【 鋼 騎 】 推 参
「我々フラウアが発見した先史時代の遺物、重装騎兵【鋼騎】は艱難辛苦を乗り越えて修復完了、現在は安定して可動している。その際に作成した余剰部品を活用し作成されたのが量産型試作騎【南武鉄騎】だ。再び侵攻を開始した魔王軍、戦禍に巻き込まれた故郷を救うため、その生産技術の確立は急務となった!!」
『 随分言い訳がましいですね、店長 』
「 だから、おっぱい触っていいか? 」
困ったな……。
主にバイト先と自宅の往復に使用している重装騎兵【鋼騎】のコックピットで、メインスイッチを切ってからレバーを握って弁を開いた。
圧力容器内に貯め込んでいた蒸気が獣を模した頭部の下顎を押し広げ、熱い吐息となって大気へ「ビシュー!」と解放されていく。
それは怒りに似た感情を含む私の溜息とリンクしているように思えた。
動力を失った【鋼騎】との猫耳ヘルメットを介した感覚接続が切断されていき、パン作りしか能のない貧乏でチョンガーのオッサンが南部の鍛冶屋と技術提携して作ったパン窯の前で「このとおり!」と土下座した姿が、プツンと暗転する。
すぐに飛び出していって一発殴ってやりたいが、シュミーズにコルセットという下着姿で窮屈なコックピットに収まっていて着替えすらままならない。
外套だけ羽織ってハッチオープン。
勤務先、『絶品食パンのお店フラウア』に到着した。
「とうとう天下の往来で直談判ですか」
「この食パンを見てくれ、【南武鉄騎】で焼いたんだ」
「……だから?」
「そして道すがら焼いてもらった【鋼騎】の食パンだ」
「仕事ですから」
「そして、おっぱい。この3つの揉み心地がピッタリ揃ったとき、我々フラウアの絶品食パンは完成すると確信しているっ!!」
「では質問です」
「なんなりと?」
「店長にとって急務なのは【南武鉄騎】の量産と、絶品食パンの売り上げ回復と、私のおっぱい。3つのうちのどれですか?」
「おっぱいみたいに柔らかい食パンを焼ける窯だけど?」
野次馬から「そうだそうだ!」と賛同の声が2つあがった。
どこのどいつだ、酒屋のおやじと長老か……覚えたからな?
【鋼騎】の窯から食パン焼型を取り出した店長は、矢も楯もたまらないらしい、ミトンを外して素手で直接弾力を確かめだした。
冷ます前の食パン相手に、狂気に近い行動だ。
窯に手を突っ込むのと変わらない温度のはず。
さてと。
「熱くはないのですか?」
「熱いけど……柔らかい」
「私のおっぱいと同じ感触である必要性を感じません」
「パンの揉み心地で今、忙しい。おっぱいは後回しだ」
コ イ ツ ―― ッ !!
「そもそも論ですけどねェ!こんな辺鄙な田舎町まで進軍するほど――」
「魔王軍だー!」
「キャーッ!!」
「奴等、とうとうここまで来やがった!」
「魔王軍だって。 ……そんなに暇じゃ、ない」
店長は「間に合わなかったか」と独り言ちた。
なにカッコつけてるんだ、おっぱい連呼してたのに。
あ、冒頭の長台詞?
魔王軍の侵攻、量産型【南武鉄騎】生産技術の確立。
店長は、ただのパン屋のオッサンじゃなかった――。
戦禍に巻き込まれつつある故郷のために急いでいた?
「故郷を救う、という件ですか!」
「そうだ、故郷の店舗を守りたい」
あれ? ……店舗。
守る規模が小さい。
ただのパン屋だな。
「店舗にバイトは含んでるかなぁ」
「フラウアにお前は必要不可欠だ」
「店長が私を必要としてるんじゃないんだ、つまんないの」
「魔王は強大、人類の対抗手段は重装騎兵【鋼騎】だけだ」
「店長が生産技術の確立を急いでいたのは、フラウアの目玉商品・絶品食パンで、そのために狙っていた私のおっぱいで、ナントカって量産型試作騎兵は戦闘能力を完全に省略した、ただのパン窯と記憶していますけど」
「それは誤解だよ」
「一体、どこが?」
「ただのパン窯じゃない」
「えぇっ……そこが?!」
「短時間で焼けるパン窯」
「この非常時にそのアピールですか?」
期待に胸を膨らませて完全に損した。
おやや?
魔王軍の影が徐々に大きくなってく。
つまり。
「真っ直ぐこちらへ向かってきます!」
「魔王軍の侵攻、当然そうなるだろう」
「まさか、この【鋼騎】が目当て?!」
「いいや。人通りの多いところに店舗を構えるのが商売の基本、結果的にパン屋の好立地は交通アクセスの要所なんだ。当然ここを通って目の前の広場で群集相手に講話のひとつもするだろ? ……だからさ!」
「なぁんだ、理由は平々凡々でしたね」
そうこうしているうちに広場に整列しはじめた。
重武装した異形の輩の軍団と、黒山の人だかり。
これでは今日この後の売り上げは絶望的だろう。
バイトに出てきて完全に損した。
見物しようと【鋼騎】へ登っていく店長に「帰っていいですか?」と尋ねると、頭のテッペンに腰かけて「面白くなるぞ?こっち来い!」と叱られた。
私の通勤手段は観客席になったらしい。
面倒臭いなぁ。
お ぉ お お ?!
