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まさか、かつての弟とデートしなきゃいけない日が来るとはね。
というか、二人で出掛けるのは初めてではないのだから、畏まって「デート」と言う必要はなかったのでは?
いや、「デート」とハッキリ言って出掛けるのであれば、オシャレが必要?
オシャレ?そんなものに来ていく服も、アクセサリーも無いわよ??
買わなきゃいけないとなると出費が痛いわね。
旅行の為に貯めているのに……。
まぁ、普段から貯蓄しているから大丈夫か。
後、行く場所によっては動き易い方が良い場合もあるから、聞いてみないと。
まだ水曜日、これから買いに行っても十分間に合うわね。
「セイ、週末のデートは何処に行くのか決まっているの?」
「まだだけど、どうして?」
「何を着て行くか悩んでんのよ」
「へぇ、悩んでくれるぐらい意識してくれるんだ」
そりゃあ、ね。
普段は違うけれど、デートとハッキリ言って誘ってきたのは初めてだもの。
人生初のデート。
私にだって、楽しみたい気持ちはある。
「そうだなぁ……」と考える素振りを見せるセイ。
コイツの悩みどころは、食事を含めるかじゃない?
普段、私の前でもマスクを取らないから。つまりは、私の前でも飲食はしないのだ。
少し席を空ける時があるから、その時に何か摘まんでいるのか……まさかサプリメントで済ませていないでしょうね?早食いも身体に悪いし。
食べているところを見たことがないから、何度か「ちゃんと食べなさいよ」とは言っていたが……どうなの?
元弟と意識すると、これまで以上に心配になる。
あの良い肉体、それで保持出来ているのかしら?
あ、いえ、そうじゃないわね。
「旅行の為の買い物も少ししたいから、買い物デートにしようか」
「旅行の?夏休みに入ってすぐ行く気?」
「そうじゃないけど、後になってからじゃ気に入ったの買えないかもしれないもん」
旅行鞄とか?
まぁ、大きな休み前はよく売れる様だからね。
私も高校の修学旅行で使ったきりで、あれも結構古いから買い替えようかしら。
新品の格好良いデザインの鞄を持った男が隣にいて、ボロを担ぐ女の絵面は悲しいものがある。
買い物デートに頷いて、待ち合わせる時間も話し合った。
予定が変わる様なら、また話し合えば良いし。休み前や前日に改めて確認すれば良い。
思った以上にデートというものを楽しみにしてしまっている自分に内心笑ってしまった。
前世の記憶を思い出すと同時に隣に立つ男がかつての弟だったという衝撃。
顔を見なくても、解ってしまった、あの瞬間。
何故、解ったのかは詳しく説明出来ない。
本能的なものかもしれない。
双子の弟、だ。と私の中で何かが確信がした。
強い衝撃だった筈なのに、衝撃を受けたことは昨日の様に覚えているのに、その気持ちに引き摺られてはいない。
こうして、デートまで承諾して、楽しみにまでしている。
私は意外と図太いのだろうか?
18年、星野百合として生きてきたことで身に付けた精神ね。
セイがノアとしての記憶を思い出したら、どうなるかしら。
今がどうであれ、思い出したら離れて行くのでしょうね。
大嫌いな姉と一緒にいるなんて、きっと耐えられないもの。
この時間が、前世以上に二人で色んなことをして過ごす時間が、ずっと続けば良いのに……。
離れてしまう前に、もっと沢山の思い出がほしい。
そうしたら、離れてしまっても、楽しい時間を糧に生きていける。今の、星野百合なら生きられる。
どうせなら、沢山思い出作って満足した気持ちで離れたい。思い出すなら、その後が理想だわ。
前世の様な言葉を向けられる前に、楽しい気持ちのまま……さよなら、出来たら良い。
思い出す切っ掛けが何になるか分からないから、理想でしかないけれど。
神様様?精霊様?よろしくお願いします。
【君の隣で夢を見る】




