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物怪伝 鬼の章  作者: 犬尾南北
大倭篇

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第玖話 野槌(四)




        7




 七月十三日、土曜日。

 本日は葵の機嫌直しも兼ねて、怪奇探偵団の面々でツチノコ探しをする予定の日である。

 そのはずであったが……。


「なんでいるのよッ!?」


 葵が叫ぶ。聞き覚えのある台詞だな……と思いながら蓮の目は遠くを見つめた。

 午後一時に町はずれの裏山で。昨日の昼休みにそう約束し合ったのだが現在、実際に待ち合わせ場所に集まってみればそこには呼んだ覚えのない姿があった。


「私も地学部員ですので」


 またも既視感のある言葉を吐くのは、活動しやすいようにかジャージにスニーカーという出で立ちの少女である。

 慧と文太も困惑している様子から、わざわざ誰かが声をかけたというわけでもなさそうだ。となれば、残る可能性はひとつ。


(そういえば僕は監視されているんだった)


 なにしろ面と向かって宣言されている。その意味を、少しばかり蓮は甘く見ていたようだった。柚葉もまた呪術師なのだから、肉眼の他にも例えば式神だとか何だとか、その方法は幾らでも考えることが出来る。

 先日に告げられた通り、蓮が怪異と関わらないよう監視するために柚葉もこの場にやってきたというわけなのだろう。

 あるいは蓮だけでなく、彼ら探偵団一同に対しての「矯正」の一環でもあるのかもしれない。


(……うーん、しかしどうするか)


 蓮が悩ましそうに頭を掻くその前方では、もはや恒例となりつつある光景が展開している。

 苛立たし気に噛みつく葵に、淡々と柚葉が言葉を返す。


「今日はアンタに関係ないわ! 赤沼怪奇探偵団の活動なのよ!」

「いえ、本日は地学部の活動です」


 言って静かに取り出したものは一枚の書類だった。

 A4サイズのそれには「課外活動申請書」と印刷されており、枠組みの中には本日の日付と地学部の文字、そして「断層観察」とする活動内容が書き込まれている。

 顧問である豊田教諭と学年主任教諭両名の署名と印鑑を指で示しながら、平坦に覚える言葉を続ける。


「本日の皆さんにはこの山中にある断層を観察するという予定が組まれています。余程の理由がない限り、一度申請して受諾された内容を曲げることは今後の地学部存続に差し障りが生じますよ」

「なっ、なんっ……」


 葵が瞳をかっと開いてぷるぷると震える。

 その背後の男子二人も信じられないものを見る目で柚葉に視線を遣っていた。


(そう来たかァ……)


 蓮はひとり乾いた笑みを浮かべた。口の端が引き攣っているのが自分でもわかる。

 三浜市立第三高校は公立校であるが、私立校と同様に学生たちの部活動には生徒会から予算が割り振られている。その一方で各部活動の認可や活動内容の監査には一定の基準が存在していて、それらを下回ると部としての資格……すなわち部室の所持や予算額などの権利の幅が大きく左右され最悪の場合は剥奪される。

 そしてその規則の中に、正式な手順で申請された課外活動には予算の使用許可が下りるというものがあった。

 けれどその場合、実際に活動した内容に関して後日に詳細なレポートを提出しなければならない。

 更に加えて申請された課外活動は正当な理由なくして不履行や変更が極力認められないとされている。


 ――現在の状況を整理すれば、傍目に見る限りでは柚葉の掲げている書類は正式なもので、それは課外活動を申請し既に受理されていた。


 すなわち蓮たち地学部部員は申請した通りの活動を行ったという確たる証拠を後日に提出しなければならないのである。

 どういうわけで柚葉が書類を用意できたのかは真実不明だが、顧問が顧問であるので口八丁でなんとでもなっただろう。

 またこれら規則を破ったとして……柚葉の言を突っぱねたとして……、即して廃部というほど性急な事態にもならないが、やはり彼女の言うように今後の地学部としての自由は制限が掛かっていくことになる。

 蓮たち赤沼怪奇探偵団の面々が地学部の部員となっているのは、地学部OBの先輩に部の存続を依頼されたからという事情も少なからずあるが、ひとえに正式な部活動という立場に付随する自由と権限が存在していることにある。

 それらが損なわれるという可能性は何としてでも避けたいところだった。

 すればつまり、――とにかく本日は、柚葉に従う必要性があると言ってよい。


「ようやく状況が理解できましたか」


 ひたすらに歯軋りしそうな勢いで睨む葵から視線を外すと、柚葉はぐるりと面々を確認してそう言った。


「さ、それでは行きましょう」


 悠々と背を向けた少女に、蓮たちは戸惑いつつも続くほかになかった。




        8




 整備された県道を登っていくと、しばらく進んだところで山の中腹辺りにまで出る。そこまで来ると、右手の方に石切り場のような場所が現れた。

 元は工事現場だったのか均された砂利の広場があって、そこの奥に切り落とされたような断崖があった。重機などは全て撤去されているが明らかに人の手が入った場所だった。とはいえ、雄大ささえ覚える滑らかな縞模様がはっきりと壁の表面を彩っている。

