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あぁ、またしくじった。
調子に乗っていたとも言える。
パンケーキを幸せそうに頬張る様子が可愛くて、気持ちは浮かれたまま。
マスクを取っても、懐かしむ様な優しい目を向けられたから。
僕も昔を懐かしんで、こうして二人で幼い頃に一緒におやつを食べたことを思い出した。
親が見たら「はしたない」と言われたけど、親の目が無い時に自分達の好きな物を交換していた。フォークに刺して口に運び合うことも普通で……。
チョコと苺の組み合わせを彼女は特に好んでいた。
それでも、真っ先に選ばないのは癖なのだろう。昔から、そうだったから。
好きな物を知られると媚びる人間を調子付かせるから、知られるべきではないと親がしつこく言っていた所為かもしれない。
好きな物でも我慢し、諦めることが当たり前になっているのだと思う。
僕は特別好きな物が無かったから、彼女の好きな物ばかりを選んでいた。僕の好物だと思われて沢山貰うけど、食べれないからと彼女に押し付ける形で分けた。
そういうこともあって、彼女の好きな物を選ぶのは僕の癖になっていた。有り難迷惑かもしれないけど。
パンケーキもついチョコと苺の乗った物を選んでしまい、今のねーさんから教えてももらっていないことを口にした。
「……ノア」
さっきまでとは打って変わって、表情が強張っている。
呼んで欲しかった名前を呼んでもらえたけど、そんな表情をさせたかった訳じゃない。
言いたいことは沢山あったのに、上手く頭の中で整理が出来ていない。整理した筈だったんだ。それが名前を呼ばれた瞬間、吹き飛んで何の言葉も残らなかった。
「うん」と答えられただけ。
沈黙する。ねーさんも僕も。
でも、視線は下げなかった。
お互いに真っ直ぐ相手を見る。
何か言わないと、何か……。
「ねーさん…………ううん、ノエル」
呼ぶだけでいっぱいいっぱいになるなんて……。
ねーさんは、それに対して「はぁ」と息を吐き出した。
……呆れ、られた?
じっと見るしか出来なかった。
徐に、ねーさんが皿の上のフルーツ……桃?をフォークで刺して、僕に向けた。
えっと、これは……?
どうしようか。
動けずにいたら、むすっとした表情で「ん」とフォークの先を揺らす。さっさと食べろ、という様に。
様に、ではなく、間違いなく「食べろ」だな。
少し戸惑いはあって、おずおずと口を開いてから、食らい付く。
うん、桃だ。
甘みが口いっぱいに広がる。
呑み込んだら、今度はねーさんが口を開けた。
普段は気付かないし、かつては公爵令嬢という立場ではしたないからと控えめに開いているけど、結構大きく開くんだよな。
久しぶりに見た可愛い様に魅入っていたら、「くれるんでしょ?早く」と催促してきた。
そう、だった。先に始めたのは僕だ。
皿に下ろしたチョコの掛かった苺をもう一度食べ易い様に差し出した。
ねーさんもぱくりと口に食らい付いて、さっきまでむすっとしていた表情を綻ばせる。
昔、一番好きだった瞬間……。
彼女が素を一番見せてくれるから。
今は、いつでも豊かな表情を見せてくれて、毎日好きが募っていく。
この一口だけじゃなく、何度か催促されて、その都度口に入れてあげる。チョコを沢山付けたり、パンケーキと一緒に。
代わりにくれるのは桃だった。
食べ終わって一息吐いたところで、その理由が解る。
「アンタ、自分で好き嫌い無いと思っている様だけど、桃食べている時が一番表情柔らかくなるの。……あの頃は滅多に食べれない稀少な物だったから、自覚したとしてもそう手には入らなかっただろうけど」
そうだったんだ。
自覚は、無かった。
いや、無かったというより……たぶん、気付かないフリをしていただけかもしれない。
苺みたいに小さな鉢でも育てられる物は『精霊の園』に持ち込み、年中採れたけど、桃みたい木から成る物は無理で。保存出来る期間も短いから、僕達の国では稀少な物だった。
それを好きだと言っても、すぐに手に入るものではなかった。
幼い頃から少しの我儘も言わせてはもらえない環境で育った僕達は好きな物を好きとは言えず、それが稀少な物なら尚更。
一番好きな、女性のことも……好きとは言えない僕も、諦めることが癖になっていた。
「……うん、そうだね。好きだよ。一番好きなのはノアのことをよく見て理解してくれていたノエルだったけど。でも、今一番好きなのは……目を背けず、僕と向き合ってくれている星野百合だ」
今なら、迷わず言える。
我儘だと言われても良い。
「ねーさんのことがどうしようもなく好き。僕を、好きになって」
【君の隣で夢を見る】