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住めば、都かもしれない


「雲野さん。雲野桃さん。」


気がつくと、中年の女性が、ソファーに座った私の顔を覗きこんでいた。


「あ、ごめんなさい。えっと、」


慌てて謝ると、女性は、にっこりと笑った。


「寮母を務める飯田比佐子と申します。困ったことがあったら、何でも聞いて下さいね。とりあえず、荷物を部屋に運びましょうか。」


「お願いします。」


玄関に置いてあったスーツケースを持ちあげた私は、飯田さんの後を追った。


私の部屋は、2階の一番端だった。


ドアには、すでに私の名前が書かれたネームプレートが掛っていた。


中に入ると、ベッドと勉強机と年季の入った箪笥が置かれているだけの素っ気ない部屋だった。


部屋の奥には、先に送っておいた段ボールが、置かれていた。


「何もない部屋でしょう。前に使っていた人は、男の子だったから、鏡もない部屋なのよ。」


私の心中を察したのか、飯田さんは、ふふと笑った。


「キッチン、食堂、書斎、トイレ、バスルーム、洗濯機、乾燥機は、共同で使うことになっているわ。食事は、朝の7時と夜の7時に食堂へ来てね。お昼は、各自でとること。細かい規則は、お夕飯の後に説明するわね。荷解きを手伝った方がいいかしら。」


「ありがとうございます。でも、大丈夫です。」


「あら、そう。私は、下のキッチンにいるから、いつでも声を掛けてね。」


飯田さんが部屋を出て行った後、私は、ベッドに腰を下ろした。


泣きだしたいほどじゃないけれど、じっとりと湿った喪失感が、全身を覆っている気分だ。


だけど、感傷に浸っていては、一向に気が滅入るばかりである。


「よっし。」


典型的な掛け声を出すと、段ボールに歩み寄った。


荷物整理は、あっという間に終わってしまった。


衣服類を箪笥にしまい、机の上のラックに教科書を立てると、それで終いである。


プーさんの置き時計を見れば、夕食の時間まで1時間以上あった。


あまりに暇なので、光くんにメールを打つことにした。


スーツケースの中から光くんに買ってもらったマックのノートパソコンを取り出した。





今晩は、光くん


今頃、ハネムーンを楽しんでるかな。


引越しは、無事に完了しました。


寮母さんも優しそうな人だよ。


学校まで歩いて5分の距離は、魅了的だと思わない?


せっかくなので、一人暮らし気分を思いっきり楽しもうと思っているんだ。


光くんも明美さんと新婚生活を満喫してね。


桃より





送信ボタンを押した時、ドアをノックする音が聞こえた。


はいと返事をすると、高めの女の子の声が聞こえた。


「隣の部屋の坂野です。」


そういえば、この寮は、特進クラスの中でもトップの人だけが入れる特進寮だ。


特例の私は、別として、きっと知的な人に違いない。


緊張してきた私は、椅子から立ち上がると、ドアに向かって声を掛けた。


「ど、どうぞ。」


開いたドアの向こうには、小柄な少女が立っていた。


長い黒髪に真っ白な肌をした、なんだか人形みたいな女の子だった。


淡いピンク色のワンピースの裾から見える脚は、うっとりするほど細い。


しばらく、見惚れていると、艶やかな赤い唇が、動いた。


「私、中等部3年の坂野ゆりと申します。中等部1年の雲野桃さんですか。」


「あ、はい。」


間が抜けた返事をした私を見た坂野ゆりさんは、きゃあと歓声を上げた。


「待ちに待った女の子。桃ちゃんなんて、かわいいい名前。」


華奢な腕は、案外力強く、気がつくと、坂野ゆりさんは、私のお腹を抱きしめていた。


「ああ、柔らかい。シャンプーの豊潤な香り。すべすべのお肌。」


意味不明な言葉を呟きながら、小柄な美少女は、うっとりと私を見上げている。


「百合趣味だから、ゆりじゃないわよ。」


「は、はあ。」


ねっとりした視線を向けられると、嫌な汗が背中を伝った。


百合趣味って、レズのことだよね。


「レズビアンよりは、もう少しソフトな同性愛よ。ゆりお姉様って、よ・ん・で。」


私の脳裏に浮かんできた疑問に答えるように耳元で囁かれると、鳥肌が立った。


「あの、その。」


離れたくても、体が石のように硬直してしまって、動けない。


背伸びをした坂野さんの整った顔が近づいてくる。


「いいのよ。何も言わなくて。一つ屋根の下で生まれるのは、恋しかないわ。桃ちゃんは、美しい私のと・り・こ。」


最後の『こ』の発音が終わらない内に生温かいものが、私の唇に触れていた。


ギャース。


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