住めば、都かもしれない 3
食堂のテーブルは、8人掛けだった。
寮生は、7人だから、残る一席は、寮母の飯田さんの席だろう。
テーブルには、3人の男の人が座っていた。
奥に座っている二人は、多分、高等部の人だろう。
一人は、がっしりした体格の大柄な人で、柔道部の主将とかラグビー部のキャプテンが似合いそうだ。
一直線の太い眉が、性格も表していそうである。
その隣に座っている人は、対照的で、ほっそりとした長身の中性的な人だった。
淡い金髪と茶色い瞳が、柔らかで上品な印象を与えている。
手前の席に座っている男の子が、私の同級生だろう。
特進クラスと私のクラスは、かなり離れているので、面識はない。
学年首席君は、絵に描いたようなガリ勉らしく、ビン底眼鏡を掛けていた。
ついでにもしゃもしゃの前髪のせいで、顔がほとんど見えない。
隣に座ってから、ちょっと覗きこんでみたけれど、顔を逸らされてしまった。
「はい、注目して。こちらが、今日から入る雲野桃ちゃん。中等部の1年生よ。優しくしてあげてね。」
「よろしくお願いします。」
坂野さんの威勢のいい紹介を受けて、私は、頭を下げた。
「高等部3年の望月暁といいます。これから、よろしく。」
金髪の人は、にっこりと笑った。
「高等部2年の間宮宗一郎だ。よろしく。」
大柄の人は、イメージ通りの低音で武骨な挨拶をした。
高等部の二人が挨拶を終えても、ビン底眼鏡君は、何も言い出さない。私から挨拶した方がいいのだろうか。
「4組の雲野です。よろしく、吉田くん。」
「吉井です。」
気まずい沈黙が流れた時、大皿を持った飯田さんが、真咲さんを従えて、キッチンから出てきた。
「おまたせ。今日は、雲野さんの歓迎会だから、張り切ったわよ。」
そう言いながら、テーブルの真ん中に置かれた大皿には、色鮮やかなちらし寿司が入っていた。
穴子も乗っていて、すごく美味しそうだ。
「ありがとうございます。」
小さな声でお礼を言うと、飯田さんは、丸い顔に優しい笑顔を浮かべた。
「遠慮せず、どんどん食べろよ。海老フライもあるからな。」
真咲さんは、私の皿に海老フライを乗っけながら、言った。
「そうよ。桃ちゃん。すぐに食べないと、真咲に食べられちゃうからね。」
坂野さんの言葉を聞いた真咲さんは、顔をしかめた。
「そんなに意地汚くないぞ。」
「冷蔵庫に入ってた私のプリンを食べたのは、どこの誰だったかしら。」
「飯田さんが買っておいてくれたのと勘違いしたんだよ。大体、4つもあったじゃん」
「図々しいわね。全部、私のよ。今晩、桃ちゃんと一緒に食べようと思ってたのに。」
「2つにしとけよ。性格悪い上に太ったら、目も当てられないぞ。」
「あんたの口の悪さに比べたら、かわいいもんよ。」
「『かわいい』ほど、お前に似合わない単語はないな。」
「無神経もほどほどにしないと、いつか痛い目みるわよ。」
「その心配はないね。お前に出会ったことが、人生の中で、一番痛いからね。」
坂野さんは、30センチも差がある真咲さん相手に一歩も引かない。
飯田さんや他の3人は、気にも留めない様子で、食事を始めている。
「雲野さん、刻み海苔かける?」
望月さんに聞かれた私は、頷いた。
「あ、はい。でも、いいんですか。」
「真咲と坂野だったら、気にしなくていいよ。いつものことだからね。」
望月さんは、細くて長い指で私のちらし寿司の上に刻み海苔をパラパラとかけた。
透き通るような手と刻み海苔は、面白いほどミスマッチしていた。
気になっていたことを聞いておこうと思った。
「あの。」
「何かな?」
少しハスキーな声は、なんとも甘く響いた。
「望月さんて、男の人ですか。」
望月さんは、少し驚いたように目を大きく開いたけれど、すぐに優しい声で答えた。
「そうだよ。」
「美人ですね。」
素直な感想を述べると、望月さんは、くすりと笑った。
「面白いね。桃ちゃんて、呼んでいい?」
「いいですよ。」
私は、こくこくと頷いた。包み込むように優しい茶色い瞳に抵抗できる女の子なんて、いないだろう。
魅せられたまま、望月さんを見つめていた。
やばいかもと思った時、間宮さんに低い声で名前を呼ばれた。
「雲野さんは、どこか部活に入っているのか?」
「いいえ。」
「そうか。」
唸るように呟いたまま、間宮さんは、少し黙った。
それから、少し躊躇いがちに口を開いた。
「もしよければ、家庭科部に入らないか。」
「え。」
お互い戸惑った間宮さんと私の間をとりなすように、望月さんが助け舟を出した。
「間宮は、家庭科部の部長なんだよ。部員が少なくて、困っているみたい。」
望月さんの言葉を聞いた私は、かなり仰天した。
柔道部の主将みたいな間宮さんが、家庭科部の部長って・・・・。
「活動は、週3回だ。調理は、週1で、手芸は、週2で行う。」
間宮さんは、低い声で説明をしてくれた。
想像できない。
間宮さんが、巨体を丸めて、玉ねぎをみじん切りにする姿やビーズの刺繍をする姿なんて、想像できないよ。




