愛されるとは
貴族が主に通う学園は、13歳から入学可能となる。女性は14歳、男性は16歳で一人前とみなされるので、女性は1年、男性は3年は学園に通うことが貴族の中では暗黙の了解となっている。女性の中でも、男爵家など爵位の低い貴族や商家の顔を売るために入学する子供たちは1年で卒業する場合が多いが、王女や爵位の高い家庭のご令嬢、後継ぎであれば3年通うことになる。
貴族と庶民の隔たりを無くすことを目的に成績優秀な庶民を特待生として授業料免除で3年間学べる枠もある。乙女ゲームであれば、この学園が物語の舞台となるだろうとステラは考えていた。庶民の子が貴族や豪商のイケメンたちを攻略するのである。始まるとすれば2年生だろう。
アルフレッドは13歳であり、今年入学する年齢だ。ステラと誕生日が離れているのでほぼ2歳差だが、1学年差となる。
アルフレッドと同じ学年には王位継承権第一位の王子がいる。一つ上の学年には豪商のグラスキャット家、薬師の家系のポンパール家、リドラス公爵家、ステラと同じ学年には騎士団団長ラスボラのご子息、ステラと同じく成金男爵家のわがまま坊ちゃんと噂のオトシン家ご子息など、攻略対象になりそうな家庭が集中している。
ステラとしては学園に通ったとしても恋物語が始まる予感はなく、まじめに勉強して、トラブルに巻き込まれないよう気を付けて卒業できれば良いと考える。記憶を思い出さなければ確実に悪役令嬢コースに乗っていたと考えているので、アルフレッドは攻略対象ではないかと疑っているのだ。
学園に入学したアルフレッドは月に一度のペースでラミノーズ家を訪れ、学園のことを教えてくれる。これだけのペースで通われると、両親からの圧力がすごい。ステラの両親もカージナル辺境伯から本人達の意思を尊重するというご意向が伝わっており、アルフレッドから好意が寄せられているのも両親にバレバレだった。あとはステラが頷くだけで婚約が決定するのである。
「アルフレッド様がこんなに通ってくださるというのに、なにが不満なんだ」
「お父様、私には本当にアルフレッド様と幸せな家庭が築けるか不安なのです。まだ学園にも入学されたばかりで、素敵なご息女も多くいらっしゃいます。アルフレッド様の気持ちが変わるのではないかと不安な気持ちのまま婚約して、彼を縛りたくないのです」
「不安になるのもわかるが、アルフレッド様を見てるとずっとステラを大事にしてくれると思うがなぁ」
それでも娘可愛さで婚約を先延ばしにさせてくれている両親には感謝しかない。この世界では男性は16歳、女性は14歳で結婚できる年齢なのだ。まだ年齢が一桁のときに親同士で婚約していることも少なくはない。
「お父様がアルフレッド様との婚約をお望みなのもわかってます。それでも、もう少し待ってください」
「私は可愛いステラにはいつまでも家にいて欲しいくらいだが、あまりアルフレッド様に残酷なことをしないようにな」
「…承知しております」
アルフレッドはせっせと通ってお土産だプレゼントだと綺麗な小物やアクセサリーをくれる。私が実用的なものを好むことも分かっていて、ガラスペンや邪魔にならない小ぶりな石のついたネックレスなど、アルフレッドの髪と同じ赤色のものをくれる。
髪の色や瞳の色のものを贈るのは、想いを告げるときや恋人、婚約者へのプレゼントの定番である。
自室に戻り、プレゼントを並べてため息をついた。
「お返しどうしましょう」
いつももらってばかりで、何もお返ししていないのが気になるところだ。かといってステラの髪色と同じピンクのものを贈れば結婚を了承したことになり、無難なものを贈れば気持ちには応えられませんという意思表示となる。
「失礼ながら、ステラ様。物でなくてもよろしいかと存じます。ステラ様とご一緒にお出かけし、お茶をするということもアルフレッド様はお喜びになるかと」
「お金を使わせてしまうじゃない」
「ステラ様の気を引きたいという思いゆえの行動と思われます」
「お返しも出来ないのに、お金を使わせてしまうと罪悪感が増すのよ。アルフレッド様の場合は領民の皆様の税が収入源なわけでしょう?プレゼントをいただくたびに心苦しくて」
「そのままお伝えしてはいかがでしょう。ステラ様の清廉なお考えに感動されるかと存じます」
「それはそれで怖い」
「ステラ様は愛されることの何が恐ろしいのですか?」
それもそうだ。好意を伝えてくれるプレゼントは税からと思うと心苦しい、感動したとより愛されても怖い。私は愛されることをなぜ恐れているのか。
「何故かしら」
「差し出がましいようですが、アルフレッド様を愛する可能性がないため申し訳なく思っているのでしょうか?」
「いいえ、好意を伝えてくれて嬉しいと思っているわ。政略結婚になるのだろうと、そういったことを諦めていたときに異性として想っていると伝えられて戸惑ったけれど、愛する可能性がないかはわからない。ただ、あれだけ好意をストレートに伝えられると、同じだけ返せる自信がないの」
「愛情の伝え方はそれぞれではないでしょうか?私はステラ様に生涯お仕えするつもりです。単なる主従関係ではなく、ステラ様を主として慕っているからこそ、一生お仕えしたいと思っております。これは愛情に入りませんか?愛情は何も恋愛ごとだけではなく、家族としての愛や友人との愛もあると私は思っております」
「マリーはなんで私を慕ってくれるの?私、最低だったでしょう?」
「ステラ様は最低ではございません。ご存じではないかもしれませんが、私には親が決めた夫がおりました」
夫がおりました。過去形である。黙って続きを聞いた。
「宝石商を営む関係で取引先と関係を強くするために決められた夫は、気に入らないことがあると怒鳴り、手をあげられることもありました。酒に溺れることも多く、生活費の足しに外に働きに出たいと伝えて、親族に口を利いてもらいました。あの夫との暮らしを思えば、ステラ様のわがままなど可愛いものでした」
記憶を取り戻したとき、マリーには痣があった。てっきり自分が叩いたものだと思っていたが、夫に手をあげられた怪我もあったのかもしれない。
「ステラ様が夢を見たとおっしゃったあの日から、変わりたいと努力されるようになりました。そして日に日に成長していくステラ様を見て、幼いステラ様が変わりたいと努力しているお姿を見て、私は現状に甘んじることを止め、夫との離縁を決意しました。親には縁を切られましたが、私の選択は間違いではなかったと思っています。いまの生活に満足しております」
知らないところでマリーの波乱万丈なドラマが起きていた。
「そう。それなら遠慮なく、マリーには一生私のそばにいてもらえるわね」
「本望です。ステラ様も結婚に限らず、望む人生を歩まれるよう、心よりお祈りしております」
「そうね。私の望む人生ね、考えてみるわ。話を聞いてくれてありがとうマリー」
マリーにお礼を伝えて物思いにふける。ステラは気付かなかった。マリーがひっそりアルフレッドと内通していることを。
ステラがプレゼントを心苦しく思っていることや、両想いになる可能性がないと思っているわけではないことを書いた手紙をカージナル家の別宅に送り届けたのだった。




