【 鋼 騎 】 出 陣
「これが村の最北端にある忘れ去られた遺跡の奥深くに今も隠されていると長老に聞いた先史時代の遺物、重装騎兵【鋼騎】の姿か!まるで巨大な鋼の騎士像、その身体は搭乗者の意思で自由自在に動き戦闘することができるという。あの話が本当なら我々を破滅に追いやろうとしている魔王軍の連中に一矢報いることができる、なんなら絶望的な戦況を引っ繰り返すことだって……コイツぁスゲェぜ!!」
「店長、説明口調が長すぎます」
困ったな……。
小麦粉の買い出しにしては随分遠くへ向かっている、変だ、こんなパン作りしか能のない貧乏でチョンガーのオッサンに言い寄られでもしたら厄介だと思ったら、目的地はここだったのか。
へべれけに酔っぱらった長老が話した御伽話を真に受けて、本当に探しに来て、まさか本当に見つけてしまうとは。
その才能を新規顧客の開拓に使えばいいのに。
「バイト初日に渡された私のエプロンのここ、見えますか?」
「そのポーズ……おっぱい大きく見えるな、元々大きいの?」
「新たな火種を増やしてないで、正確に読み上げてください」
「 絶品食パンのお店 フラウア 」
「パン屋に軍事力は不必要です」
「だってさ!興奮するだろ?!」
「おっぱいとロボット、店長どっちで興奮したんですか。返答次第で……」
「ロボット」
コ イ ツ ―― ッ !!
「いいえ。別段、これといって」
「カーッ!浪漫の欠片も無ぇな」
「そもそも収入激減で破滅の危機に瀕しているのは店長だけです。ただのパン屋のしがないバイトを一括りにしないでください、よっと!」
「おいおい、そんな近付いたら危ないぞ?!」
それにしても、なんだこれは。
大きな鋳物の塊。
不格好でも人型をしている、これが動く。
どちらかというと犬か狼の銅像みたいだ。
おや?
この取っ手、店の窯に似てる?
なるほど……ここが開くのか。
「これ鋳潰して新しい窯を作れませんか?」
「なんて罰当たりなことを言い出すんだ!」
「最短ルートで破滅の危機を回避できます」
「鍛冶屋の取り立てで破産するだろうが!」
聞き捨てならない情報が?
「私、まだ今月のバイト代を頂いてません」
「我々と言ったはずだ、もう忘れたのか?」
これこそが状況打開の切り札なのか。
よ っ …… こ い し ょ !!
「おっおいおい!」
「椅子があります、腰掛けて戦うようです。この鍋は?底に猫の耳のような突起が2つついている、上下が逆さ、被り物かもしれません。左右のハンドルを押したり引いたりするようですね。では店長、どうぞ」
「え……なにが?」
「どうぞ操縦席へ」
「バカ言え。パン屋がパイロット候補生なわけないだろ」
「ただのパン屋のしがないバイトなら、なおのことです」
「ここは一旦帰宅して、長老に報告。かなぁ」
「古文書?操作の手引き書らしきものを発見しました。古アストラット語ですね、なんとか読めると思います。この太古の超兵器、我々フラウアが確保します」
「今。 ……我々と言ったのか?」
・
・
・
.
.
あれから半年――――。
いつ終わるとも知れぬ戦場で、我々『 絶品食パンのお店 フラウア 』は重装騎兵【鋼騎】と果てのない闘いを続けている。
真っ赤に焼けた鋼鉄の香り。
身体を震わせる強烈な振動。
血液が沸騰するほどの興奮。
ドドドドッ ドッ ドッ ドッコ ド …… ドッ コン
「店長――ッ!」
「どうした?!」
「もう薪が燃え尽きて蒸気圧が下がってる!それと気温が低いからキャブレータ?あれを濃い目に調整して、ギアオイル?菜種油に入れ替えて!そこまで終わったらキックスターター?とかいうペダルを回してください!!」
ネコミミ鍋を被った私が檄を飛ばす。
店長は大急ぎで窯に薪を押し込みながら尋ねてきた。
「おい、これ」
「後にして!」
「だってさぁ」
「なんです!」
「立ったり座ったりするだけで一度も歩いてないな?」
「今度こそ大丈夫です!」
「もう半年そう言ってる」
「両足バラしてオーバーホール、そこのチューブは腐って漏れてたから交換済み、配管も鍛冶屋のオッチャンが綺麗に造り直した。だから、今日は大丈夫です」
店長がボトボトと手にした薪を取り落とした。
雪で濡れたら出力が下がるのに!
