1…私の自由
大学に入ってから一月程経った頃だった。
「止まれ、星野百合!」
講義は終わったから、帰ろうと門に向かっているところ。
不躾にも大声でフルネーム呼びをされたのは。
止まってやる義理もないから、止まらないわよ?当たり前でしょ?
隣を歩く舎弟みたいに付いてくる同級生の「セイ」は何が可笑しいのか、カラカラと笑う。
私は迷惑過ぎて笑えないんだけど?
肘で脇腹を思い切り叩き付けてやれば、その場に崩れ落ちた。
勿論、こいつのことも待たずに帰るわよ?
「聞こえているだろう。止まれ!」
……っ!
痛ったいわねぇ。
肩を強い力で掴まれ、力尽くという形で振り向かせるから、腹立たしい気持ちを込めて睨んでやった。
いけ好かない美形と目が合う。
「お前のことはエルから聞いている。見た目通りの陰気な女のようだな」
明らかに見下した視線。
その綺麗な顔ぶん殴って変形させてやろうか?
拳を握ったところで、私の肩から男の手が離れる。
離されたのか。
セイが男の手を叩き落として、私と男の間にデカイ身体を割り込んできた。
「私を下がらせるなんて良い度胸ね」
「え?オレ、ねーさんを助けに入ったのに?」
ひどくね?とぶつくさ言う。
「なら、私に触らせる前にどうにかしなさいよ」
「出遅れたの、ねーさんのせいだよ」
知らないわよ。
それより、その男達よ。
肩を掴んできた男以外にも似たような美形が二人と、男達にちやほやされたヒロイン気取りの女が一人近付いて来ていた。
周囲の学生がざわつく。
キャーキャー言う黄色い声も聞こえるから、人気者なのかしら?
「……で、アンタ達、誰よ?」
セイを少し横にずらして、聞く。
「私のフルネームを大声で言うなんて非常識極まりないことしておいて、自分達の名前も名乗らないなんて馬鹿なの?」
「なっ」
「はぁ?」
はぁ?は私の台詞だけど?
「名乗りなさいよ。見も知らない非常識な奴らに付き合って足止めてあげている、親切な私が話を聞いてやろうって言っているんじゃない」
アンタ達と違って、私は暇じゃないの。
さっさと言え!
と、声を荒らげないのは優しさよ。
「見も知らない?私達を知らないなんてことはないだろ。しかも、エルに嫌がらせしておいて、嘘をつくならもっとマシな嘘を吐くんだな」
何言っているのかしら?
自分達は有名なんだぞ、って言いたいの?
エルって誰?そこにいる女??
セイに視線を向けると、肩を竦められた。
「ねーさんはアンタらのこと知らないってさ」
「そんな訳ないだろう!俺たちと親しくしているからとエルを苛めて楽しんでいる陰湿な女が!!」
陰気に陰湿、か。
地味にしていた所為かしら?
「さっきからエルエル言ってるけど、そっちの女?」
「睨むな。その陰湿な女と違って、心根の優しい、素晴らしい女性だ」
「俺からしたら、ねーさん以上に良い女はいないし、他の女はクソ程興味無いからどんな女なんてどうでも良いよ」
恥ずかしげもないわね。相変わらず。
「ねーさん、あの女知ってる?」
「クソ程興味無いから、擦れ違ってても覚えていないわ」
「だと思った。オレもハッキリ覚えてないけど、たぶん同じ学部にいた気がする」
「そうなの?」
「たぶん」
へぇー、同じ学科なの。
「じゃあ、そっちの男達は?」
「何、興味あるの?」
オレ以外の男に興味あるの?
みたいな副音声が聞こえた気がする。
アンタにも言う程興味無いけど……。
「……不愉快な連中だから聞いただけ」
ホッとしてないで、答えなさいよ。
セイは答えないまま、男達の方を向いた。
「ねーさん、ホントにアンタらのこと知らないよ」
「そんな訳な」
「アンタらの基準で話してんじゃねーよ。自分達が人より目を惹く外見してるからって万人にウケるなんて自惚れてんのか?アンタらに興味の“き”の字も無いねーさんに因縁付けて何様だよ?こっちはアンタらの顔も名前も知らねぇのに、いきなり名前大声で呼んで掴み掛かってくるなんて気持ち悪ぃことしてる自覚ある?」
よく言った。
後で、ちょっとお褒美をあげても良いわ。
今までこんなこと言われたこと無いのでしょうね。
呆然としていた。
そして、カッと顔を赤くして……。
「なら、エルが嘘を吐いていると言うのか!?」
「だって嘘じゃない。私ねぇ、自分の人生にまったく関係無い赤の他人に無駄な時間を費やす程暇じゃないのよ」
「嫉妬したくせに!愛らしいエルに」
「嫉妬する要素が無いわね。まったく知らない人間に」
さっきから、そう言っているんだけど、その耳は飾りかしら?
エンドレスは勘弁してほしいわ。
もう切り上げましょ。
「無駄な時間だったわ」
人の話を聞かない奴らとじゃ話なんて出来ないもの。
構わず、門に向かうことにする。
「待て!」と引き留め様とする声がするけど、私には関係無い。
今度はきちんといなせた様ね、セイは。
【君の隣で夢を見る】




