オレ様の輝かしい人生における唯一のシミ
第三話です。
栄光への道を歩んでいるオレ様だが、光輝く人生に、ひとつだけシミがある。
王家の長男でないことだ。
オレ様は次男。だから実質的な王太子ではあるが、正式な王太子ではないのだ。
あの愚鈍が、父王の側女から生まれたアレが、たった1年の差で長男なのだ。
側女は、王宮に勤めている下働きだった。
父王が気まぐれで一度だけ抱き、出来てしまった卑しい息子だ。
その実家の騎士爵家は怒りにかられた母が冤罪を被せて皆殺しにした。当然のことだ。
それでも、我が国の法に従えば、王の息子の中でも先に生まれた男子に優先的な継承権がある。
あの愚鈍が。卑しい血が。ただ1年早く生まれただけの痴愚が。
見た瞬間に『眠そうな顔だ』以外、なにひとつ記憶に残らない冴えないあいつが法の上では王太子なのだ。
貴族の誰も、あいつを王太子だと思っていないにしろ、形式としてあいつが王太子なのだ。
正式な儀式こそしていないが、あの出来損ないが!
不出来で愚鈍で何一つ優れたところがないあいつが、王太子なのだ。
オレ様の光輝く人生の中で、青空にひとかけら浮かんだ雲の切れ端のようなあいつ。
あいつだけが目障りだ。
今思えば、さっさと殺しておけばよかった。
その能力がオレ様にはあるのだから。
だが、余りにもあいつが愚鈍すぎるので、そんな労力を割く価値を認めていなかったのだ。
どうせどこかで潰れる。
オレ様がやらなくても、誰かがやってくれる。
オレ様が手を下さなくても、両親がさっさと処分してくれると。
実際、あいつは死ぬはずだったのだ。
すぐにでもオレ様が正式な王太子になれる、と両親や側仕えのものはみんな言っていた。
後から母に聞いたところでは、あいつに付けられた王家の『影』は落ちこぼればかりだったらしい。
そいつらはあいつの身に何かあった場合、責任をとらせて処刑するためだけの存在。
卑しいあいつにお似合いの、愚鈍で無価値な連中。
その警備は隙だらけで、病気や事故に見せかけるのはたやすかった……はずだ。
だが、こいつら、落ちこぼればかりだったのが良くなかったらしい。
なぜあの愚鈍の護衛にされたのか察したのだろう。
死を賜るのを回避するためだけに、必死になってあの愚鈍を守った。守り抜いてしまった。
愚鈍な連中はこれだから度しがたい。何が国にとって正しいかを判っていない。
あいつが処分されるように気を利かしたあとで、責任をとっておとなしく死ぬこそが、落ちこぼれどもが唯一役に立つ道だったというのに……。
だが、殺せなかった理由はもうひとつあるのだ。
余りに愚鈍なあいつにはわざわざ殺す価値があるかすら疑わしい、そんな手間をかける価値はない。
だから、両親も本気で殺しにかからなかったのだろう。
暗殺者達も本気でなかったから、落ちこぼれでも防げたのだろう。
父もそれを判っていたからこそ、失敗した『影』に責任をとらせなかった。
オレ様が父だったとしても同じ行動をとっただろう。
『影』をその程度の失敗で処理するのは、勿体ないと。
それに、あの愚鈍では殺さずとも、自滅すると考えたのだろう。
何をやらせても愚劣なあいつは、教師達や貴族達の憐憫と嘲笑を毎日浴びせられ続け、骨の髄まで劣等感だけを叩き込まれ、自分を無価値な存在だと知り、精神を病むはずだった。
実際、病んでいた。
目にいれる価値もない存在なので、大した記憶はないが、それでも小さい頃のあいつがいつも腐った魚のような目をしていたのは覚えている。
生きながら死んでいる廃人だった。
もうすぐよ。母はオレ様にいつも言ってくれていた。
あの愚鈍は、心を病んで壊れるわ、そうすれば貴方が王太子よ。と。
オレ様もそれを信じていた。
だがだ。ある時期から、あいつの目は相変わらず眠そうだったが腐ってはいなくなった。
相変わらず愚鈍で、のろまで、生きている価値がない存在だったくせに、死にそうでなくなった。
だが、オレ様も両親も大して気にしていなかった。
オレ様の婚約者……いや、まだあいつの婚約者であるあの女が、飛び抜けて優秀だったからだ。
オレ様以外の男なら気後れしてしまうほど優秀な女だ、あの愚鈍にとって常に劣等感を刺激される存在だ。
男のくせにメスの足元にも及ばない、オレ様だったら恥で死ぬね。
あいつなりに努力はしていたようだが、努力に結果をついてこさせる能力すらないあいつには無駄なあがきだ。
あの女も、あの愚鈍には罵声しか浴びせない。しかも全て事実だから反論も出来まい。
愚鈍な人間は哀れだ。浴びせられる罵声すら事実なのだから。
ふたりの仲は間違いなく最悪だ。
いくら罵声の内容が正しくとも、罵声を浴びせる者と浴びせられる者の間に憎しみ以外芽生えるわけがない。
しかもあの女は優秀で真面目なので、婚約者の義務として始終一緒にいる。
始終反論しようのない罵声を浴び続けるのは、愚鈍なあいつにとって耐えがたい状況だ。
だからオレ様は、あの愚鈍が状況に耐えられなくなって、自暴自棄になるのを待てばいい。
自暴自棄になったら、安易な快楽に逃げて溺れるだろう。
そうすれば、精神が惰弱なあいつは、たちまち腐りきる。
アレが王太子にふさわしくない事件を起こし、それを口実に廃嫡にする手はずは出来ていた。
あいつが不祥事をおこしさえすれば、半月立たずにオレ様が正式に立太子されるのだ。
北の塔では、あいつを迎え、即日病死として消す準備は出来ていた。
だが……あいつは不祥事を起こさなかった。
酒にも女にも溺れず、無駄なあがきを続けていた。
それでも、オレ様は、いやオレ様達は慌てていなかった。
学園に入れば、あいつは終わりだと。
学園に入学すれば、周りじゅうは色気づいた女だらけ。
こちらが手を下さずとも、あの愚鈍は、形式上は王太子なので、それに釣られて寄っていく安い女が次々と現れるだろう。
みな甘い言葉であいつに近づこうとするだろう。
甘い言葉は麻薬だ。
女にしては優秀な婚約者から罵倒を浴び続ける愚鈍にとって、それはどんなに心地よいことか。
そのうち、甘い言葉を囁くメスどもの誰かに手を出して、たちまちのぼせあがり、婚約破棄でも言い出すだろう……そのはずだった。
だが。
だがだ。
あいつは、あの愚か者は、他の女に目もくれなかった。
なぜだ!?
まだ続きます。