6
「星野百合、言いたいことがあるの」
だから、なんでフルネームで呼ぶのよ。
教えてもいない名前を知っていることも気持ち悪いし。
非常識なお姫様は、私のアルバイト先にまで現れた。
ここは自宅の近所のコンビニなんだけれど、何?つけて来たの?……怖っわ!
ストーキングしてまで言いたいことって何??正直、聞きたくないわ。仕事中だし。
こういう時、どうしたら良いのかしら。
とりあえず……。
「今、仕事中だから終わってからにして下さい」
「いつ終わるの?」
「……22時」
「はあっ!?門限過ぎちゃうじゃない!」
いや、こっちが、はあっ!?だわ。
店内で大声出すな。
アンタの門限なんか知るか。
門限関係無く今すぐ帰れ!
「アナタの都合は知りません。こっちは遊びではないのですから」
本当、どうしたら良いのか。
無視して仕事に集中しようとしたら、いきなり掴み掛かって来た。
「知らない訳ないでしょ!?ここは私の為の世界なの!ちゃんとシナリオ通りに動きなさいよぉ!!」
「……っ」
制服の上からだけれど、爪を立てられた。
しかも、見た目とは違ってかなり力強く、食い込む。痕が残りそう。
というか、シナリオって何?
訳が解らず黙っていたら、彼女は怒気を込めて続けた。
「せっかく、またヒロインになれたのよ!前みたいにシナリオ狂ってバッドエンドとか嫌なの!!すでに狂って一番の推しのノアが何処にもいないし!なんなの!?今度こそ、私のノアとハッピーエンド狙ってるのにあり得ないんだけどっ!シナリオ通りに動かないアンタのせいに決まってるわ!!今すぐ元に戻しなさいよぉ!!!」
一番の推しの……ノア?私のって??
今度こそ?
またヒロインになれた?
バッドエンド?ハッピーエンド?
まるで、暇潰しに昔読んだ小説の中の台詞みたいなことを言う。
……まさか?
私だって前世とか信じちゃったから、無くは……ないのかしら?
また、今度こそ、と言っていることは気になるけれど、彼女の言う通りにするつもりはない。
彼女がこれまで仕向けていたのは、私が悪者になる為でしょ?
嫌よ。絶対に嫌!
また幸せが遠退くじゃない。
他人に左右されないって決めたのだから、知るもんですか!
そっちがやる気なら、こっちだってやってやるわ。
「イヤッ!やめて下さい!何をするんですか!?お客様っ!??」
いきなり掴み掛かって、怒鳴って来たのは彼女の方。
見た目は彼女の方が非力に見えるけど、私は手を出しての反撃はしない。
悲痛な声を上げて、一方的にやられているのは私だとアピールする。
痕がしっかり残ってくれていると良いわね。
残念ながら他のお客はいなかったが、奥にいたアルバイト仲間が出て来て助けてくれた。
お姫様の剣幕は凄まじかったから、私が襲われていると認識してもらえた。
警察を呼ぶと言う言葉を聞いて、ハッとした様に彼女は逃げて行った。
痕はしっかり残っていたから、これって暴行罪にも出来そうな気もするけれど……一先ずは警察沙汰にはしないでおいた。
翌日、大学でお姫様にまた因縁を付けられるかと構えていたけれど、遠目から睨んでくるだけで何も無かった。……不気味だわ。
そっちにばかり気が向いていた所為で、掴まれた痕にセイが気付いてしまった。無意識に痕を擦っていたらしい。
何があったか話さなければ帰らせてもらえない雰囲気で募られて、あらいざらい……は話さず、アルバイト先にいきなり現れて相手にしなかったら掴み掛かられたということにした。
話してみてから気付いたけれど、相当危ない人にしちゃったわね。本当のことを話しても、頭の可笑しな人になるか……。
駄目だわ。どう話しても、危ない人にしかならない。
「あのクソ女ァ、オレのねーさんに……」とすぐにでも殴り込みに行きそうなのを宥めることになった。……アンタのではない。
機嫌を直す様に言っていたら、何故か週末デートの約束をさせられたのは……解せない。
それで殴り込みに行かないなら、良いかと了承してしまったのよね。
【君の隣で夢を見る】