罪なきオレ様は愚か者達のせいで破滅させられる。
第六話です。
裁きがくだる。報いの時。
誰かが叫ぶのが聞こえた。
「正しき法の裁きを」
背後から聞こえた。
オレ様は内心嗤った。
愚かな。法は選ばれし者達の、オレ様のような人間のためにあるのだと。
正しきとはつまり、選ばれし者にとっての正しさなのだ!
負け犬がせいぜい吠えるがいい。
だが、その忌々しい声は、止むことはなかった。
「正しき法を!」「正しき法の裁きを!」「証拠と事実による公正な裁きを!」
止まないどころか、その数と力を増していく。
裁きの場に響き渡る。
別の声も加わる。
「人殺し!」
明らかにオレ様へ向けられた憎悪の叫び。
法務大臣は、明らかに怯えていた。
オレ様の演説をうなずいて聞いていた正しき奴等も、怯えていた。
圧倒的な声に、憎悪に怯えていた。
まずい。
そして、法務大臣が震える声で告げた判決は最悪の予想通り。
割れんばかりの拍手。拍手。拍手。
オレ様は、このオレ様が破滅する!?
「ウソだ! ありえない!」
誰かが叫んでいた。
オレ様の声だった。オレ様が絶叫していたのだ。
「オレ様は王太子だ! そうだろう! オレ様こそが本当の王太子だろ!?」
警備の兵がオレ様の両脇に立ち、連行しようとする。
「離せ!」
オレ様は奴等をふりほどき、裁判官席へ駆け上がろうとした。
「正しき裁きを! 我が国の未来のために!」
だが、警備の兵達は、不当にも罪人とされたオレ様に群がって来て、取り押さえようとする。
武術だけでなく体術でもすぐれたオレ様は、警備の兵達を次々と投げ飛ばしながら叫んだ。
「あの愚鈍が王になるのだぞ! オレ様で無くてあの愚鈍が!」
だが、増援の兵まで雪崩れ込んできて、オレ様は警棒で情け容赦なく乱打され追い詰められる。
警棒で首筋を殴られ、よろめいた所に、飛びかかってきた7人がかりで羽交い締めにされ、手と足に枷をはめられ、裁きの場から引きずり出されていく。
その場にいた者達は、気まずげに顔をそらすばかり――
ではなかった。
「ひとごろし! ひとごろしめ! ようやく裁きの時が来たぞ!」
背後からの叫び。
オレ様は拘束されたままもがいて声の方を見た。
そして初めて気づいた。
オレ様を憎悪と嘲りを込めて見下ろす者達が多数いることを。
裁きの場にいる者達の大半、正面の奴等以外は全員だった。
あれは、オレ様が手打ちにした侍女の本家筋の伯爵。
あれは、オレ様が始末したメスどもの、親や親戚達。
あれは、身の程知らずにもオレ様を告発しようとした伯爵の息子。
あれは、オレ様が側近達をいい地位につけてやるために取り潰した侯爵家の分家筋。
あれは、オレ様が返り討ちにしたメスの婚約者だった子爵。
あれは、あれは、あれは――
なんて奴等だ。
今まで、オレ様を畏れて逆らわなかった癖に。
オレ様が窮地に陥ると、これ幸いと安い復讐心を満たそうとしてくるとは!
なんという卑怯な奴等だ!
なんという救いがたい愚か者達だ!
逆恨みで我が国の未来を閉ざすとは!
「負け犬どもがぁぁぁぁぁ! オレ様を誰だと――」
「ただの罪人ですわ」
涼しげな声に顔をあげれば、
たったひとりだけ。
顔をそらすでもなく、憎悪をこめるでもなく、平然とオレ様を見下ろしている者がいた。
裁きの場の一番上の席。
斜めに差す夕暮れの光が照らすそこに。
燃えるような赤いドレスと金髪が、すっくと立っている。
あのメスだ。
あの愚鈍の婚約者だ。
目があった瞬間。
生意気なメスは、うっすらと嗤った。オレ様を嗤ったのだ!
その時。まさにその時オレ様は悟った。
全てこいつが、こいつが仕組んだのだ。
あの愚鈍にこんな事が出来る筈がない。
王家の『影』を掌握し、意のままに操ることも。
裁きの場に、オレ様を逆恨みしている人間ばかりを集めることも。
その圧力で正しき裁きを曲げることも。
だが、このメスなら。
この場で、オレ様に次ぐ知者はこいつだ。
こいつが。
このメスが。生意気なメスが。
貧弱な乳のこいつが。
あの愚鈍を操り、王家の『影』をその手に収めていたのだ。
あの愚鈍がメスどもになびかなかったのではない。
こいつはすでに恥知らずにも、あの愚昧を体で籠絡していたのだ!
愚昧だけでなく、『影』どもも、いや、オレ様を罵倒する奴等もみな。
なんという淫婦。
なぜだ。
なぜ!? なぜ!? なぜ!?
なぜオレ様を陥れた!?
オレ様はただ、間違いを正して、正道へ戻そうとしただけだ。
あの愚鈍が王太子であるのは、国のためにならない。
それは、あの愚鈍を間近で見ていたお前こそ、一番判っているはずではないか!!
日頃、あの愚鈍に対して正当な罵声しか浴びせないお前こそが!
婚約者として完璧にふるまい、あいつの尻拭いをしてきたお前ならばこそ!
あれを廃して、オレ様が、このオレ様こそが王太子になるのが正しいと骨身にしみて判っている筈だ!
オレ様は事前に、学園の廊下で、お前にはほのめかしたではないか。
優秀とはいっても、所詮はメスでしかないお前でも判るように。
愚鈍な者が王になったとしたらどう思うか、と訊いたのだ。
そうしたらお前は、それは国のためにはなりませんわね、と答えた。
では、もしも、そのために立ち上がる者がいたら、それに賛同するか、と重ねて訊いたら。
それが国のためで、正当であれば、とお前は答えた。
オレ様は了解を得た。得たと思った。
なのに、なぜオレ様を陥れた!?
王妃の座を守ろうとしたのか? いや、ありえない。
オレ様と結婚しようが、あの愚鈍と結婚しようが、王妃の座は変わらない。
なのに、なぜ。
なぜ、オレ様でなくあの愚鈍なのだ!?
オレ様とあいつの違い――
そういうことかっ!
あの愚鈍を操るのは容易いが、優秀なオレ様を操ることは不可能。
メスの分際で、オレ様の上に立つことは出来ない。天地がひっくり返ってもあり得ない。
だが――オレ様を破滅させれば。
あの愚鈍が王太子になり王になり、このメスが、実質的な王だ。
なんということだ。
メスのくせに、なんという身の程知らずの異常な野望だ!
政など出来る筈もないメスが、爵位すらつげない人間未満が、王としてふるまうとは!
毎月血を流し、常時貧血で働かない頭で、ねじけた脳みそで、そんな大それた事を考えていたとは!
なんという愚かしさだ!
このメスこそが、本当の愚鈍、真の愚か者だったとは!
オレ様は力を振り絞り、手枷で目の前の兵を殴り振りほどき、叫んだ。
皆を正しきに目覚めさせるため、叫んだ。
「牝狐! あの牝狐を誰か縛り首にしろ! あいつこそが諸悪の根源だ!
国を滅ぼす異常者だ! 国を思う者達よ! あのメスをころ――」
オレ様の口に猿轡がかまされた。
メスは嗤っていた。
清々したとでもいう風に嗤っていた。
こうしてオレ様は、愚か者達のせいで破滅させられたのだ。
まだ続きます。