8年前に倒された魔王様は現在8歳女児の御姿。
死んだり復活したり多忙な方と聞いてはいたが。
あ、はじまるみたい。
「あー、テス、テス!」
「魔王様お願いします」
「うむ。耳の穴をかっぽじって良く聞け人間共、この街は我々魔王軍が占拠した!できれば無用な殺生は避けたいのじゃ、くれぐれも無駄な抵抗など考えぬように。余の軍勢に対抗しうるとすれば、遥か古に失われた獣人型騎動兵器ぐらいじゃな!な? ……なんじゃ、余が気持ち良く演説しておるというに!」
今『獣人型騎動兵器』って言ってた。
隣の獣人がコッチを指差してる。
ちょっと【鋼騎】に似てるからかな?
でも猫獣人だ、こちらイヌ科っぽい。
「魔王様あちらを御覧くださいにゃ~」
「 うぬ? …… な゛な゛ぁ っ ?! 」
こ っ ち 見 て る な ―― ぁ 。
「急げ!【鋼騎】を起動するぞ」
「でも店長、蒸気圧を大気開放した【鋼騎】の再稼働には時間がかかりすぎます、現状我々には対抗手段が無いということです」
「そこで【南武鉄騎】の出番だ」
「ただのパン窯じゃないですか」
「両手足や頭部こそ無いが窯としては優秀だ。これをチューブで【鋼騎】に接続し外部から蒸気を供給し動力源として使う。片手は塞がってしまうが、そこはホラ、頓知で切り抜けるとか、なんとか……なんかさぁ、やりようあるだろ?」
店長が説明しながら店先のダルマストーブ型【南武鉄騎】の脇に転がしてあった接続用アタッチメントと持ち運び用の取っ手を、ボルトで固定しはじめた。
「急須みたいになりました」
「性能を重視した結果だ、ぃよっと!」
ズギュギュドドンドンドドドドドドドドドドドド――
チューブをつないでバルブを回し【南武鉄騎】の蒸気圧を開放すると、逃げ場を求めてチューブを伝い、沈黙していた【鋼騎】の配管を瞬時に満たして強引に窯の内圧を上昇させ鉄の瞼を押し上げた!!
慌ててコクピットに滑り込み、猫耳ヘルメットを被る。
圧力は? ……窯は冷えてない、早い、もう来たッ!!
最低限動ける程度にセッティングを済ませて両足のペダルを踏み込むと、強烈なGが椅子に体を押し付けてきて「ぐぅ! ……っふ」と肺から息が漏れた。
ハイパワーすぎるが再セッティングしている暇はない。
両手のレバーを一気に奥へ押し込むッ!!!!
「 行 っ け ―――― っ !!!! 」
ぐっと姿勢を低くした【鋼騎】が一気に体を伸ばした。
鋳物で造った【南武鉄騎】を中心に宙返りして身を反らし、人混みを飛び越えて縦に1回転、魔王の目の前へ着地する!!
ブ ォ オ オ オ オ オ ッ ドガッ!
「よもや再び余に仇なす日が来ようとは思わなんだ」
「これがウワサの獣人型騎動兵器なのかにゃ~?!」
えぇい、こうなれば破れかぶれだ。
外部スピーカーのスイッチをオン!
『 どうも! 絶品食パンのお店 フラウアで~す♪ 』
「 「 「 「 絶品食パン……フラウア? 」 」 」 」
『人型騎動パン窯で焼いた絶品食パンをどうぞ!!』
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『絶品食パンのお店 フラウア』のかわいらしい店舗に似つかわしくない、まるで歌舞伎の芝居小屋のような勘亭流文字が躍る重厚な木彫り看板が1つ増えた。
…… 歌 舞 伎 っ て な に ?
「魔王様御用達ときたか」
「良かったですね、店長」
「どうしろってんだコレ」
店長は肩を落として店内に入る。
カウンターに革袋の中身をザラリと出して、さらに肩を落とした。
魔王様はフラウアの絶品食パンをいたく気に入って大金を支払ってくださった、でも魔族と人間は通貨が違った、レートどうこう以前の問題だったのが致命的だ、まるで子供の宝物だった。
ピッカピカのどんぐり。
きれいにまぁるい貝殻。
透き通った沢山の小石。
店長は長ぁい溜息を吐き出してから「今月のバイト代これで」と呟いて、厨房へ引っ込みシクシク、シクシク泣き出した。
「店長、これ貰っちゃっていいんですかー?」
「綺麗だから貝殻は手提げ金庫に入れといて」
「了解で~す♪」
しめしめ、どうやら気付いていないらしい。
この小石、宝石屋で売り払えば大金になる。
「これを元手に【南武鉄騎】を量産して2号店をオープンしますか」
「なんか言ったか?」
「ただの独り言です」
重装騎兵【鋼騎】なら魔王の根城へ30分、食パンの焼きあがる頃合いだ ――