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4.刈間 匠の本質①

なんとなく椿姫先輩の作り出す場の空気に中てられて対局が始まってしまったが、これは俺にとっても悪い話ではなかった。

理想とするアイドル研究会はこの大学にはない、という事実に打ちひしがれ、この先の大学生活に虚無感しかなかったが。

まさかこんなところで「ぼくのかんがえるさいきょうのアイドル研究会」を作る機会が得られるなんて。

団体を1から作ることには高い熱量、エネルギーが必要だが、既存団体の「箱」を頂戴できるならこれに越したことはない。


それに将棋についても理解が全く無いわけではない自負があった。

俺には強固な囲いである「矢倉」と、シンプルながらも破壊力抜群の「棒銀」があり、小学校のクラスではほぼ無敵だったのだ。

いかに相手が強かろうが、この将棋盤の戦力差を埋める手立てはないはずだ。


当初のプランとは大きく違ってしまったが、夢の大学生活が目前に迫ってきている。

ふふふ、最初はなにもわからなくても大丈夫さ。俺がみんなを立派なアイドルオタクにしてやるからな…!


そんなことを考えてニヤニヤしている間も、対局は進んでいく。

盤上の戦力差は火を見るより明らか。俺は速攻を仕掛けるべく、玉の囲いはほどほどに攻めの形「棒銀」を発動させる。

棒銀は飛車と銀で相手陣を穿つ、シンプルながらも強力な戦法だ。

俺の棒銀は目論見通り、盤面の右辺を制圧していった。


椿姫先輩の陣地は9枚の歩と2枚の金、そして玉のみ。

俺の棒銀とはまともにやり合えないと判断したのか、金と玉が盤面の中央付近に陣取っている。

当然ながら、そこに攻めの姿勢はほとんど見られない。何枚か歩を掠め取られたが、キズとは言いづらい。

先輩方には申し訳ないが、俺にも理想の大学生活ってやつがあるのでね。

ここはきっちり勝たせてもらいますよっと。

俺は攻めの銀を前に進め、本格攻勢の狼煙を上げた。




その刹那、俺の陣地になにかが飛来した。

先輩の駒台から、2枚の歩が放たれたのである。

一つ一つの歩はまるで小バエのようで、さっと払いのけたくもなるが、俺はここでようやく気がつく。

それぞれの歩が共鳴・連動し合い、簡単には振り解けない攻撃陣となっている。

片方の火の粉を振り払えば反対の火の粉が、強大な炎「と金」になり襲いかかってくる。


俺は初めて気づいた。己の愚かさを。先輩の圧倒的な力を。

こちらが「棒銀艦隊」でもぬけの殻となった敵陣を攻め入る間に、先輩は玉将という本丸ごと、俺の陣地に炎となって降り注ごうとしているということを。


「さぁ、ここからが本番よ。一気に燃やしてあげるわ」




今思えば、まんまと乗せられてしまった感はある。

椿姫先輩との勝負だって、ハンデ戦とはいえわざわざ将棋を選ぶ必要はなかったはずだ。

「交渉としては対等ではない」「先輩側から譲歩をすべき」ということは十分に分かって話していた。

それでも俺は、この将棋の勝負に乗った。


なぜか。

なぜだろう。

わからないが、なにかが呼んでいた気もしたのは確かだ。

なにかが、俺を、将棋に。


なにが。

一体なにが。




そんなことはどうでもいい。

どうでもよくないかもしれない。でも、今は、目の前の勝負に勝ちたい。


考えろ。なにか手はあるはずだ。

考えろ。盤面は81マス。

考えろ。こんなにも盤上や選択肢は広い。

考えろ。考えろ。考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ



頭脳をフル回転させる。考えるだけでは足りない。考えることは特別であってはならない。

身体が急激に熱くなり、思考のシナプスがショートをはじめるが、それでも考えることをやめない。

脳が弾け飛ぶのを感じる。視界が広くなっていく。

目の前、周りの、自身を取り囲む環境が、景色が、前へ前へと急速に流れていく…

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