11…悪夢からの目覚め
『ノア、信じて』
いつも何処か諦めた様に生きていた彼女がまっすぐ僕を見て、そう言った。
初めて、譲りたくないものを主張する言葉が、僕は嬉しかった。
そして、その言葉を裏切りたくはなかった。
手を固く握り合い、深く頷いた。
『信じる。何があっても、僕は君と一緒にいる。君の隣にいる──ノエル』
けれど、僕はその数年後に彼女を裏切ってしまう。
あの女が現れて、全てが狂い出す。
あの女は、毒花だった。
甘い香りをばら蒔き、人々を惹き付け、支配する。
或る意味では喰われた者もいただろう。
僕達が16になる年、僕達と共に学園に入学して来た。
元は平民で、国の片隅の領で暮らしていたらしい。
そこで流行った原因不明の病を精霊の力を借りて治したことで、僕達と同じ『精霊の愛し子』と呼ばれる存在だと明らかになった。
精霊は、その世界では神の様な存在。
『精霊の愛し子』は、そんな大いなる存在に愛され、力を分け与えられた稀代の者だった。
その特別な力を用いて、古くから我国は栄華を護り続けていた。
それが三人……僕と彼女と、あの女の三人も同じ時代に現れるとは誰も思いもせず。
また、三人いたことで護られていた均衡が崩れるとも思ってはいなかった。
あの女の存在は直ぐ様、国中に知れ渡り、あの女がいた領の主であった貴族は自身の養子として迎えた。
身分が貴族となったことで、貴族の子息令嬢の通う学園に入学することになったのだ。
これまでは、『精霊の愛し子』を二人も同時に排出したことで王族並みの利権を持っていた僕達の生家、公爵家にとっては立場を揺るがす事態で、あの女に負けない様にと言われ続けた。
特に、王族……第一王子であり次期王となる王太子と婚約していた彼女への精神的負担は大きかっただろう。
僕は隣で支えようと思っていた。
思っていたのに、僕もまたあの女と出逢って可笑しくなった。
大切に想っていた筈の彼女を疎ましく思う様になった。同時に、あの女をとても好ましい女性に見えた。
今にして思えば、何かに操られていた様に思う。
あの女が言うことが全て事実だと信じ、他の者達と一緒になって彼女に酷い言葉を沢山浴びせた。何が事実かも確かめもせず、あの女の求める真実が作り上げられた。
彼女は悪女と呼ばれる様になった。
そして、彼女の周りから人だけではなく、精霊も姿を消した。
同じ『精霊の愛し子』……いや、それ以上に精霊に愛されているあの女を苦しめることをしたのだから当然と誰もが思う。
僕にもこれまで見えていた彼女の周りにいた精霊達の姿が見えなくなった。
愛想を尽かされたと、僕も思った。
その後もあの女は彼女からの仕打ちを訴え続け、あの女の命まで脅かす事件まで起きた。
もう『精霊の愛し子』として役には立たない罪人とされた彼女を国も公爵家も見限る。
しかし、仮にも『精霊の愛し子』と呼ばれていた者だ。簡単には命を奪えない。万が一があっては国の存亡に関わる。
他国と組んで国を害する可能性もあるから、生かすにしても隠さなければならない。
一先ず公爵家で謹慎させられていた彼女を近々城の地下深くの牢に入れる予定が立った。
その地下牢へと移される、前日。
彼女は部屋から消えた。
逃げたのだろうと、皆で捜した。
周りが彼女への苛立ちを見せる中で、僕は違った胸騒ぎがしていた。
一人で、そこに向かったのは何故か。
『どうして……』
始めに、突き放した時に見せた彼女の表情が頭を掠めた。
その時は酷く冷めた気持ちで、『私は何もしていない』と言い切る彼女が滑稽で愚かしく見えていた。
……のに、思い出した時には、自身のしたことに苦さを覚えた。
苦みは、痛みへと変わる。
国で最も美しく、精霊達が最も好んだ場所『精霊の園』。
彼女は、そこにいた。
花畑に横たわり目を瞑る姿は美しかった。眠っている様で……。
眠っていると思ったのだ。
起こそうと思って、その冷たい頬に触れるまでは。
触れて、覚ると同時に……ずっと僕を捕らえて離さなかった何かが吹き飛んだ。
身体が軽くなった気がしたが、反対に心が重くなった。
何故、こうなるまで気付かなかったのか。
【君の隣で夢を見る】