6.リア充継続のコツは周りの目を気にしないこと
翌日。
その日の講義(といっても大半はオリエンテーションだが)を終えた俺は将棋部室に向かっていた。
側に昨日からふくれっ面を維持している葵を率いて、だが。
「なによあの女…急にたっくんにベタベタして…たっくんのことを一番知ってるのは…ブツブツ…」
「葵さーん、それ昨日から体感で6兆回くらい聞いてますからねー聞こえてますよー」
突然抱きついてきた瑠璃先輩もそうだが、傍目から見れば確実にこちらの方が険しい女である。
少なくとも今は、だが。
昨日の「アレ」は当事者である俺は勿論、関係者各位にも衝撃を与えた出来事であった。
葵はご覧の通りだが、椿姫先輩や甚助先輩の動揺もなかなかのものだった。
その後聞いた話だが、瑠璃先輩はいつも非常に静かで、気づいたら部室におり、将棋の感想戦以外ではほぼ喋らないという。
当然ながら一番動揺しているのは他ならない俺自身である。
なぜか。当然ながら、瑠璃先輩と俺は過去に一度の接点も持ち合わせていないからである。
「実は昔々に将来を誓いあった仲だったが忘れていた〜」というような捻りのない恋愛シミュレーションゲームのようなオチであれば幾分か納得できるところもあるが、ないものはないのである。
それは文字通り昔から一緒にいる葵にも先輩の記憶がないことが証明とも言える。
記憶は昨日のあの時まで戻る。
突然抱きつかれた俺は「え、あ」という声にならない声しか出なかった。
瑠璃先輩は俺を見上げ、
「明日から、私が将棋を教えてあげる」
そう告げ、部室を出て行ったのである。
まるで嵐のような登場から退場までをものの十数秒でやってのけた瑠璃先輩の衝撃は凄まじく、その後の部室は混沌に包まれたのであった。
そして、今日。この時。
将棋部室に到着した俺は謎の緊張感に支配されていた。
昨日のアレを考えると、常識の通じないアレソレが飛んできてもおかしくないのである。
ついでに言えば、横でまさに鬼の形相を浮かべている幼馴染の処置もその要因となっていると言ってしまおう。
緊急時は俺が割って入らなければならないのだろう。きっとそれが男というものだ。
なぜ俺が割って入らないといけない事態になるのかは1ミリも理解できない可能性が高いのだが。
「こ、こんにちはー…」
恐る恐る部室の扉を開けると、部屋の中には椿姫先輩、甚助先輩と、瑠璃先輩。
そして俺の姿を確認した瑠璃先輩が、微笑みを浮かべながらトテトテと俺に駆け寄ってくる。
「たくみ、待ってた」
昨日の件があり身構えていた俺だが、出だしは割と一般的な感じで少々肩透かしを食らってしまった。
「る、瑠璃先輩。おつかれさまです」
「はやく、はやく。将棋、指そ?」
そういう先輩は俺のシャツの袖をちょんと掴み、将棋盤の前に誘う。
正直、先輩の一挙手一投足はちょっと可愛いなと思ったが、いかんせん俺の後方には鬼がいるのである。
恐ろしい「微笑み」という仮面を召した、幼馴染という鬼である。
「せんぱぁい、わたしにもぉ、しょうぎぃ、おしえてくれませんかぁ?」
そう問いかける葵。目も声も笑っていないため、奇妙なイントネーションの語尾は威圧感しか生んでいない。
「別にいいけど、貴女には必要ないと思う」
「いいえ!私とたっくんはずっと一緒だったので、必要だと思います!ずっと一緒だったので!」
将棋盤の前に座った俺、と横に陣取った葵。
目の前の瑠璃先輩よりも先に、椿姫先輩から話しかけられた。
「来てくれると思っていたわ」
「普通はこういう時バックれるもんなんですかね」
「さぁ。ただ貴方、約束は守る方でしょ」
「俺の事理解してくれているみたいで、うれしいっす」
「将棋でも私の期待に応えて欲しいわね」
「近いうちにここをアイドル研究部にしてやりますよ」
前方の瑠璃、後方の鬼、それを意に介さない椿姫を見た甚助は
「(この2人、やっぱり似てるよなぁ。たぶんお似合いなんだろうけど、言ったら面倒くさそうだしやめとこ)」
と、脳内で一つの自己解決をしたのであった。