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「そんな訳ない!!」
元“愛し子”は立ち上がって声を荒らげた。
「星野百合もあなたを苦しめる最低最悪な悪女なんだから!ねぇ、わかって?ノアを本当に大事に想ってるのは私よ。私のお義父さんやお母さん、兄弟たちなの」
何処までも私を悪女にしたいのね。
というか、他に兄弟までいるの?
そこは気になるところだけれど……。
「聞くに耐えないわね」
「なら、出て行けば良いでしょ!そこはあなたのいて良い場所じゃないんだから!」
「そうね」
とりあえず、この客間から出ようかしら。
私は立ち上がって扉に向かうと、セイも後に続く。
「ノア、どこに行くの?」
「何処も何も、この部屋出ていって良いって言うから。オレ達は自分の部屋に行くんだよ。お前らはとっとと出てけ」
「出てけって、ここはお義父さんの別荘なのよ?だから、その女は追い出してよ。それで私たちはしばらくこの別荘で楽しみましょ?ノアも一緒だと嬉しい」
「初めに言ったが、ここはオレの別荘。オレ名義のな。だから、例え、生物学上の父親だろうが、勝手に許可していようが、テメェらを客として迎えるかはオレ次第。で、オレの不興を買ったテメェらが客になれると思うな。不法侵入者共」
いよいよ、テメェにまで口調が悪くなったわね。
セイがここまでになること初めてじゃない?
背中に手が添えられ、客間を出る。
「設定と違う」という声が聞こえて振り返りそうになったけれど、セイが背中を押すので振り返ることも出来ず。
客間を出たからには戻ってどうこうはしない。
大人しく帰ってくれたら、と思うだけだ。
「そういえば、私の荷物は?」
「あぁ、それなら先に部屋に運んでもらったよ」
行こう、と部屋に案内される。
階段を上って、少し奥に進んだ先。
「母さんが来た時に使っていたお気に入りの部屋でね、一番景色が良いんだ」
「良いの?そんな良い部屋使っても」
「良いに決まってる。これからは百合の部屋にしたら良いし。ただ、オレの部屋とちょっと離れているのが難点かな」
「そうなの?」
「そ。小さなオレは一人でも大丈夫!って強がって母さんの部屋から離れた部屋を選んでね」
「一人でもって……お化けでも出るのかしら?」
「当時はまだ周囲の森も鬱蒼として不気味だったんだよ。何か出そうな雰囲気でね」
「記憶はあっても、子供らしく怖がってた?」
「そ。意識は大人なのに、子供の頃は漠然とした不安があったよ」
窓から見える景色だけではなく、部屋も落ち着いた雰囲気で素敵だった。所々に見るからに高価そうな物があり、少し緊張するが。
壊さないかという不安があるわ。
それが表情に出てしまっていたのか、セイには苦笑される。
「子供特有のものだったかもしれないけど、百合と出逢ってから少し違う気もした」
「何が?」
「かつてのノアにはノエルがいた。何をするにも、何処に行くにも、ノエルが隣に。だけど、記憶を持ったまま生まれ変わった時に隣には誰もいなかった。在ることが当たり前だったから……寂しさと不安感がずっとあったよ。それが、百合と出逢って一緒にいる時だけは無くなったから」
かつてとは違う存在だ。私もセイも。
でも、記憶がある今は……それも含めて私達なのだろう。
思い返せば、私も記憶は無くても、いる筈の無い弟を探していた。
両親や兄達に「弟がほしいのか?」と聞かれたり、新しく百合の弟を作ろうかという話が持ち上がってしまうぐらいに、よく探してしまっていた。
結局、両親も良い歳だったので作らなかったが。
「そう……私も、セイと一緒にいる時は寂しさなんて感じないわ」
感じていたとしたら、思い出してから……セイにまた突き放されるかもしれないと思う時ぐらい。
セイという存在自体にはずっと安心感があったから。イラッとする時もあったけれど。
「良かった」
そう言って、抱き締めて来るセイをもう拒まない。
【君の隣で夢を見る】