妹にとっての私
これからどうしようか。今、あの部屋には帰りたくない。でも横になりたい。できることなら立ち直れるまで何も考えずひたすら眠りにつきたい。
とりあえずホテルの予約をしようとスマホを開くと、着信が54件入っている。
LINEも30を超えている。
誰だろうか、と着信履歴を見ると、10件ほどは両親と、そして、残りはすべて小雪だった。
LINEは3件の両親、20件の小雪。残りは友人だった。
小雪には、これからもお姉ちゃんにそばにいてほしい、と言われた。相談にのったり、一緒にお出かけしてほしい、と。あのきれいな目をウルウルさせて懇願してきた。そこで初めて、小雪にとって自分は都合のいい存在だったのだと気が付いた。
母からLINEが届く。開かなくても通知である程度内容が見えてしまう。
“小雪にウェディングドレスを着させてあげたい”
“結婚式をやりたい”
“出席してほしい”
通知の表示だけだがそんな内容だった。
私は、母と小雪のメッセージを非表示にする。とにかく今は現実から逃げ出したい。
それにしてもこんな時まで母は小雪のことしか心配しない。
「美冬は強いから大丈夫よね」
が小さいころから母の口癖だった。
頭がクラクラしてくる。もういっそ、ここで倒れて車に轢かれて死んでしまいたい。
私はベンチに座り込む。こういう時、ドラマだったら素敵な出会いによって立ち直る、といった展開になりそうだが、現実はそううまくいかない。
29歳。一番幸せな1年になると2か月前までは思っていたのに。
いつまでもこうしているわけにもいかなくて、スマホを見るのが怖くて、トボトボと歩きながらホテルを探す。駅前にあったような気がする。
駅前のビジネスホテルに行く。もう何も考えたくないからとりあえず3日間部屋を確保する。これで3日間は何もしなくて済む。
部屋に入り、シャワーを浴びてすべてを洗い流し、ベッドに潜る。
大丈夫、ここには自分を傷つける人はいない。それから2日間、初日に買いだめした水やゼリー飲料で栄養を補給しながら何もしない時間をすごした。気が付くと、スマホの充電は切れていたが、見るのが嫌だったのでむしろ好都合だった。
「お腹がすいた」
3日目の朝、空腹で目が覚める。ずっとなかった食欲が戻ってきたようだった。
1Fに入っているコーヒーショップで、紅茶とホットサンドウィッチを注文する。
久しぶりのちゃんとした食事はおいしかった。
ずっとこのままと言うわけにもいかない。
そう思い立ち、マンションに戻る。エントランスには私が伊藤さんに渡した花が彩り豊かに飾られている。部屋に入り、まずは健吾のものをすべて捨てる。それだけでなく、思い出があるものもすべて、私は無心でゴミ袋へ入れていく。このマンションの素晴らしいところは365日、24時間ごみが捨てられるところだ。何度もゴミ捨て場と往復して捨てる。ソファやベッドもこの際処分したい。一刻も早く。業者に連絡して買取と処分を依頼する。運よく明日来てもらえるようだ。できることをすべて終え、ビジネスホテルへ戻って寝る。何も考えなくてもいいようにとにかく忙しく動いた。
次の日、業者が来て不用品を回収してもらうと、部屋はガランとしてまるで違う部屋のようになる。もうこの部屋で生活できそうだ。布団を干して、シーツも全部洗濯して家の中をとにかくピカピカにする。健吾の痕跡をすべて、消したかった。今この無心になれる作業がありがたい。
すべての作業を終えると、もう夜になっていた。
近くの定食屋さんでハンバーグ定食を食べる。たくさん動いたからご飯がおいしい。
明日からは転職活動をしよう。貯金はまだまだあるし、あと1か月半は有休消化期間だからそんなに急ぐ必要もないが、今は何かしていたい。動きをとめたら悲しみに飲まれそうだからだ。
食事を終えてマンションに戻ると、見慣れた人が立っている。
健吾だった。