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8.彼女を彼女っていうのって結構恥ずかしい

終業のチャイムが鳴る。

教場の学生達が思い思いの疲労の表現を口にし、学びの箱から吐き出されていく。

俺と葵も例外ではなく、教場を出て将棋部室へと向かう。

今日の葵は季節の割にやたらと薄着だ。

曰く、「大人の魅力対決なら大差」とのことだ。

幼馴染の戦いははじまったばかり。

「これ」がいつまで続くかは正直見ものである。すまんな幼馴染。


そんなことを考えながら歩いていると、校舎の隅に1人の女学生がうずくまっているのを見つけた。

遠目に見ても肩を震わせているのは明白で、普通なら声をかけるべき、なんだろうが。

「なんだろうな、嫌な予感しかしないんだよな。人としてどうかしている自覚はあるけど、ここ最近の俺を取り巻くアレソレはおかしい」

「変なこと言ってないの。それに体調が悪くなってしまった子だったらどうするの」

「それはそうだな」

人としての罪悪感を抱かずに済む大義名分が降ってきたので、女学生に声をかけることにしたのである。


「あの、どうかs」

「うわあああああああああああああああああああああん!」


こちらが話しかけるのを待っていたかのようなタイミングで、泣きながら抱きついてきた。

ただし、こちらは事前に身構えていたこのテの手練れである。さっと躱し、身代わりに葵を差し出す。

彼女は葵にガッシと抱きつく。ほとんど組み付くと表現してもいいくらいだ。


「うーん、柔らかくていい匂いだよぉ…」

「やっぱりな」

「やっぱりな、じゃないでしょ…あの、こんなところでどうかしたんですか?」

そう葵が話しかけると、女学生は顔を上げて葵を真っすぐに見つめる。


なんというか、今どきの大学生といったルックス。

派手すぎず自然な仕上がりの髪の染色に、ファッション雑誌で見るようなコーディネート。

俗に言えば、ちょっとギャルっぽい。そんな女の子が、涙で濡らしつくした顔で懇願する。


「お願い…彼氏を探してきて欲しいの…」


「か、彼氏を?」

葵がそう言うと、彼女はだまって首を縦に振る。

「わたし、彼がいないと…ふぇぇん……」

「ちょ、ちょ、ちょっと、泣かないで。うーん困っちゃったね、たっくん」

「流石に理解が追い付かない。最近こんなんばっかりだけどな」

その間も葵に抱きついた彼女はその手を放そうとしない。


「彼氏さんのこと、探してあげようよ」

「探さない限りそうしてるんだろうしなぁ。サクッと彼氏さんに引き渡してしまうか」

「ふぇーん…やさしい…いい匂い…」

そういうと彼女はなぜか露出の大きい葵の胸元にぐりぐりと顔を押し当てる。

「だいぶセクハラのケがあるけど平気か」

「う、うん。女の子相手だし、まぁ大丈夫だよ」

「ふわふわしてて気持ちいい…いい匂い…彼氏さんはいつもこんないい思いしているの?」

彼女は突然こちらを向くとそんなことを聞いてくる。

「えっ!?か、彼氏だなんて…い…いまはまだ……」

「残念ながらそんな経験はないし予定もない。よかったな、その感触は君だけのものだ」

照れまくる幼馴染とそれにひっつく女学生を引き連れ、校舎内を巡る覚悟を決めたのだった。


星見沢ほしみざわ るなです。1年生」

「こっちは米坂 葵。俺は刈間 匠。俺たちも1年だ。とりあえずよろしくな」

「月ちゃんはなんであんなところにいたの?」

「えっと…彼氏と一緒に部活に行こうとしてたんだけど、気付いたら彼氏とはぐれちゃって…」

「実質ノーヒントだな」

さっさと終わらせるつもりで臨んだが、先は長そうな予感だ。


「彼氏さんが月ちゃんを探しにくるんじゃない?あまり動いちゃうと見つけてもらえなくなっちゃうかも」

「月…さん、そういえばスマホは持ってないの?ラインとかで連絡取れば?」

「あっ!そっか!…彼氏に持ってもらってたんだった…」

「番号もわからない?」

「スマホの電話帳に保存しただけだから、さすがに覚えてないよ…」

どうにもツッコミどころが多い。どうするのが一番効率がいいだろうか。


「あ、彼氏さんと部活に行くところだったって言ってたよね?そこに向かうのはどう?」

「あー、それアリだな。目的地が一緒なら先に行ってるかも」

「えぇ…私を置いていくなんて…そんなぁ…」

月はがっかりと不安を足して2で割ったような顔をしているが、ここにいても事態は好転しない可能性が高い。

俺たちは彼女らの目的地だった場所に向かうことにした。


正直、テニス部とかそういうところだと思ってた。

テニス部じゃなったらワンダーフォーゲル部とか、ECCとか、とにかくそういう雰囲気のところだ。

目的地に近づくにつれ、まさかという予感は確実に確信に変わっていく。

「あ…ついた。ここだよ、二人とも」

その部屋の扉は、当然ながら見覚えがある。

もちろん扉の横には「将棋部」と書かれたの看板がある。

「こんなことって…あるんだね」

