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あの頃、今の様に振る舞えたら……もう少しマシな人生を歩めただろうか。
愛されないなら、信じてさえもらえないなら、さっさと見切りを付けて国を棄てて自由に生きれば良かったかもしれない。
今更ながら、そう思う。
私には前世の記憶と云われるものがある。
何が切っ掛けかは分からないけれど、大学に進学した時に思い出した。
今世で言う……ファンタジーな世界。魔法や精霊といった、今世には無い不可思議なものに溢れた。
そこで、私は公爵令嬢という高貴な身分で、『精霊の愛し子』という世界を創り出した神様の様な存在に愛された人間の一人だった。
同じく『精霊の愛し子』であった双子の弟と、二人で精霊の力を借りて国を護っていた。
不服なんて無かった。
王太子との婚約も仕方無いことで、貴族の家に生まれ、過ぎた力を持つなら自由が無いのも当然のこと。
孤独は誰より、共に生まれた弟が理解してくれたから寂しさも感じなかった。
けれど、三人目の『精霊の愛し子』が現れてから変わった。……何もかもが、変わった。
みんなが彼女を持て囃し、何故か……私が悪女と罵られた。嫉妬もしていない、彼女をいたぶってもいないのに。
そうなることは幼い頃に夢で見ていたから、驚きは少なかった。
ただ、その夢の話をして、そうなった時に「私を信じて」と約束をした弟もみんなと同じ様に私を罵った。
私は忘れない。その言葉を、その表情を。
独りになって、何にも希望は見出だせなくなった。
だから、あの世界に別れを告げた。
“死”という形で。
そして、気付いたら、まったく違う世界にいた。
星野百合という人間として、生まれ変わっていた。
思い出した瞬間の衝撃は今でも忘れない。
晴れやか気分で大学に進学したその日、一気に萎えたのだから。
同時に、前世の時には感じなかった、苛立ちを感じた。
今なら、不敬と言われ様と、相手が王族でもぶん殴っていただろう。
今世では、もう二度とあんな馬鹿げた三問芝居に付き合ったりはしない。
私は私の幸せのことしか考えない。
とはいえ、大学内でよく解らない因縁を付けられたのは頂けないわね。
陰気?陰湿?ナニソレ。
「外見の所為かしら……」
「何、まだ気にしてんの?」
大学からの帰り、お気に入りの喫茶店でお茶を楽しんでいた。
いつもの様に付いて来たセイも一緒に。……と言っても、コイツは人前でマスクを外さないから、何も飲み食いしないのよね。
嫌な客じゃない?
その分、私が頼むし、支払いはセイがするけど。
それは良いとして、ふと数日前のことを思い出したのよね。
ぽろっと零したら、セイに拾われた呟き。
後で聞いた話、私に因縁を付けて来たのは大学で人気者らしい男達らしい。名前もその時聞いたけど、忘れたけど。ついでに肩を掴んで来た男以外はチラリと見た程度だから、顔ももう覚えていない。
その程度の相手だが……言われた言葉にはちょっと引っ掛かる部分があった。
重たい黒い長髪を一つに纏めただけで、化粧っ気の無い顔。着ている物は、大体無地のシャツに縒れた上着、何処ででも売っている黒いパンツ。
簡単に言えば、私の装いは地味なものだ。
どんな人間かも碌に知らない男は性根が陰湿だと勝手に決めて掛かっていた。
それだけじゃない。
「見た目通り」と言った。
その地味さが陰湿に見えたの?
「私の見た目陰湿かしら?」
「え?普通にかわいいけど?」
「…………」
聞いた相手が悪かった。
何故か、このセイは出逢ってから、ずっとそんなことを宣う。
眼科に行った方が良いと思うわ。
それに、マスクを付けていても分かる。コイツは間違いなく美形だ。先日の男達にも負けないぐらいの。……たぶん、私好みの。
短いサッパリした髪をホワイトカラーに染めて、耳にはピアスを幾つも着けた、マスク男。
一見いたら不良?……ビジュアル系?みたいな装いで女を近付けない雰囲気を醸しているが、普通にモテそう。
そんな男に「かわいい」と言われてドキリとしない訳ではないが、そんな男だからこそ素直に受け取れない。
出逢った頃から……三年前から、イマイチ心意が読み取れないもの。
私の反応を見て楽しんでいる様にも見えるし。
「……私は地味に目立たず生きていけたら幸せなのに、それを陰湿と言われるのは心外だわ」
「ねーさん、今時は化粧っ気も無く、オシャレもしない女は反対に目立つって」
「そう?」
「うん、間違いなく」
まぁ、そうかもしれないわね。
派手なアンタが傍にいるから余計に。
もっと目立たず慎ましやかに、楽しく生きて行ける様に考えないといけない……か。
今更、オシャレなんて面倒だからしないけど。
【君の隣で夢を見る】