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物怪伝 鬼の章  作者: 犬尾南北
大倭篇

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28/85

第漆話 如件(四)




        8




 放課後になった。


 一時はクラス中の見世物となった昼の喧騒も時と共に流れ去り、校内には普段と変わらぬ景色が広がっている。

 特殊講義棟三階の地学部部室に集まった面々もまた、各々が思い思いに時間を過ごしていた。

 慧と文太は机上で将棋盤を囲み、葵は白紙を前にしてウンウン唸り、蓮は部室の隅で据え置きのコンピュータを弄っている。

 今日も今日とて、誰ひとり地球科学的な活動は行っていない。


 それは今更の事実であったが、とはいえ赤沼怪奇探偵団としての活動をしているようにも見受けられない。


 学校に隠れて持ち込まれた将棋盤はごく一般的なものだし、葵が格闘している書類も二か月後に迫った文化祭の展示計画申請書であった。ただ一人だけ、蓮のブラウジングしているのがオカルト掲示板ではある。

 つまり彼らが常にフィールドワークを行っているかといえば、そのようなわけではないのだった。

 神秘主義的な浪漫を求め、怪奇や不思議を追うことを指針とする探偵団であるが、さすがに特段がない場合は、部室もこのようにただ寄り集まるだけの溜まり場と化す。

 部活動の皮を被って体裁を整えたとしても、やはり実態は友人同士による内輪のグループなのである。

 活動内容は非常に緩い。


 ――そしてそれ以前に、つい先日に遭遇した強烈な怪奇現象の体験が尾を引いている事情もあった。


 皆で「とうやさま」の儀式を行った日から僅か七日間しか経っていない。

 悪意に塗れ、瘴気に澱んだあの異界を体験して、それでも以前のように怪奇実験に身を投じられるかと言えば、さすがに尻込みするのが常人の神経である。

 健気に隠してはいたが、一番に消耗していたのが文太であった。家業からある程度の耐性はあったものの、次に慧が続く。

 なお葵と蓮は常人とは言えない精神なのでまったく参っていなかった。

 それでもさすがに友人を気遣う心は持っていたようで、この一週間はあまり怪奇ネタを口にしていない。


 ……一方で、文太の傷も癒えたようだしそろそろ良いかな、などと密かに画策しているのが現在にパソコンを弄っている男である。


 どうも昨日に機織淵、今朝に妖狐と立て続けに怪異を目にして、とうとう我慢が効かなくなったようだ。

 楽しめるネタを探して、匿名掲示板を漁っている。


「お」


 そんな蓮が、ふと声を漏らした。


「これ面白いな」


 皆の視線がそちらに集まる。


「なに見つけたのよ」


 ぱっと席を立った葵が、書類をほったらかして近寄った。ひょいと蓮の後ろからのぞき込む。

 もともと地学部の部室に置いてあったそのコンピュータは非常に古臭い。日焼けしたクリーム色の筐体からは偶に異音がするし、そもそもの画面がブラウン管である。

 おそらく地理情報システム(GIS)のために備えられているのだろうパソコンの画面には、黒地に白字の怪しげなサイトが映っていた。


 これこれ、とカーソルがなぞった箇所を少女が読み上げる。


「……“ジンゴさん”?」


 どうも最近になってネット界隈で流れている噂のようで、蓮が開いた怪談・都市伝説系のスレッドではちょうどその話題が持ち上がっていた。


「携帯電話を使う交霊術……全知のジンゴさんがどんな質問にも答えてくれる……なあんか、どっかで聞いた話ね」


 呟いた葵に、将棋をしていた残りの二人も手を止めた。


「なに? 怪人アンサーの話?」


 文太が振り向き、慧も続ける。


「でもあれって、たしか創作なんじゃなかったか」


 蓮も彼らに頷く。


「うん、そこなんだ。とてもよく似ている」


 言ってから、


「でも、まあ電話で質問に答えてくれるって要素を抜き出すなら、他にもさとるくんとかあるけれど……」


「それだけじゃないじゃない」


 葵が突っ込む。


「えーと、『各人の質問が終わると、最後にジンゴさんからもう一度質問がある。それに対して正直に答えずに嘘を吐くと、体の一部を持っていかれてしまう。なんでもジンゴさんは奇形児で、完全な人間になるためにパーツを集めているらしい』……」


「ん? やっぱり怪人アンサーそのまんまじゃん」


 文太が器用に片眉だけ上げる。

 同様に戸惑った様子で慧が言った。


「それのどこが面白いんだ? ただのパクリだろ」


 葵も答えを求めるように蓮を見ている。

 彼は再び頷いた。


「うん、そこなんだ」


 同じ言葉を繰り返し、されど今度は続きを話す。


「内容の骨子、そのほとんどが怪人アンサーと酷似している。でもね、ただ単に十年前の流行を言葉を変えて持ち出したというわけではないみたいなんだ……よし、みんなもちょっと見てくれよ」