 見るなり柚葉が言う。


「ほら見てください、累重する地層がとても綺麗に観察できますよ」


 県道脇のガードレールの切れ間から道が続いていた。先導する彼女に従って蓮たちも後に続く。

 正直なところ、ここにきて蓮は少し感心していた。たとえ熱心でないとはいえど仮にも部長なので、多少の地学部的活動についても蓮は理解を持っている。してみれば、この場所はたしかに断層観察に関して非常に有意義なスポットである。遠目に見える断層の模様は、この辺りの地理的成立……火山近郊の元湾岸、という性質をとてもよく表している。こんな場所があるとは地元民であるはずの蓮ですら知らなかった。

 当初は強引な手段を取るばかりの柚葉に対して反発心を強く感じる彼ら一行だったが、ここまで整ったお膳立てをされるとなると、多少は振り上げた拳にも迷いが生じるというものだった。

 まあ、ひとまず今日は断層観察でもいいか――そのような空気に日和る男子一同の横で、もう一人の女子はというと一貫して敵愾心に溢れている。

 あえて彼女に触れるようなことはなく、砂利の広場まで下りてくると柚葉はリュックサックから次々に道具を取り出して配る。デジタルカメラにノートブック、鉛筆に色鉛筆、地形図、方位磁針、ルーペ、メジャー、タガネ、ハンマー、園芸用シャベル、ジップロックのビニール袋……すべて地学部部室の備品にあった物である。


「露頭の観察とスケッチ、撮影、標本採集……といったところですか。どうせ九月には文化祭で地学部の成果を発表しておかなければならないんでしょう。なら、不埒なことにかまけていないで多少は真面目に活動するべきではないんですか」


 使った覚えのない備品を配りながらそう述べる柚葉の言は、まったくもって正論といえた。そのように言われてしまうと、地学部という場所を都合よく利用している自覚がある蓮たちはさすがに罪悪感もある。葵でさえも、ようやく顔をしかめながら不承不承の様子で頷いた。


 かくして――各々が備品を手に、断層の周りに散開する。


 絵心のある文太と慧がスケッチを、葵と蓮がメジャーを片手に地層の詳細な様子を測ってゆく。その四人の姿を、一歩も二歩も離れた位置から柚葉がカメラで撮影していた。

 慣れない作業に手間取りながらも一時間ほどでスケッチは完成する。

 残るは標本の採集だけとなり、一旦の小休憩となった。

 断崖の下、広場の端で木陰に集まって涼を取る。


「あれ、宗像さんはどっか行くの」


 置いていた荷物のもとへと億劫そうに座り込む探偵団から離れ、一人だけ県道の方へと歩いていく柚葉の背に文太が声をかけた。

 少女は足を止めると、


「少し自販機に」


 相変わらず素っ気ないものの、横目で答えると再び歩きだす。その背がだいぶ遠くなったところでしばらく大人しくしていた葵が不機嫌そうな声を出した。


「なによチビタ、絆されたの」


 ナップザックから水筒を取り出していた彼が眉をひそめた。


「だからチビタ言うなって。……別にそういうわけでもないけど。ただ、マジメなだけなのかなって」

「……なるほど」


 黙っていた慧がふむと頷き。


「絆されてるじゃない!」


 葵が呻くように叫んだ。

 その後ろで我関さずと顔を下敷きで扇ぎながら、蓮は空を見上げていた。

 ひたすらに青い。よく晴れている。

 視線を降ろすと喧しく言い合いする友人達で、巻き込まれないように反対側の森の方へと目を向ける。

 密集する杉の木の枝が影を重ねていき、奥の方へといくほどに薄暗くなっている。昼間だというのにまるで夕刻がごとき闇が遠くに見えた。

 ふと、そこで蓮は気がついた。

 木々の根元、雑草の生茂った繁みの一部に目が吸い込まれる。


(今、なにか……)


 思ったところで、かさり。再び草葉が揺れた。

 やっぱりと膝を打ちながら、何の動物だろう……そう思考したその瞬間だった。

 ぴょーんと小さな影が繁みを超えて、向こうへと消えた。


「あッ!」


 知らず叫んで飛び上がる。

 突然の奇行に背後で友人たちがビクつく気配があったが、蓮は全く取り合わずに見開いた瞳で今しがたの辺りを呆然と見るばかり。


「いきなりどうした」


 代表して問いかけてきた慧に、蓮は繁みの奥を指差しながら震える声で――


「つ、ツチノコ……」


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