表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

住めば、都かもしれない 4


「うぅ。胃が、ムカムカする。」


一緒にお風呂に入ろうと誘う坂野さんの誘いを振り切って、部屋に戻った私は、ベッドの上で唸っていた。


夕食で勧められるがままに調子に乗って食べすぎたせいか、どうも調子が悪くなった。



ひと眠りすれば、治まるかと思っていたけれど、甘かった。


胃が痛くて眠れない。


お茶でも飲んだら、落ち着くかもしれないので、キッチンへ行くことにした。


キッチンには、明かりがついていた。


誰かいるのだろうか。


坂野さんだったら、どうしようと思いながら、恐る恐る覗くと、ジャージの後ろ姿が見えた。


夕食の時にはいなかった中2の人だろう。


だけど、また男の人。


この寮って、男ばかりだ。


「こ、今晩は。」


振り返った相手は、私を少し訝しげに見つめた。


私より少し背が高くて、茶色っぽいくせ毛と半月形の瞳が、猫みたい。


「えっと、誰だっけ。」


少し高めの声は、寝起きなのか、かすれていた。


「今日からお世話になります、中等部1年の雲野桃です。」


しばらく沈黙があったが、その人は、ああと呟いた。


「新しい人か。自分は、野村あさ」


キッチンタイマーが、ピピピと鳴った。


野村さんは、くるりと向きを変えると、流し台の上にあったカップヌードルに手を伸ばした。


フタを剥がすと、立ったまま、麺をすすり始めた。


「あの、ちらし寿司が、冷蔵庫に入ってますよ。」


「もう食べた。こっちは、味噌汁代わり。」


野村さんは、それだけ言うと、また食べ出した。


なんだか、大学生の光くんを思い出した。


サッカーのサークルに入っていた光くんは、夜遅くに帰ってきて、夕飯だけじゃ足りないからと、カップめんを食べていた。


夜中のキッチンで、よくカップめんを食べているジャージ姿の光くんを見かけた。


見ていると、光くんは、決まって言うんだ。



「一口食べる?」



問いかけてくる野村さんが、一瞬、光くんと重なった。


やっぱり、まだまだ傷は癒えていないらしい。


私は、苦笑気味に笑うと、首を横に振った。


「いいえ、いいです。ちょっと、胃の調子が悪くて。お茶でも飲もうかと思って。」


すると、野村さんは、カップを置いた。


「待ってて。胃薬あげるから。」


「え、大丈夫ですよ。」


野村さんは、ふわっと微笑んだ。


猫の微笑って、こんな感じなのかなと思うような悪戯っぽい笑顔だった。


待っててと、もう一度言うと、野村さんは、キッチンを出ていった。


すぐに戻ってきた野村さんは、胃薬の箱を私の手に乗せた。


「結構強い薬だ。初めてだったら、1粒にしておいて方がいいよ。」


お礼を言うと、野村さんは、再び猫の微笑を浮かべた。


「おやすみ。」


その声は、するりと私の胸に入ってきた。


私のドクンと大きな音がした。




***




「もーもちゃん。朝ですよ。お・き・て。」


頭の上で響くモーニングコールを聞いて、昨夜、ドアの鍵を掛け忘れたことを思い出した。


でも、だからって、無断で入ってくるって、どうよ。


目を開けると、大きな黒い瞳が、私を覗きこんでいた。


カールした睫毛は、マッチ棒が乗りそうなほど長い。


「おはようございます。坂野さん。」


真っ白な寝巻姿の坂野さんが、眩しい。


大体、今の私にとって、純白は、鬼門なのだ。


「やだ、桃ちゃんたら。ゆりお姉様って、呼んでと言ったでしょう。」


「そうでしたか。」


「やだ、桃ちゃんのわ・す・れ・ん・ぼ・う・さ・ん。」


坂野さんは、ちっともメゲナイ。


「あの、シャワー浴びてくるので、ちょっといいですか。」


なんとか、ベッドから抜け出したけれど、坂野さんは、私の腰にしがみついてくる。


「私も一緒に入ろうか・な。」


「結構です。」


ごねる坂野さんを残して、階段を駆け降りた。


一階のバスルームとトイレは、男女にそれぞれ一つずつある。


坂野さんは、二階にいるので、女子用バスルームは、当然のことながら、誰も使っていない。


内側から鍵さえかけてしまえば、こっちのものである。


勢いよくドアを開けた途端、もわっとした蒸気に視界を遮られた。


えっと思って後ずさった時には、もう後の祭りである。


立ち上る蒸気の中から現れた背の高い人物を見た時、私は、顎が外れるほど驚いた。


「あれ、桃。お前もシャワー?」


浴室から出てきた野村さんは、私を見て、猫の微笑を浮かべた。


石化している私をよそに野村さんは、平然とブラジャーをつけている。


そう、ブラジャーを・・・・え?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