 促され、慧と文太も彼のそばへと寄ってくる。

 蓮はマウスホイールに指を滑らし、掲示板のスレッドを上から順に流していく。


「ほら、たしかに話が出て来た最初の頃は『怪人アンサーじゃん』とか『ただのパクリ』とか言われてるけれど……」


 スクロールが止まる。


「反応がね。ここから変わり始める」


 カーソルがなぞる投稿は、ごくシンプルな一文だった。――



160:名無しの怪談好き 2012/05/03 19:25:40:02

成功した



 誰かが唾を呑み込んだ。


「この人を皮切りに、段々と空気がね。皆が試し始めて、それで同じような報告が次々に……普段は過疎気味なのが信じられないくらいの熱気だよ」


 以降の喧々囂々としたスレッドに、ぽつりぽつりと増えていくコメントたちを蓮は拾っていく。


『本当だった』

『ジンゴさんが存在してた』

『誰にも言っていない秘密を知っていた』

『教えてもらった未来の出来事が的中した』


 そこまで続け、蓮は最後に呟いた。


「そして、これだ」


 彼の言葉に熱が宿る。



「――『嘘から出た真というやつなのかもしれない。創作だったはずの怪人アンサーが、本物になって帰ってきた』……」



 静かに読み上げて、そしてほう、と熱い息を吐く。

 そのままバッと勢いよく振り向いた彼に、後ろに並んでいた慧たちがびくりとのけ反る。


「な!? 面白そうだろ!?」


 そう言う彼の瞳は、強い好奇心の色で煌めいていた。


「なる、ほど……たしかに蓮好みの話だ……」


 興奮する蓮に気圧されたように慧が呟いた横で文太も頷いて、


「――めっっちゃ良いじゃない!!」


 更に横から葵が爆発した。

 ぎょっとした様子で慧と文太が見れば、彼女も瞳を輝かせて拳を握り、


「良いじゃない、良いじゃないっ! さっそく試してみましょ!」


 早くも携帯電話を取り出す勢いだった。


「いや、でもちょっと待ってくれ。先週あんなことがあったのに……」


 最近の怪異遭遇頻度からくる嫌な予感に慧は止めようとするが、赤沼怪奇探偵団の栄誉ある団長と、そして創設者はその言葉を素直に聞くようなタマではない。


「そう言わずにさ、折角だし皆でやろうぜ!」


 何か凶事が起こるという確たる根拠があるわけでもなく……慧と文太も、ついには二人の勢いに流されて、とうとう頷いてしまうのだった。




        9




 部室の中で、探偵団の面々は輪になるようにして立っていた。

 各々の手元には携帯電話が握られている。

 クラスの中には流行りのスマートフォンを所持する者も半数近くいるが、この場に集まっている彼らが持つそれは折り畳み式のいわゆるガラケーであった。


「俺もさ、そろそろスマホデビューしようかと思ってるんだよね」


 ケータイを片手でパカパカと開け閉めしながら言う文太に、「そしたら使い心地教えてくれよな」と慧が返す。


「はいはい、無駄話はそこまでね」


 手順を確認し終わった蓮が顔を上げた。


「それじゃ、始めるわね」


 葵が音頭を取る。皆が頷き返すと、静かにカウントダウンを開始した。


「いち、にの――」



 掲示板に書かれていた「ジンゴさん」の内容は、およそ次のようなものだった。


『まず、二人以上の複数人で同時に互いへ電話を掛ける』



「――さん」


 皆が同時に通話ボタンを押した。


 ルルル……と、周囲に四重の通話待機音が流れ出る。


『すると、すべてが通話中になるはずなのに、きっかり三秒後、どういうわけか一人だけジンゴさんのもとへと通話が繋がる』


 ――はたして待機音の合唱が……数秒して静まった。


 電話を耳に当てた葵が首を振った。


「ただの通話中ね」


 慧と文太も同様に頭を振る。


 そして残った蓮が――、


「……」


 興奮した顔でスピーカー通話のボタンを押していた。


 友人たちへ差し出すように伸ばした彼の手元から、ノイズ混じりの声が発された。



《――君たちは、私の名を知っているかね》



『ジンゴさんに繋がったら、最初に名前を尋ねられる。そうしたら、こう答えなければならない――』


「……人民のジンに、牛頭天王のゴの、ジンゴさん」


 答える蓮の視界の隅では、同じく興奮した様子の葵と、驚愕した顔の慧たちが映っている。


『そうすれば、ジンゴさんはその場にいる全員の質問に一つずつだけ何でも答えてくれる……』



《――よろしい》



 携帯電話のスピーカー、その向こうから静かな男の声が響き渡る。


《あの疫病の流行も、あの戦争の結末も、全て私が預言した》


 まるで深い水の底から語り掛けているかのような重々しさがある。


《私はそういう存在だ。私は全てを知っている》


 自分の全知を信じて揺るがない存在が、未知なる存在が語り掛けてくる。


《さあ、何でもたまえ。私はそれにくだんの如く答えよう――》


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