住めば、都かもしれない 8
学食ラウンジを脱兎の如く飛び出した私は、教室へ向かった。
結局、チョコチップメロンパンどころか、食べる物さえ買えなかった。
お腹が空いてるけど、今更、学食へ戻る勇気なんてない。
というか、1週間くらい、学食へ行けそうもない。脱力したまま、ふらふらと歩いていると、廊下の先からいい匂いが漂ってきた。
空腹のせいか、引き寄せられるように匂いを追うと、調理室に行き着いた。
いきなり、お腹が鳴った。
急いで立ち去ろうとした時、ドアが開いた。
出てきた大きな体の持ち主は、私を見下ろすと、腕を掴んで中に引き入れた。
「腕、痛いです。」
「ああ、悪い。そこに座れ。」
間宮さんは、私の腕を離すと、近くの椅子を指し示した。
黄色いエプロンをつけた間宮さんは、炊飯器から茶碗にご飯をよそって、私の前に置いた。
「あの、」
「キンメダイの煮つけときんぴらもあるぞ。味噌汁は、ちょっと待ってろ。温めてやるから。」
あっという間に用意された和風定食を前にごくりと喉が鳴った。
せっかくだから、いただこう・・・ん、んん。
「美味しい。美味しいです。」
間宮さんが、武骨な手で作った料理は、どれも驚くほど美味しかった。
甘辛い煮つけと少し硬めのご飯は、相性抜群だったし、シャキシャキと歯ごたえのいいきんぴらごぼうは、ふりかけてある白胡麻まで質の良い物を選んでいるようだった。
一品一品の感想を言うと、間宮さんは、口元をほころばせた。
「家庭科部に入れば、作り方を教えてやるぞ。」
「これは、勧誘ですか。」
「そうともいうな。」
そんなことを言うわりに間宮さんは、それ以上何も言いわず、私の前にお味噌汁の入ったお椀を置いた。
間宮さんは、とても静かだった。
外で降りだした雨の音だけが、響く。
「さっき、坂野さんに失礼なことを言ってしまいました。」
美味しい食事のせいか、雨のせいか、私は、間宮さんに学食で起きたことを話してしまった。
話し終わった後、間宮さんは、どんぐりみたいな目をぎょろりと動かした。
体格は威圧感あるくせに仕草は、動物みたいなかわいらしさがある。
「雲野は、潔癖だな。」
「きれい好きな方ではないんですけど。」
「洗い物は、手伝ってもらうぞ。」
その返事を聞いて、安心した。
間宮さんは、私の中を覗こうとしない。
「もちろんです。ごちそうさまでした。」
投げられたスポンジをキャッチして、微笑んでみせた。
間宮さんの驚いた顔は、フクロウに似ていた。
***
ロッカーに入れておいたジャージが無くなったことに気がついたのは、6時限が始まる前だった。
どうせ、昼休みのことが原因だろう。
しかし、窃盗は、犯罪である。
大体、こんなことしたって、自分が後味悪いだけではないか。
おそらく、ジャージは、ゴミ箱にでも捨ててあるのだろう。
見つけることができても、汚いから、使いたくない。
新しいジャージを注文しなければ。別に大したことじゃない。
どうせ、お金なんて、腐るほどあるのだから、何十着も買ってもらえばいい。
なんてことないと自分に言い聞かせた。
でも、なんだか胸が苦しくなった。
きっと、間宮さんと話して、気が抜けていたのだろう。
迂闊だったと思いつつ、胸がひりひりと痛むのを感じた。
誰かに悪意を向けられるのは、苦しい。
悲しい。
光くんに会いたい。
うえーん。