GOTOトラブル
神田律子は派遣社員。派遣止めには遭っていないが、仕事選びを慎重にしていたので、しばらく働けないでいた。
そんな折、日曜の朝に突然、夫の陽太が近場に旅行をしようと言い出した。
「ウチはそんな余裕あるの?」
律子が半目で尋ねると、陽太は苦笑いして、
「今、割安で行ける政府肝いりのキャンペーンをやってるだろ? それに、お義母さんの実家、G県S市のI温泉の老舗旅館だろ? 安く泊めてもらえるんじゃないの?」
捕らぬ狸の皮算用のような事を言い出した。
「バカね。母さんは勘当同然に家を出てきたんだから、そんな融通が利く訳ないでしょ」
律子は楽観的な陽太を冷めた目で見た。
「ああ、そうか。じゃあ、ネットで決死の覚悟で検索しないとな」
陽太はスマホを取り出して、旅行会社のサイトを検索した。それを見て、律子は大きな溜息を吐いた。
(私はそれどころじゃないっていうのに、陽太は……)
陽太の呑気な性格に若干イライラする律子である。
「まだ検索してるの?」
洗濯を終えて、律子が一息吐こうとリヴィングルームに戻ると、陽太はテーブルに寄りかかってスマホと睨めっこをしていた。
「あ、これ、お義母さんの実家の旅館じゃない?」
陽太が律子にスマホの画面を見せた。それは確かに律子の母の実家の旅館であった。
「あれ? でも、社長の名前が変わっているわ」
律子は社長の挨拶のページをタップして言った。
「え? じゃあ、全く無関係な旅館になったの?」
陽太はびっくりして立ち上がり、スマホを覗き込んだ。
「よくわからないけど、母さんの旧姓は松村で社長の名字が飯島だから、無関係かどうかはわからないけど、母さんの弟とかではないわね」
律子が言うと、
「お義母さんてきょうだいは弟がいるの?」
陽太がスマホを受け取りながら尋ねる。律子は肩をすくめて、
「母さん、あまり実家の事話したがらないから、わからないわ。弟って言ったのは、その社長の方が若そうに見えたからよ」
確かにホームページに載っている社長の写真は四十代くらいだ。
「となると、親戚割引は無理か」
陽太はまたとんでもない事を言った。律子は、
「だから、過去のいざこざを考えると、そんな事を言える間柄じゃないのよ!」
陽太の耳元に大声で言った。
「わかったよ。怒らなくてもいいだろ」
陽太は律子の癇癪が始まると面倒だと思ったのか、
「雪は起きたかな」
逃げるように愛娘がいる部屋へと行った。
「全く、能天気なんだから」
律子はまた溜息を吐いた。
そして……。
「バカねえ、何言ってるの? 実家を勘当同然なんて、冗談に決まってるでしょ? あんまり行き来がないのは、妹が婿養子を取って、ピリピリしていたからよ。最近は経営も軌道に乗って来たから、いつでも来てって言われてるわよ」
母親に電話で確認したところ、そんなオチが待っていた。
「でも母さん、年賀状も出していないって言ってたから……」
律子が非難めいた口調で言うと、
「両親とはそうでもないけど、妹とちょっとあったからね。でも、今は大丈夫」
一拍の間があって、
「それにしても、どうしてそんな事を聞いて来たの?」
逆に母親に問い返されてしまった。
「いやあ、陽太と話していて、そんな話題になったので……」
まさか、格安で泊まりたいからとは言えない律子であった。