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駅前から離れてしまったが、何処に向かっているのか……。
人の量が疎らになって来たところまで来ると、少し歩く速度が落ちる。
手は握られたまま。
祭りや人の多い場所にいる時ははぐれない様にと以前から繋ぐことはあったけれど、デートの日のこれは特別かもしれない。もう人も多くはないし、道も広いから。
力を抜いたら、反対にもっと強く握られたもの。いつもなら、あっさり手離すのに。
改めて握り返すと、繋ぎ方が変わった。所謂、恋人繋ぎ。
恥ずかしげもなく、やるからどんな顔をしたら良いか分からなくなる。デートを意識した所為ね。弟相手にドキドキしちゃうなんて……。
「ねーさん」
「何?」
「だいぶ時間早いよ?」
「アンタはもっと早くからいたみたいじゃない」
「んー……楽しみで?」
「……私も」
「そっかぁ」
嬉しそうな声。
「じゃあ、ちょっと早いけど行こうか」
「えぇ」
デートの開始だ。
デートって何をするものか、よく解っていないから付いて行ったらショッピングモールが見えてきた。
勢いで歩き出しただけだと思ったけれど、セイはちゃんと目的の場所に向かっていたのだと気付く。
買い物デートなら、モールなら色んな店があって良いかも。
ここはまだ来たことが無かったから、楽しめそう。
ただ、家を早く出てしまった為に…………お腹が、鳴ってしまった。
恥ずかしい……!
軽く店を見て回ろうと話していたら、だ。
「ご飯食べて来なかった?」
「朝はしっかり食べたわよ」
「もう昼だよ?」
クスリと笑われた。
また、鳴ると「かわいい」と言われて、手を引かれる。
「軽くが良い?それともガッツリ?」と聞かれて「軽く」と答えると、軽食が食べられそうなカフェに入った。
メニューを見たら、美味しそうなパンケーキがあった。フルーツの乗ったものが良い。
外でパンケーキなんていつぶりかしら。
「決まった?」
「えぇ。セイは何も食べないの?」
「オレは……」
「デートなのに、私だけ食べさせる気?一人暮らし始めてから、ずっと一人で食べているの。こういう時ぐらい一緒に食べたい」
「……そ、だね。ねーさん、それにする?他に食べたいのある?シェアしよう」
少し悩んだ様だったけれど、じっと私の顔を見てから、何かを吹っ切った様にメニューに目を落とした。
フルーツがいっぱい乗ったパンケーキとチョコと苺のパンケーキを選んで、シェアすることに。
目の前に置かれたパンケーキが輝いて見えた。
メニューの写真の通り、フルーツいっぱいでクリームもたっぷり。笑顔になる。
セイの前に置かれたチョコと苺も美味しそう。
パンケーキに気が取られて、気付たらセイは取ったマスクをポケットに突っ込んでいるところだった。
思わず「あ」と洩らしてしまって、目が合う。すると、「さぁ、食べよ?」と笑顔を向けられた。
不快には思われなかったのは良かったけれど……笑顔が眩しい!
かつての弟と大差無い綺麗な顔立ち。弧を描く口元に、かつてと同じ様に黒子がある。
……あぁ、ノアだ。
胸がじんとして、懐かしさが込み上げる。
それを胸に秘めるだけで、表情に出ない様にパンケーキに目を落とした。
「頂きます」と手を合わせてから、食べ始める。
一口大に切ってフルーツとクリームを乗せて、頬張ると自然に笑顔になる。……至福。
食べながら、セイを見る。
上品だ。切り分ける手付きも、口に運ぶ動作も。前世を彷彿とさせた。
「クリーム付いてるよ?」
え?
懐かしむ気持ちに浸っていたら、セイの手が伸びて来て、頬に触れる。
指でクリームを拭ってくれたのだが、そのクリームの付いた指を平然と自分の口に持っていく。
舐めたのだ、私のクリームを。
いつか見た少女漫画みたいなことを、した。
眩暈がしそうな、何て言い表せば良いか解らない気分になる。顔が熱いのは何故?
処理し切れない気分に畳み掛ける様に……。
「ねーさん、苺にチョコ好きだったよね?」
ほら、とチョコの掛かった苺をフォークに刺して差し出してくる。所謂、「あーん」というやつ。
だけれど……何故、それを私が好きなことを知っているの?
確かに好きだ。
でも、セイに言った覚えは無い。
だって、一緒に食事もしたことがないのだから。一緒に食べない奴に何が好物かなんて教えない。
セイの前で飲食をしても、そればかりを選んで食べたことも無い。
今だって、私は色んなフルーツが乗ったパンケーキを選んでいる。
チョコと苺の乗ったパンケーキは、セイが選んだものだ。
頭が、急激に冷めていく。
それが好きだと知っているのは、今の家族だけの筈だった。仲の良い友達もいなかったから。
前世からの好物でも、両親やノエル付きの侍女でさえ知らなかったこと。
唯一、知っていたのは
「……ノア」
【君の隣で夢を見る】