婚約者(仮)
「…病気、なのか?」
婚約者の第一候補であるアルフレッド・カージナル12歳ちょいぽちゃが開口一番言った言葉だ。
カージナル家は辺境伯の家系である。ラミノーズ家からすれば、辺境伯でも爵位のある家に嫁げば将来安泰である。辺境伯から見れば、辺境では税による収入も少ないので、金で爵位を買ったと噂の成金男爵であるラミノーズ家の資金援助目的である。簡単に言えば政略結婚だ。ちょうど頃合いの年齢の子供がいたため、お互い暗黙の了解で定期的に交流している。
「なぜそう思うのかしら」
「前回会ったときよりかなり痩せてないか?」
交流は毎年辺境伯領へ行く避暑に合わせて行われるので1年ぶりになる。前世を思い出してから半年間の食事改善によって予想以上に体重がするする落ちてボンレスハムからふくよかなマシュマロ女子レベルになった。
「そうですわね。痩せましたわ」
「その、体調が思わしくないなら無理しなくていいぞ」
「この顔色が不健康に見えますの?」
「いや、見えない。だが急激に痩せるのは病気ではないかと心配になって。何か悩みでもあるのか?」
本当に心優しい貴族様だ。貴族の考えに染まり切っていない純朴な少年は、田舎の辺境伯だからこそだろう。
「社交界デビューまでに生活を改善しようかと思いまして。あなたも隣に連れるのが豚ではいやでしょう?」
「僕は見た目で決めたりしない。大切なのは頭と性格だ」
そうだった。辺境伯ではあまり人を雇えないから財政管理を自分でもするのだった。だから家庭教師に金勘定や経済学について学ばされているのだ。それに貴族社会では末端の男爵などよほど頭の回転がよくないと生き残りにくいだろう。
「しかし、そうか。デビューか。このままでは僕が見劣りしそうだな」
「心配なさらずとも、自然と痩せますよ」
思春期の大幅な成長、思春期スパートは男の子のほうが遅いのだ。12歳の彼ならこれからどんどん身長が伸びて引き締まることだろう。
「そうじゃない、君に綺麗になったと言いたかったんだ」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていることだろう。前世も今でも、綺麗になったなんて言われたのは初めてだった。しかもまだまだ改善の余地ありの体形である。見た目をほめられるなんて思ってもみなかったのだ。カッと顔が赤くなったのがわかる。
「…ありがとうございます。お土産を用意しているので、お持ちしますね」
己の褒められ耐性の無さが恥ずかしくてさっさと部屋から出て行った。部屋にはアルフレッドとマリーが残された。
「あなたがお土産を取りに行くべきでしょ、なんてもう言わないんですね」
アルフレッドは使用人にも礼儀を持って接する。そのため使用人からの好感度も高い。
「ステラ様も成長されておりますので」
「へえ。何があったのか聞いてもいいでしょうか?」
「先日、ステラ様自身がお隠れになる夢を見たそうです。その夢になにか思うところがあったのでしょう。その日以来、自身の生活を見直されました」
「夢であのわがままがおさまるのか。本人が変わろうと思えばこんなにも変わるものなのですね」
感嘆した様子のアルフレッド。政略結婚とはいえ、成金貴族のわがまま娘のままではこの辺境に嫁いだところで不満を抱えるのは目に見えている。辺境にいられないと、王都の別邸で奥様だけが暮らすケースや、領土はほったらかしで領主一家は王都に住んでいるケースなんてよくあることだ。しかし、アルフレッドは王都での暮らしを望んでいない。ラミノーズ家がどう思うかはわからないが、カージナル家としてはこのままでは結婚出来ないだろうと思っていた。カージナル家からすれば、この交流会はステラの成長を見るためでもあったのだ。
部屋がノックされ、ステラが部屋に戻ってきた。
「お土産に、ハンカチをご用意しましたの。刺繍は私が縫ったので、自信はありませんが受け取っていただけますか?」
辺境伯の領土では青い染物が名産品である。絹のハンカチを青く染め、カージナル家の特徴である赤い髪色をイメージして赤色に金糸が混ざった刺繍糸で植物モチーフをあしらった。色が激しいのは仕方ない。
「こんなに綺麗なハンカチをありがとう。使わせてもらうよ」
「お恥ずかしいですわ」
今回の交流会が大きな意味を持つことを、ステラはまだ知らない。
本来はラミノーズ家とカージナル家は婚約者候補のままヒロインの物語が始まること、今から3年後の15歳となったアルフレッドがヒロインにとって田舎暮らしENDの攻略対象であること、ステラの今の様子を見てカージナル家が婚約に前向きとなり、未来が変わったことなんて、知る由がないのであった。