポーズの言葉を思い出す。大きな花束と、奮発したであろう大きめのダイヤのついた指輪を用意して健吾はプロポーズしてくれた。本当に、あの瞬間は世界で1番幸せな瞬間だった。なのに、どうして。5年かけて大切に築いてきた関係は、一瞬で壊れた。
マンションに戻ると涙がとめどなくあふれる。大好きだった人、大切だった人、初めて結婚したいと思った人。あんなに会えることを楽しみにしていた相手だったのに、今は会うのがこんなに苦しい相手になってしまった。
部屋に帰り、ずっと放置していたスマホを充電する。恐ろしい数の通知があり、そのほとんどは小雪だった。LINEを開き既読をつける。
“お姉ちゃんに会いたい”
“お姉ちゃんが大好き”
“一緒にドレスを選んでほしい”
“結婚式には来てほしい”
“東京に引っ越すから相談にのってほしい”
“健吾さんと3人で話がしたい”
そんな内容が大半だった。
既読を着けると再び小雪からLINEが届き始める。
それがつらくて小雪を通知オフにする。
自分の気持ちをどう処理して良いのか分からない。
そんな時、ピコン、とLINEの通知が届く。
“今学会で東京来ているんだけど、今から会わない?”
高校時代に仲良くなり、今でも時々連絡を取っている理緒だった。