「あるんだぞ」


扉を開けると、そこには椿姫先輩と甚助先輩、瑠璃先輩。

そして、初めて見る男子学生がいた。

非常に明るい髪色でキメキメのヘアスタイル。

V系バンドでボーカルやってますと言われても信じてしまうルックスだ。


「あー!!いた!!置いていくなんてひどいよぉ!!」

「うるせぇ!お前がいつも通り可愛い女の子を見つけてフラフラついていったんだろうが!!」


「え、可愛い女の子に?ついていった?いつも通り?」

「思った以上にやばいやつだったんだなこいつ」

失礼とは十分に理解しつつも、流石に発せざるをえない感想を俺は口にする。


「えー、だって、本当にすっっっごく可愛い子だったんだよ…」

「勝手に追いかけられるその子のことも考えてやれよ」

本当にいつも通りなのだろう、彼はうんざりとした様子もなく月を迎え入れる。


「ちっちゃくて眼鏡っ子で、まるで天使みたいな可愛さで…あ…」

月は部屋を見渡し、瑠璃先輩を見ると一瞬の硬直の後、

「いたあああああ!きゃあああああ!かわいいいいいいい!!」

そう奇声を発すると、瑠璃にドスドスと駆け寄っていく。


さっきまで月の宿主だった葵は呆気にとられながら、

「あ、フラフラついていったのって瑠璃先輩にだったんだ…」

「こいつが最初にいたのって、将棋部室のある校舎の近くだったしな」


「貴女!!!かわいいわね!!!お名前は!?おいくつ!?どこの子なの!?」

先ほどの参ったような雰囲気はどこへやら、瑠璃先輩にマシンガンで質問を投げかける月。

一歩間違えなくても職質モノだ。俺は最悪のケースを想定してスマホを片手に持った。もちろんダイヤル先は110番だ。


「一 瑠璃。ここの2年生。私はたくみのもの」

そういうと瑠璃先輩はこちらに駆け寄ってきて、俺の袖をそっと引っ張る。

「Nooooo!!先約がいたのか!!神よ!!私を救いたまえ!!」

「違います!たっくんは瑠璃先輩のものじゃないので安心してください!救済はすぐそこよ!」

月と葵が救済を求めて神に祈る。将棋部室は一瞬の間に敬虔なる神のしもべに支配されたのだ。

神とやらは一切信じていないが、そろそろ俺にも救済の1つや2つくらいあってもバチは当たらない気がする。


「賑やかだねぇ」

「この後真面目に将棋を指してくれれば少しくらいは構わないわ」

そういいながら将棋を指し続ける甚助先輩と椿姫先輩。


先輩たちに迷惑だから、と男子学生が声を上げた。

そうして、騒がしい部室もようやく落ち着きを取り戻しはじめたのだった。


「改めて、姉貴がすみません。俺は星見沢ほしみざわ 北斗ほくと。知ってると思うけどこっちは双子の姉の月」

「え、双子??」

「彼氏と彼女の関係じゃないの?」

「姉貴……」

「こっちは私のことを彼女と認めたがらない双子の弟の北斗でーす」

「だから双子の姉弟だって言ってんじゃん…」


「え!?本当にあの星見沢姉弟!?」

そう声を上げたのは甚助先輩。

「そうよ。県大会上位常連、全国大会への出場経験も豊富。今年わが校が獲得した、期待のダブルエース候補よ」

「全然わからないんですけど、有名なんすか」

俺は椿姫先輩に問いかける。

「専門誌にも特集されたことがあるわ。私はそういう取り上げられ方は嫌いだけど、将棋が強くてついでにルックスも、ってね」

「そう言ってもらえると嬉しんですけどね、俺も姉貴も全国の上位入賞はほとんどないんでね、そこはかなり気にしてますよ」

「そうねぇ…壁、みたいなものを感じちゃってるのも事実ね」


突如葵がやや興奮気味に口を開く。

「すごい…すごいすごい!じゃあこの学校には今、昨年活躍した『四天王』の皆さんと、星見沢姉弟がいるんですね!?これなら今年の団体戦も…!」

「『四天王』?」

「たっくん、前に説明したよ?去年、この大学は4人でC2級を昇級したって」

「あ、そうか。4人か。椿姫先輩と、甚助先輩と、瑠璃先輩。あともう一人いるんですね」


「いるわ。絶対的なエースが」

そう語る椿姫先輩の表情は少々不安げだ。

「エース…まだ俺は会ったことがないですよね?」

「今年に入ってからまだ部室に来てないわ。貴方だけじゃなく、今年の1年生は誰も会ったことがないはず」

「わわっ、そういえばまだお会いしてない!なんだか緊張してきちゃった…」

「葵、お前って結構ミーハーだよな」

「ミーハーでいた方がコンテンツは楽しめるんだよ」


そんな話をしていると、椿姫先輩が改めて語り出す。


「それじゃ、『絶対的なエース』様は不在だけど、だいたいのメンバーは揃ってることだし、ミーティングをはじめようかしら」

「春の団体戦も近いしね」

甚助先輩が補足する。そういえば、団体戦は年に2回あるんだったと俺はようやく思い出す。


「春の団体戦、それに加え、私たちの大目標について話をするわ。重要な話だから、必要に応じてメモを取るように」

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