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妹と私の婚約者

可愛い妹の小雪は私の自慢だった。


8歳年下で、小さいころはどこに行くにも私についてきた。学校へ行こうとすると大泣きし、林間学校へ行っている間はずっとお姉ちゃんどこ?と探し回っていたと母から聞いた。


私が社会人になってからも、妹が行きたいというカフェに連れて行ったり、大学のオープンキャンパスに付き合ったりした。


小雪は友達ができなかった。ちやほやしてくれる男友達はいるようだが、女の子からは嫌われるようだ、と母は言っていた。それもあってか、中学・高校と不登校気味で、高校は中退し通信制の高校を何とか卒業した。


小雪は誰が見てもかわいいと思うほどかわいい。小柄で、色白で、華奢で、大きな目。かわいい過ぎて同性からは妬まれるのだろうくらいにしか思っていなかった。


でも、今、小雪を嫌う女たちの気持ちが私にはよくわかる。


小雪は、私の婚約者と結婚することになったのだ。


「本当に、ごめん」

とあの日健吾は私に土下座した。

「小雪ちゃんを放っておけないんだ。一人にすると死んでしまいそうで。これからずっと俺が守っていきたいと思っているんだ」

健吾は必死に私に訴えかけ、私は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。健吾の隣には、健吾の袖をギュッとつかんで下を向く小雪の姿があった。こんな時でも、小雪はかわいいし、きれいだった。


そんな私をさらにどん底に追い込んだのは両親だった。


両親は小雪の結婚を応援した。

「小雪は一人では生きていけない子だから、健吾さんみたいなちゃんとした人が必要なのよ。つらいと思うけれど、美冬は一人でも生きていけるし、これからもっといい人に巡り合うチャンスがあるから。どうか譲ってあげて」

と母は私に懇願した。


小雪は高校を卒業しても就職せず、家でハンドメイドのアクセサリーを作ってハンドメイドマーケットで販売していたが、売り上げは微々たるもので生活費もお小遣いも両親が負担していた。そんな小雪の将来を両親はずっと案じていた。健吾は有名な私立大学を卒業し私と同じ会社でエリートコースを進んでいた。両親もやっと小雪を任せられる人が現れたと安心したことはたやすく想像できた。


「美冬はまたいくらでもいい人見つけられるから」

何を言っても母はこの言葉を繰り返した。私は結婚したかったわけではない。健吾と一緒にいたかったのだ。それが全く伝わらなかった。


私は、健吾と同じ会社にいることがつらくなり、退職した。

今日は、最終出勤日だった。次の仕事など決まっていない。これまで結婚のためにためてきたお金があるので、しばらくは働かなくても生きていける。頑張って、節約したあの時の自分に感謝かな、と自虐するように笑う。


「宮野さん!」

会社の片づけを終え、挨拶も終えてビルを出ようとすると後輩の水野さんと大木さんが走ってくる。二人とも目に涙を浮かべている。

「宮野さん、本当に今までありがとうございました」

「私たち、宮野さんがいたおかげでここまでやってこれました」

二人は深々と頭を下げる。あぁ、私は婚約者には必要とされなかったけれど、この子たちの役には少しは立てたのだろうか、と思うと涙が出そうになる。

「私は何もしてないわ。水野さんと大木さんはいつも素直で、一生懸命で、そういう姿勢が今の結果を出しているんだと思う。これからも頑張ってね」

などと私は格好をつけてしまう。こういうところだ。私はいつも強がってしまう。


強くもないくせに。


会社には家庭の都合で、と伝えて健吾とのことは話さなかった。なぜだか分からないが、そうしなければならないと思ったのだ。健吾を好きだという気持ちが残っているからかもしれない。


紙袋に入った大きな花束。こんなに悲しい気持ちで花束を持っているのは世界中で私だけなのではないだろうか。こんなに頑張ってきれいに咲いている花に申し訳なくなる。もっと幸せな人のところに贈られた方が本望だっただろう。


自分のマンションに着く。この部屋にいるのはつらい。どの部屋にも健吾の痕跡が残っているからだ。一緒に運動したときの靴、忘れて行った傘。整髪剤、歯ブラシ、部屋着、Yシャツ。一緒に熱中したゲーム。


どこに目をやっても思い出がよみがえってきてしまう。


辛くなって部屋を出る。


「宮野さん、こんにちは」

いつもお世話になっているマンションのコンシェルジュの伊藤さんだった。

「こんにちは」

いつも通りにと自分に言い聞かせて挨拶をする。

「きれいなお花ですね」

伊藤さんがにこやかに言う。

「あの、これよかったらもらってもらえないでしょうか。いただいたのですが、お世話をする余裕が今なくて」

「まぁ、良いんですか?ちょうどエントランスにお花でも飾ろうかと言う話になっていたので、そちらで使用してもいいですか?」

と伊藤さんは丁寧に話した。

「はい、ぜひ」

伊藤さんに花束を渡すと、ほんの少し、心が軽くなったような気がする。


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