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あれから、件の連中には絡まれるけれど、穏やかに過ごせている。
そろそろ夏かと思うぐらいに暑さを感じ始めた五月の後半、薄着をする人達が目に付く様になってきた。
前世の記憶を思い出してからは、季節感というものを新鮮に感じる。
前世の世界は、ずっと肌寒い冬に片足を突っ込んだ様な秋の気候で、『精霊の園』と呼ぶ庭でしか色とりどりの美しい花は見れなかった。
今世の、この日本という国は四季があり、その季節ごとに景色が変わる。
面白いのは、季節行事が様々なこと。
個人は別として国自体に決まった宗教がないのに、様々な宗教に則った行事も楽しんでいる。クリスマスや節分の様な。
前世の世界には無い文化だった。
それに、思い出していなかったからこそ自然に受け入れていたが、特に夏場の露出の高い格好は前世では考えられない破廉恥なもの。
男は兎も角として、娼婦でも今世の様な下着みたいな格好では外を歩くことはなかったのだから。
あちらの常識も混在してしまった為に、これまで何気無くしていたことがとても恥ずかしく感じる。
もうハーフパンツも外には履いて出られないし、水着など考えられない。
前世を思い出す前は今年の夏は大学生になったしビキニタイプの水着に挑戦しようかなと思っていたけれど、今は無理!
私は何を考えていたの!?と思う。
買う前で良かった。
買ってから、思い出したら羞恥心で死にたくなる。
今年からは海もプールも行かないだろうな。暑いけれど。
と季節の暑さを感じていたところでセイに聞かれる。
「ねーさん、今年はどうする?海とかプール行く?」
丁度、今考えていたことを。
暑くなってきたからアンタも考え始めたのね。
出逢ってから、何だかんだで毎年一緒に行っているし。
水着も、毎年スマホ画面を見せて来て「この水着ねーさんに似合うよ」とススメてくる。
恋人でもないのに何言っているの?コイツ。と毎年思っていた。
ビキニじゃないし、ワンピースタイプで可愛いものやパレオ付きのもので私好みの水着だったから買ったこともあるけれど。
後、海やプールに一緒に行く利点もあった。
女一人でいるからか、大して有り難くもないナンパをされてもセイが駆け付けてくれて男払いが出来た。一緒にいたら、声も掛けられず楽しめた。
セイは普段しっかり着込むタイプで分からないけど、水着になると意外と凄いのよね。細身でも筋肉がしっかり付いて、腹も割れている。
そんなところまで私好みだなんて……。
「聞いてる?」と聞かれて、現実に引き戻された。
「聞いてる。……あまり気乗りしないわ」
今は気乗りしなくても、暑さに負けて行きたくなる気もする。
年々暑くなっているのだから仕方がないでしょ。
「ならさ、何処か旅行しようよ?オレ達もう成人してるんだから、親の同意とか無くてもホテル泊まれるし」
「そうねぇ」
うん、確かに避暑地も良いわね。
出来るだけ人で混み合わない穴場を探して、ゆったり過ごせたら最高じゃない。
「で、アンタも一緒なの?」
「当然。ねーさん一人で行って何かあったら大変じゃん。変な野郎にナンパされたり、襲われたり。その点、オレはお利口だから同じ部屋で泊まってもエッチな格好でいても、ねーさんが“良し!”って言わなきゃ襲わないよ」
良し、って言ったら襲うんかい。
「同じ部屋に泊まらないし、エッチな格好もしないし、“良し”とも言わないから期待するな。……まぁ、お利口なら一緒でも良いか」
初めての旅行だから一人だとちょっと不安がある。
旅行に誘える程仲の良い友達もいる訳でもなく、一番気安いのはセイだった。正直、友達と呼んで良いのか分からないけど。
見た目のやんちゃさの割りにしっかりしているし、何となく頼っちゃうのよね。
「やった!」とガッツポーズ決めて喜び、さっそくスマホで検索を始める。
どんなところが良いかと聞かれたから、涼しい場所とだけ答えた。
涼しけりゃあ、海でも山でもかまわない。
そんな曖昧な答えでも楽しげに、嬉しげに目を細めていた。
【君の隣で夢を見る】