「昨日の請求書、その配管?」
「すぐに拾って!」
「あぁ、はいはい」
「今日こそコレを動かしてみせます!」
ズギュギュドドンドンドドドドドドドドドドドド――
読み返していた手引き書を慌てて放り出してレバーを握り締める、左手で上がりすぎた圧力を逃がすための弁を開くと「ビュッシュー!」という熱い吐息、直後に負圧が吸い込む「ヒュッ!」という音、それに合わせてクラッチとか書かれていたペダルを踏み素早く左手で複雑なレバー操作、ギアを繋ぐ!
途端。
【鋼騎】の振動はチカラを蓄えた獣のようにフッと規則正しく律動を開始して、僅かな抵抗をレバーに伝えてきた。
中央に大きく据えられたメーターに視線を移す。
赤く塗られた領域へと、針が回転していく――
『 キ タ ッ !! 』
すでに身体に染み付いた動作、流れるように左手でいくつかのタクトスイッチをパチパチパチと倒しながら左操作レバーへ運び「パシッ」と握り込む。
両手がレバーに辿り着いたことで上体が安定した。
両足を2つの操作用ペダルに乗せると地面に降り立ったような感触。
適切な出力にして交互に踏めば、交互に足を上げて前進すると書いてあった。
そっと出力調整レバーを掴むと痺れにも似た感覚が背筋を駆け上がってくる。
『今までとは違う……?』
確かな手応えがある、脳髄を恍惚が満たしていく。
「 今 度 こ そ イ ケ ま す ッ !! 」
「せめて村に。 ……できれば店先まで行ってくれ」
「行け、重装騎兵【鋼騎】ッ!!!」
グ ォ オ オ オ ン ド ッ ドコン。
機関停止か……またもや失敗。
今回は勢い良くレバーを押し込み過ぎた。
「もう帰ろうよ」
「あと1回だけ」
「魔王軍とさぁ、和平を結んだらしいよ?」
「それと、これとは、まったく別の話です」
「パン屋に太古の超兵器?いらないってば」
「私には重装騎兵【鋼騎】が必要なんです」
.
.
・
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今日も進展は無い、文字通り一歩も進まなかった――――
夕陽をバックに落胆する私を尻目に、店長が上機嫌でミトンをつけると窯の扉を開いて四角い食パン焼型を取り出し、上蓋をスライドして歓声をあげた。
「おぉ! ……今日は特によく焼けてる」
「パンを焼くには良い超兵器なのですが」
「このモチモチ食感が量産できたらなぁ」
「持ち帰れば売れるのに毎回食べてしまう店長がいけないのです」
メインは単純な蒸気機関、動かせそうなものだけどなぁ……。
色々な時代の技術が混在しているらしく複雑怪奇そのものだ。
とりあえずキャブのオーバーホールは必要だろう。
取り外して、持ち帰るか。
「これ外します、手伝ってください」
「店でやるなよ、厨房が汚れるから」
店長はフと手を止ると、食パンを揉んで弾力を確かめ始めた。
無言で何度もモミモミしている。
パンを焼くためなら【鋼騎】の量産など店長には朝飯前だろう。
パン職人としての探求心と情熱だけは尊敬に値する人物だから。
どうして店長、朝はお米を炊くんだろうか?
「このハリ。そして、弾力」
「それがどうかしましたか」
「この食パンと、そのおっぱい、どっちがモチモチしてるんだろ」
「子供ですか?ロボットに飽きて、おっぱい狙わないでください」
重装騎兵【鋼騎】と『絶品食パンのお店 フラウア』の闘いの日々は続く――