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9.未経験者歓迎の信用度は30%くらい

「ウィンターセレクション」

毎年12月、それもクリスマス付近に開催される、大学将棋界だけではなくプロ・アマ問わず注目を集める大きな大会だ。

出場資格があるのはある条件を満たしたアマチュア(近年この定義は崩れつつある。大会規定ではトーナメントプロを指す)のみであるが、この大会は出場するだけでも意義がある。

それだけで大きなステータスとなり、自身の将棋人生は成功とも言えるレベルの経歴となるのだ。

事実、この大会で注目を浴びた選手が、翌年から多数の企業のスポンサーがつき、人生が一変するといったことも当たり前。

優勝でもしてみようものなら、トーナメントプロへの編入や芸能界への参入など、凡人が思いつく限りの権利はすべて付与されるといっても過言ではない。

大会規模・注目度・レベル、すべてを取っても国内最高峰であるものであり、すべての選手の目標とするものなのだ。


この大会への出場資格は様々だが、とりわけ大学棋界では当年秋の大会で「A級リーグへの昇級・在籍、もしくはそれに準ずる成績」とされている。

大学リーグは団体戦だが、在籍校の主力選手7名。つまりレギュラー全員がこれに出場できる仕組みになっている。

各大学のリーグ戦は年に2回、春と秋に行われる。つまるところ、全てのリーグ戦はウィンターセレクションに繋がる重要な戦いになるのだ。


豊島文化大学。

俺が所属するこの大学のリーグクラスは「C1」。

リーグ戦は毎回上位2校の昇級、反対に下位2校の降級があり、入れ替わりが激しい。

昨秋に最下層の「C2」クラスから脱出しているが、仮に最短で昇級を繰り返したとしてもA級に到達するのは来年の秋となる。


「そうそう甘いものじゃないわよ」

そう話す椿姫先輩の声はやはり若干の不安が混じっているようだった。

「今春戦うC1リーグにも強い選手は多いからね。特に僕らが去年唯一負けて一緒に昇級した百合丘国際大学はC1でも活躍するだろうね」

「更に上のB級はまさに『鬼の住処』よ。A級は神の領域なんて言われてるけど、あながち言い過ぎでもないわね」

そう語る先輩達の表情は真剣だ。なにか思うところがあるのだろうか、真剣以上の気持ちも含まれているようにも感じる。


「せんぱーい、しつもんでーす」

そんな雰囲気も感じていないのか無視しているのか、間延びした雰囲気で月が声を上げる。

「絶対的エースの方がいるんですよねー?その方とここにいる先輩たち、私たちを含めれば全然戦えるんじゃないんですかー?」


月が言っていることはつまりこういうことだ(詳細は後程葵に聞いた)。

大学将棋の団体戦は14人登録、7人選出制。4勝以上を挙げた大学の勝ちだ。

「有力選手を4人以上揃えた大学が強い」という理屈になる。

この大学には昨秋リーグ戦で大暴れした4人の先輩がいる。それに加え全国経験のある星見沢姉弟。

客観的に見れば十分に戦えそうな布陣となっている、はずなのだが。


「そうね、それについて先に話しておくべきね」

そう答える椿姫先輩はこめかみに手を当て続けている。


「エース様は今春の大会に出ないわ」

えっ!?との声が各所であがる。俺はその意味について十分に理解をしていないのだが、強い選手がいるのに出ないのは単純に勿体ないとは思う。

「昨日彼女に会ってきたのよ」


・・・・・・・・・・


昨日。

椿姫は学内の図書館に赴いていた。

この大学の図書館は都内でも随一の蔵書数らしく、閉架書庫の所蔵数は凄まじいものがある。

ここで見つからない本は国の中央図書館でもあるかどうかとすら言われているのだ。


その一角に、彼女はいた。

閲覧室の窓際、西日が強いため、あまり人が立ち入ることのない区画で、机に積まれた本の山から顔を覗かせた。

「やぁ、椿姫じゃないか。新入生獲得の首尾はどうだい?」

そう語る彼女は長い髪とそれに半分程度隠れた顔から薄っすらと笑みを浮かべた。

彼女のトレードマークになっている秋めいた柄の肩掛けブランケットは、まだまだ肌寒い時があるこの時期にはピッタリだ。


「おかげさまでね。イキのいい双子が入ってきたわ」

そう語りながら新入部員リストを彼女に渡す。

「貴方がいればC1もなんとかなりそうよ。昇級後の秋からのB2だって…」

そう話す椿姫は、リストを見て固まる彼女を見て一瞬止まってしまう。

「そうよね、星見沢姉弟の加入はびっくりしちゃうわよね。想定以上の強化ができたといっても過言じゃないわ」


「なるほどねぇ」

彼女はリストを椿姫に返しながら、話し始める。

「わたし、今回の団体戦は出ないわ」


・・・・・・・・・・


「マジでか」

甚助先輩は口をあんぐり開けたまま、椿姫先輩の話を聞き続けている。

「マジよ。彼女がいるのといないので勝敗計算がまるまる1つ違うのだけど…」

「なんで、その先輩は今回の団体戦に出ないなんて言い出したんですか?」

皆が疑問に思っているであろうことを俺は椿姫先輩に問う。


「詳しくはわからないわ…ただ一言、このメンバーなら大丈夫って…」

「僕と椿姫と瑠璃、星見沢姉弟で5枚。C1とは言え少し不安が残る編成だな」

「彼女、変に頑固なところがあって言い出したら聞かないから、本当に今回は出ないつもりだわ」

「後輩を優先的に出場させて、後進を育成するつもりなのかもね。それも大事なことだから」

甚助先輩は口に手を当てながらそう考察していた。


そこで俺はようやく引っかかる。

「え、先輩方3人と星見沢姉弟、あと葵が出るとして6人。あと一人足りなくないですか?」

俺は当然の疑問だと思い口に出したが、それに対しこちらも当然とばかり返してきた。


「あら、貴方も出るのよ。じゃないと人数が足りないじゃない」

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