住めば、都かもしれない 6
「なんで、桃は、特進寮に入れたの?中等部1年て、吉井が首席だろ。」
野村さんは、わかめの味噌汁に白米を投入した猫まんまを豪快にかきこんだ後、核心を突くような質問をしてきた。
多分、寮の人全員が、疑問に思っていたことだと思う。
「私の家って、お金持ちなんです。」
少し箸を止めて考えた後、野村さんは、なるほどと呟いた。
「ちょっと、朝子。無神経なこと言わないの。」
「別に気にしません。実際、ずるいですから。」
とがめるような口調の坂野さんを制した私は、いつものように平静を装った声で言った。
「でも、」
「本当に平気です。」
はっきり言い切った時、沢庵をかじる音が、ポリっと響いた。
見ると、望月さんが、沢庵を咀嚼していた。
背筋をすっと伸ばして、沢庵を口に運ぶ金髪の男は、空気を全く読んでいないが、妙に爽やかである。
沢庵を食べ終えた望月さんは、おもむろに口を開いた。
「平気とは、少し違うんじゃないかな。」
「え?」
望月さんの茶色い瞳は、私を真っ直ぐに見据えていた。
柔らかい視線のはずなのに目を逸らすことができない。
動揺した私に望月さんは、にこりと笑いかけた。
「野村さんは、正直な子で、坂野さんは、人の心配をできる子だよ。ここに慣れるといい。君にとって、とても優しい場所になるはずだから。」
「俺は、家庭的な子だ。」
いきなり、間宮さんが、自己申告した。
「確かに宗一郎の沢庵は、最高だね。」
「間宮家秘伝ですから。」
望月さんと間宮さんは、平然と会話を続けている。
「やっぱり、料理上手は、はずせないよな。おい、坂野。味噌汁、しょっぱいぞ。」
「うるさいわね。あんたの分だけ、塩分濃度上げたのよ。」
「ホント、いい性格しているな。」
真咲さんと坂野さんは、朝から仲良く喧嘩を始めた。
「気持ちいい朝ね。」
飯田さんが、ご機嫌な調子で呟いた。
「はい。とても。」
野村さんが、相槌を打つと、お茶を啜った。
ここに慣れる日なんて、来るのだろうか。
***
ビン底眼鏡を掛けた少年は、朝食に姿を見せなかった。
吉井くんを見かけたのは、お昼休みだった。
4時限が、美術だったので、後片付けをしていたら、すっかり遅くなってしまった。
私は、チョコチップメロンパンが売り切れていないことを願いながら、急ぎ足で売店に向かっていた。
パンを買っておいてくれる友人さえいない。
我ながら、淋しい人生である。
2号館と3号館をつなぐ渡り廊下を通った時、ふと窓の外に見覚えのある後ろ姿が目に入った。
木の下に立っているのは、くしゃくしゃ頭の吉井くんだった。
どうやら、携帯電話で誰かと話しているようだった。
うちの学校は、建前上は、校内に携帯電話を持ち込むことは禁止されているけれど、ほとんど守っている人はいない。
でも、真面目そうな吉井くんが、堂々と携帯電話を使っているのは、意外な気がした。
特進寮の住人は、意外な面を持っている人が多い。
案外、吉井くんもパソコンオタクとか携帯依存症のあぶない人かもしれない。
まあ、かかわることもないだろう。
・・・・
私の場合、楽観的な予感は、往々にして外れる。