告白
カージナル領の皆様を預かり、2か月が過ぎた。
ママンは無事に出産し、1か月は赤ちゃんに母乳をあげるとき以外休んでもらっている。この世界の出産は麻酔もなく、会陰切開もなく、帝王切開もない。自然分娩一択である。致死率が高いのも当然である。母子共に健康ですという言葉が使われるが、それは謙遜であり重症の怪我人であることをよく覚えておきたい。
ママンの経験的に母乳の量は今までより良いそうで、栄養状態と休養の大切さを広めていきたいと話してくれた。
全員食事の改善と運動を取り入れたことで、順調に良くなってきている。
心配なのはオジジだ。フレイルとは高齢者に多くみられる虚弱状態であり、社会的な活動が減るとどうしても活動量が減ってしまい体が弱っていく。女性は社交性があり、オババもここで幼い子供の面倒を見ることで元気になったが、高齢の男性であるオジジは馴染みにくい。輪を広げるため、オジジの趣味を聞き出す必要がある。
60代を高齢者というのは抵抗があるが、この世界では充分高齢者の部類に入るのでそう呼ばせてもらう。
カージナル辺境伯への途中経過の報告書を作成しなくては。
日本にいたときは、調理中心の仕事が体力的にきつくて栄養指導中心の仕事にうつろうと管理栄養士の資格を目標にしてたけど、実際に栄養指導してみると栄養以外にもいろんな要因も見ないといけなくて大変だ。楽な仕事なんてどこにも存在しないということだ。
ご令嬢に生まれたから楽に裕福なウハウハ生活を送ってやろうと思っていたのにどうしてこうなったのか謎である。期限はあと4か月なので、精一杯努力しよう。
「お疲れ様。お土産のお茶菓子を用意したよ。一緒に休憩しない?」
「アルフレッド様、ありがとうございます。ご一緒させてくださいませ」
急に現れたのは、カージナル家別荘の執務室を借りて書類を作っているからだ。
家の自室で書類作成するよりはかどるのだ。
「良かった。テラスに用意してもらっているから移動しよう」
テラスにつくとぽかぽかした陽気に、イチゴのような甘い香りのお茶、お茶菓子には甘いお菓子は控えているステラにあわせて砂糖で衣付けされたナッツ。本当にどこでそんなスマートな女性の扱いを覚えたのかこのスケコマシめ。
「アルフレッド様はいつもお嬢様たちをこうやっておもてなしされているのですか?」
「失礼だな。お茶に誘うのは君だけに決まっているだろう」
眉をひそめて心外だと言わんばかりである。
「お茶もお土産のお茶菓子も私の好きなものばかりご用意していただいて、あまりにも女性のおもてなしになれているように見えまして。失礼しました」
「好みくらい覚えているよ。甘いものはできるだけ控えていても、甘い香りのお茶が好き。おやつにはナッツをよく食べている。そして、残念だけど僕は君の好みではないのだろう?」
呼吸が止まった。このテラスだけ、時間が止まってしまったようだ。
「何を、おっしゃってますの?」
「信じてもらえないかもしれないけれど、これでも僕はステラが好きだよ。1年前に何があったのか詳しくは知らないけれど、人が変わったように努力を始めた。カージナル領の領民の健康の必要性を父上が納得出来るよう戦争のことまで踏まえて説明し、今も父上の無茶な課題に精一杯応えようとしている。僕は領民あっての領主だと思っていたのに、領民に何が出来るかまったく考えていなかった。ステラの領民思いで芯の強いところを尊敬しているのと同時に、愛しいと思った」
真剣な告白に何も答えられない。
「この2か月、君は僕に相談してくれたことがなかったね。僕は頼りないかな。君のパートナーには、なれないのだろうか」
ステラの瞳が潤む。記憶が戻ってから、この体では同じくらいの年齢にも関わらず勝手に子供扱いしてアルフレッド自身とむきあっていなかったことに気づいた。
「だけど、あと4か月はあるからね。それにもうすぐ学園も始まる。ステラに僕を見てもらえるよう努力するよ。もし、もしも僕との結婚が嫌なら言って欲しい。好きな人に片思いしたまま結婚するのは、僕には耐えられないから」
「ご、ごめんなさい。アルフレッド様…。私なんてひどいことをっ…」
「いいんだ。僕の片思いなのはわかっている。あまりにも相手にされてないからつい言ってしまったけれど、今後少しでも僕のことを一人の男として意識してくれたら嬉しいな」
ほんのり目が赤くなっているアルフレッドの泣きそうな笑顔を見て、胸が締め付けられた。
ああ、前世を思い出してからどこか他人事で過ごしていたけど、私はこの世界で生きているのだ。この世界で、生きていくのだ。
記憶を思い出して1年たってようやく、私はこの世界の人間なのだと自覚した。
胸を貫かれるような自己嫌悪の痛みとともに。