7.一 瑠璃の宿命①
「先輩!たっくんに将棋を教えるのは、幼馴染である私が適任だと思いませんか!?」
隣に座る葵が椿姫先輩に意見という名の嘆願をする。
「うーん、昨日のアレは驚いたけど、ね。ただ、瑠璃に指導を任せるのは私は賛成なのよね」
若干困り顔の椿姫先輩だが、彼女の中ではある種の結論が出ているようだった。
「えー、なんでですか!?」
「瑠璃はプロの手伝いで子供に将棋を教えているときがあるのよ。ずいぶん面倒見がいいみたいで、プロの先生方からも評判がいいのよね」
「え、なんかちょっと意外…」
結構に失礼なことを言い放つ幼馴染だが、正直俺も同感だった。
その感心に気づいたか、瑠璃先輩が俺にやさしく微笑みかける。う…かわいい。
横でまた鬼が顕現したが、気にしないようにしていきたい。
「そんなわけで、ひとまずの指導は瑠璃に任せるわ。もちろん、『何か』あったときにはペア替えをするけどね」
「まかせて」
ただ一言、力強く断言する瑠璃先輩。
流れで将棋部に入部することになった俺だが、活動するからにはキチンとやっていきたいと思っている。
指導に定評のある先輩に教えてもらえることはありがたいし、幸せであるとも思う。
昨日の「アレ」の謎は残るが、ひとまず今は真面目に指導を受けてみようじゃないか。
「たくみには振り飛車を指してほしい」
「振り飛車?矢倉と棒銀じゃダメなんすか?」
「だめじゃない。だめじゃないけど、たくみには振り飛車」
将棋には大きく分けて2つの戦型はある。「居飛車」と「振り飛車」である。
居飛車というのは飛車を定位置(多少の移動はあるが)に据え、攻めや駒組みをするもの。
振り飛車というのは一手を費やし飛車を自陣の左翼に移動させ、相手の攻めを迎え撃つ戦型だ。
もちろんカウンター狙いではない「攻める振り飛車」も存在するが、この度の説明は省かせていただく。
振り飛車の将棋は一般的に長い「持久戦」になりやすい。
自分から攻めづらいこともそうだが、しっかりと自玉の囲いを構築してから戦いが起こりやすいので、「局地戦」ではなく「総力戦」になりやすいからである。
「わかりました。先輩に従いますよ。ただ、なんで振り飛車なのかは聞いてもいいですよね?」
「なんでも。たくみには振り飛車」
うーむ。どうにもコミュニケーションにならない。
「まぁまぁ、瑠璃は振り飛車党だからな。専門家だからこそ、後輩に教えたいのかもしれないな」
「ちょっと!!!なに自然な流れでたっくんとお揃いにしようとしてるんですか!!!」
決して自然な流れではなかったとは思うが、専門家に教わるのはありがたいとは思う。
決定のプロセスには疑問が残るが、俺は振り飛車を覚えることになった。
振り飛車といっても様々な形があるが、教わったのは一番オーソドックスと言われている「四間飛車」だ。
飛車を振って、囲いを構築して、相手の攻めを待つ。
色々あったが瑠璃先輩の説明はとてもわかりやすく、プロからも好評というのも頷ける。
途中まで一緒に聞いていた葵は甚助先輩に対局に誘われて別のテーブルに行ってしまった。
「最後に私のところに帰ってきてくれればいいから…」などと供述しており、動機は未だ不明である。
辺りがすっかり暗くなる頃まで将棋を指し、本日は終了ということになった。
当日の出席部員達で片付けを行い、下校準備を進める。
ふと、瑠璃先輩に話しかけてみる。
「あの、先輩」
「なに、たくみ」
「先輩はどうして俺を気にかけてくれるんですか?」
ここで「一目惚れ」など、理解に及ぶ返答が出てくれば、どれだけ安心できたであろうか。
先輩は一言、
「これは、宿命」
そう言って、また俺にやさしく微笑みかけたのであった。




