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第10話  ジニアと彼の小さな旅路


 がらがらがらとキャスターの、音が耳に、振動が尻に響く。どちらももううんざりだ。たとえこれを下りたとしても、頭は一生この音でいっぱいで、尻は骨ごとへこんだままなんじゃないか。そんな風にジニアは思った。

 スーツケースの中に入り、ずっとマーチに引かれている。もうどこを歩いているのかも分からない。分かるのは、これに乗るのが好きだったなんて嘘だ、ということだけ。


 生地を透かしてわずかに見える、マーチの影に問いかける。

「ね。これから行く、零地址(リンディズゥ)っての? 大丈夫なのかな、黒社会《ヘイシャーホェイ》なんでしょ」


 答えはなく、ただキャスターの音が続く。


 息をついて腰を浮かす。ケースの中で小さく跳ねた。

「ねえって! なんか言ってよ、聞いてんの……あ」

 黙って、キャスターの音がまた耳につき始めた頃、続けた。

「……もしかして、喋れない? その、体だから?」


 マーチは変わらず答えなかった。足取りが変わることもなかった。


 両手の指先を突き合わせながら言う。

「あ~……じゃ、こうしよ。あたしが喋るからさ、何か聞いて答えが、はい、だったら指で一回、いいえだったら二回叩いて、スーツケースを。どっちでもなかったら三回。オーケー?」


 マーチの足取りは変わらない。段差か、不意に持ち上げられて、ジニアは中でつんのめった。

「ちょ、分かってんの、はいだったら一回だよ。いい、はい! ほら、はい!」

 音を立ててケースが下ろされ、またキャスターの音が響く。はいもいいえも無いままに。


 ジニアは鼻でため息をつく。

「もー、ちょっともー、これだから社交性の無い人ってやだよ。マーチってさ、女の人とつき合ったことないでしょ」


 変わらず、キャスター音と靴音が続く。


 内側に背をもたれさせて言った。

「ほら答えたくなかったらこれだ、だんまりだー。つき合ったことないんだー」


 ジニアは笑って、しかしやがて表情を消す。もたれさせていた背を浮かせ、姿勢を正した。

「……あのさ。マーチって、死んでる、んだよね。どうやって生き返ったの」

 答えはない。

「だいじょぶ、なの? なワケないよね、死んでてその、喋るのも無理みたいだし」


 靴音が響く。


「あの……ね。……何で、死んじゃったの。あいつら、に?」

 ジニアは息を飲んで、それから吐き出す。続けて言った。

「……あたしの、せい」

 キャスターの音は止まらない。ただ、スーツケースが二度叩かれた。


 ジニアは口を開けていた。やがて閉じた口の端が、しわり、と歪む。

「……ごめん。ごめんなさい」


 変わらず、マーチの歩みは続いた。


 しばらく歩き、また段差か、スーツケースが中に浮く。階段だったのか、一段一段と上がっていく感覚。太く強く、冷たい腕に抱えられて。

 床に下ろされ、またキャスターの音が続く。帆布地に映る影を見ながら尋ねた。


「ねえ。何で、そんなになってんのにさ。助けてくれるの。あたしを」


 やはり、もう応えはなかった。


 ジニアは小さくため息をつく。もぞもぞと中で動き、マーチの方へと背中をもたれさせる。元来た方を向いてつぶやいた。

「……パパ」

 ひどく震えたように、がたり、とケースが音を立てた。マーチの足が突然止まる。


 背中をぶつけて、ジニアは言う。

「何? だいじょぶ、何かあったの?」

 身構えて耳を澄ますが、辺りに何も物音はない。息をついた。

「何もないんなら行こ。……パパ、ホントだいじょぶかな。一人で先行っちゃってさ。早く合流しよ」


 マーチはしばらく何も言わず、やがて早足で歩き出した。一刻も早く立ち去ってしまいたいといったように。



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